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奈緒
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「え?先生、今何て?」
「似鳥は辞めたよ。正確には早めに卒業したんだ。単位も出席日数も足りてるしな。成島、知らなかったのか?あんなに仲が良かったのに。冬休みに毎日来て出席日数をカバーしてたよ…それで…」
担任の小嶋の声が遠くに聞こえる。
新学期が始まっても奈緒の姿を見ることはなかった。学校に来ているクラスメイトはまばらだが、皆たまには来ている。
思い切って担任に聞いてみると衝撃的な答えが返ってきた。
奈緒が辞めた?
しかも家族で海外に行ってしまったらしい。
「詳しいことはなんとも。急に決まっていろいろ大変だったみたいだな。学校も特別措置で高等教育終了と言うことにしたんだ。あ、中務なら知ってるんじゃないか?何度か一緒に登校してたぞ?おぅ!山下、今行く。」
小嶋は別の生徒に呼ばれて行ってしまった。
とにかく頭の中がこんがらがっている。
奈緒が辞めた。
しかも哲郎が知っている?
何故?
何故俺に言わずに?
悲しみと怒りと絶望感で体の力抜ける。
雪也はしばらくそこから動けなかった。
「おい!どういうことだ!」
学習室に来ていた哲郎を見つけ雪也がその胸ぐらを掴んだ。一緒に勉強していた昭彦が驚いて手からペンを落としている。
「何なんだよいきなり。」
「何だじゃないっ!おまえ知ってたのか?奈緒のこと。」
哲郎は胸ぐらを掴む雪也の手を払いