40 / 110
詩月
11
しおりを挟む
「二人ともおめでとう。」
「「ありがとう。」」
父の智則が二人に優しく声をかける。その隣で真知子は忙しそうにスマホを操作していた。仕事のメッセージを送っているだろう。時々イラついた様子で舌打ちしている。
「昨日は祝ってあげられなくてごめんな。」
「ううん。佑月と章子さんがパーティーを開いてくれたから。ね?葉月。」
「うん。ケーキも食べたし。あ、カバンありがと。レアのやつ~。超嬉しい!」
智則と双子は楽しそうに話をしている。佑月は章子の手伝いをしながら話に加わっていた。
楽しく話をしていると詩月は不意にゾクっと寒気を感じだ。
昨夜は散々イチャイチャしたあと裸のままで寝てしまった。風邪でも引いたのかもしれない。健人の身体にすっぽり包まれて暑いくらいだったのに。
健人は詩月のことをかわいいかわいいと言うが、詩月からしたら健人の方がかわいいと思う。
昨日だって詩月がちょっと攻めると半泣きで気持ちよがっていた。思い出してふっと笑うと目の前に座る真知子と目が合い慌てて真顔に戻る。
佑月が淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。お腹の中から温かくなりほっとする。それでもまたゾクっと寒気が襲った。
今日は早く寝た方が良さそうだ。健人ががっかりするけど仕方ない。
健人にメッセージを送ろうとスマホに手をかけた時だ。猛烈な寒気が襲ってきた。
「え…何?」
顔を上げると真知子が右手で口と鼻を塞いでイスから立ち上がっている。隣の葉月も驚愕の表情だ。
途端、寒気から身の置きどころがないような、暑いような感覚に変わる。
「な、何?」
「詩月、おまえっ……」
葉月が何か叫んでいる。真知子が部屋から出て代わりに章子が飛んできた。佑月と智則は呆然と立ち尽くしている。
その後のことはよく覚えていなかった。
「ん…。」
目を覚ますと窓のない部屋のベッドで寝かされていた。ぼんやりとした視界が徐々にはっきりとしてくる。一度だけ来たことがある部屋。
家の地下にあるオメガが発情期に入る部屋だ。
「な、何で…」
起きようとするが身体が思うように動かない。
「大丈夫ですか?」
声の方を向くと白衣を着た男が詩月を見ている。
「ぼ、僕、何が…?」
「詩月様は発情期に入られたのです。」
「え?」
今なんて?
発情期?
詩月はまだ十八歳になったばかりだ。善夜のオメガの発情期にしては早すぎる。
「うそ…。」
「嘘ではありません。今は点滴で発情を抑えていますが、強い薬なので何度も使えません。次の波が来たら弱い薬で耐えてもらいます。本当は番いがいると良いんですが…。」
詩月は自分の左腕を見た。細い針が刺さり薄いピンクの点滴に繋がっている。
番い…。
すぐに健人の顔が思い浮かんだ。しかしどうすることもできない。
この部屋は地下にあり外からしか開けることが出来ない。それにフェロモンが漏れないようになっている。スマホも無いようだし連絡することも出来ない。
「はぁ…。」
仕方ない。発情期が終わるまでここに居るしかない。
諦めて目を閉じた。
点滴が終わると医者が針を抜いて部屋を出て行った。インターホンが付いているようだ。それで外と連絡を取る。
部屋の中は綺麗に整えられている。家電は冷蔵庫とテレビしかない。奥の扉はトイレとバスルームに繋がっている。
「本でもあればな。」
仕方ないのでテレビをつける。
旅番組の再放送が流れた。健人と観た番組なので覚えている。露天風呂と綺麗な星空が売りの宿だ。健人がいつか一緒に行こうと言っていた。
健人はどうしているだろうか。たぶんものすごく心配しているだろう。きっと葉月が連絡しているはずだ。
詩月は冷蔵庫から水を取り出した。一口飲んでベッドに戻る。座ってぼんやりテレビを眺めていると腹の奥からぞわりとした感覚が広がった。
もう点滴の効果が切れたようだ。
医者が置いて行った薬を取ろうとサイドテーブルに手を伸ばすとぞわりとした感覚が身体中に広がった。
「あ…、」
薬が床に落ちる。早く拾って飲まないと…。
身体が熱くて苦しい。尻の穴からとろりと温かいものが流れ出るのが分かった。
「やだ、やだ…助けて…」
熱が身体を支配する。どうしようもない劣情が襲ってくる。
「はぁはぁ、やだ、怖い。助けて、助けて…健人っ、」
泣きながら健人を呼ぶ。いつもなら詩月に何があれば飛んで来てくれる。しかし何度呼んでも健人が来ることはなかった。
詩月はその劣情を持て余し床に転がる。その時重い鉄の扉が勢いよく開いた。
「詩月っ!うわっ、すごいな!」
扉が開いて入ってきたのは葉月だ。
詩月のフェロモンに一緒怯んだようだがそばに駆けつけてくれた。
「葉月、助けて…健人、健人。」
「抑制剤は?飲んだのか?」
詩月がベッドの方を指差す。その先の床に薬が散らばっているのが見えた。
「待ってて。」
葉月がその薬を拾って詩月に飲ませる。その間も詩月は泣きながら健人を呼んでいた。
「詩月。健人は無理だ。母さんが見張ってる。」
「うぅ、うっ、健人…健人…。」
発情期しきった詩月には葉月の声は聞こえていないようだった。
「ふぅ…。」
抑制剤が効いてきた詩月を何とかベッドに連れて行き寝かせた。こんな時に限って真知子は家に居る。なので健人を呼ぶことは無理だ。
葉月は眠っている弟の頭を撫でて静かに部屋を出た。
そのまま家の外に出ると隠れて中の様子を伺っていた健人がいた。
「葉月っ!詩月は?」
「ん?うん、まぁ、メッセージを送った通りだよ。」
「じゃあ…発情期?」
「そう。」
健人は青ざめた顔で葉月を見ている。詩月のことが心配なのだろう。
「大丈夫だから。もちろんアルファもいない。」
「う、うん。」
「健人も母さんがいるから近づけないよ。」
「うん。だ、大丈夫だよな?おばさん、他のアルファを連れてきたりしないよな?」
「そこまで鬼じゃないよ。」
健人を安心させるためにそうは言ったが真知子ならやりかねない。
健人は涙目で善夜の家と葉月を交互に見ている。
泣きながら健人を呼んでいたなんてとてもじゃないけど言えない。そんなこと言ったら壁をぶち破って家に入って行きそうだ。
葉月は悲痛な面持ちで健人を見つめていた。
「「ありがとう。」」
父の智則が二人に優しく声をかける。その隣で真知子は忙しそうにスマホを操作していた。仕事のメッセージを送っているだろう。時々イラついた様子で舌打ちしている。
「昨日は祝ってあげられなくてごめんな。」
「ううん。佑月と章子さんがパーティーを開いてくれたから。ね?葉月。」
「うん。ケーキも食べたし。あ、カバンありがと。レアのやつ~。超嬉しい!」
智則と双子は楽しそうに話をしている。佑月は章子の手伝いをしながら話に加わっていた。
楽しく話をしていると詩月は不意にゾクっと寒気を感じだ。
昨夜は散々イチャイチャしたあと裸のままで寝てしまった。風邪でも引いたのかもしれない。健人の身体にすっぽり包まれて暑いくらいだったのに。
健人は詩月のことをかわいいかわいいと言うが、詩月からしたら健人の方がかわいいと思う。
昨日だって詩月がちょっと攻めると半泣きで気持ちよがっていた。思い出してふっと笑うと目の前に座る真知子と目が合い慌てて真顔に戻る。
佑月が淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。お腹の中から温かくなりほっとする。それでもまたゾクっと寒気が襲った。
今日は早く寝た方が良さそうだ。健人ががっかりするけど仕方ない。
健人にメッセージを送ろうとスマホに手をかけた時だ。猛烈な寒気が襲ってきた。
「え…何?」
顔を上げると真知子が右手で口と鼻を塞いでイスから立ち上がっている。隣の葉月も驚愕の表情だ。
途端、寒気から身の置きどころがないような、暑いような感覚に変わる。
「な、何?」
「詩月、おまえっ……」
葉月が何か叫んでいる。真知子が部屋から出て代わりに章子が飛んできた。佑月と智則は呆然と立ち尽くしている。
その後のことはよく覚えていなかった。
「ん…。」
目を覚ますと窓のない部屋のベッドで寝かされていた。ぼんやりとした視界が徐々にはっきりとしてくる。一度だけ来たことがある部屋。
家の地下にあるオメガが発情期に入る部屋だ。
「な、何で…」
起きようとするが身体が思うように動かない。
「大丈夫ですか?」
声の方を向くと白衣を着た男が詩月を見ている。
「ぼ、僕、何が…?」
「詩月様は発情期に入られたのです。」
「え?」
今なんて?
発情期?
詩月はまだ十八歳になったばかりだ。善夜のオメガの発情期にしては早すぎる。
「うそ…。」
「嘘ではありません。今は点滴で発情を抑えていますが、強い薬なので何度も使えません。次の波が来たら弱い薬で耐えてもらいます。本当は番いがいると良いんですが…。」
詩月は自分の左腕を見た。細い針が刺さり薄いピンクの点滴に繋がっている。
番い…。
すぐに健人の顔が思い浮かんだ。しかしどうすることもできない。
この部屋は地下にあり外からしか開けることが出来ない。それにフェロモンが漏れないようになっている。スマホも無いようだし連絡することも出来ない。
「はぁ…。」
仕方ない。発情期が終わるまでここに居るしかない。
諦めて目を閉じた。
点滴が終わると医者が針を抜いて部屋を出て行った。インターホンが付いているようだ。それで外と連絡を取る。
部屋の中は綺麗に整えられている。家電は冷蔵庫とテレビしかない。奥の扉はトイレとバスルームに繋がっている。
「本でもあればな。」
仕方ないのでテレビをつける。
旅番組の再放送が流れた。健人と観た番組なので覚えている。露天風呂と綺麗な星空が売りの宿だ。健人がいつか一緒に行こうと言っていた。
健人はどうしているだろうか。たぶんものすごく心配しているだろう。きっと葉月が連絡しているはずだ。
詩月は冷蔵庫から水を取り出した。一口飲んでベッドに戻る。座ってぼんやりテレビを眺めていると腹の奥からぞわりとした感覚が広がった。
もう点滴の効果が切れたようだ。
医者が置いて行った薬を取ろうとサイドテーブルに手を伸ばすとぞわりとした感覚が身体中に広がった。
「あ…、」
薬が床に落ちる。早く拾って飲まないと…。
身体が熱くて苦しい。尻の穴からとろりと温かいものが流れ出るのが分かった。
「やだ、やだ…助けて…」
熱が身体を支配する。どうしようもない劣情が襲ってくる。
「はぁはぁ、やだ、怖い。助けて、助けて…健人っ、」
泣きながら健人を呼ぶ。いつもなら詩月に何があれば飛んで来てくれる。しかし何度呼んでも健人が来ることはなかった。
詩月はその劣情を持て余し床に転がる。その時重い鉄の扉が勢いよく開いた。
「詩月っ!うわっ、すごいな!」
扉が開いて入ってきたのは葉月だ。
詩月のフェロモンに一緒怯んだようだがそばに駆けつけてくれた。
「葉月、助けて…健人、健人。」
「抑制剤は?飲んだのか?」
詩月がベッドの方を指差す。その先の床に薬が散らばっているのが見えた。
「待ってて。」
葉月がその薬を拾って詩月に飲ませる。その間も詩月は泣きながら健人を呼んでいた。
「詩月。健人は無理だ。母さんが見張ってる。」
「うぅ、うっ、健人…健人…。」
発情期しきった詩月には葉月の声は聞こえていないようだった。
「ふぅ…。」
抑制剤が効いてきた詩月を何とかベッドに連れて行き寝かせた。こんな時に限って真知子は家に居る。なので健人を呼ぶことは無理だ。
葉月は眠っている弟の頭を撫でて静かに部屋を出た。
そのまま家の外に出ると隠れて中の様子を伺っていた健人がいた。
「葉月っ!詩月は?」
「ん?うん、まぁ、メッセージを送った通りだよ。」
「じゃあ…発情期?」
「そう。」
健人は青ざめた顔で葉月を見ている。詩月のことが心配なのだろう。
「大丈夫だから。もちろんアルファもいない。」
「う、うん。」
「健人も母さんがいるから近づけないよ。」
「うん。だ、大丈夫だよな?おばさん、他のアルファを連れてきたりしないよな?」
「そこまで鬼じゃないよ。」
健人を安心させるためにそうは言ったが真知子ならやりかねない。
健人は涙目で善夜の家と葉月を交互に見ている。
泣きながら健人を呼んでいたなんてとてもじゃないけど言えない。そんなこと言ったら壁をぶち破って家に入って行きそうだ。
葉月は悲痛な面持ちで健人を見つめていた。
29
お気に入りに追加
1,710
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。


別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる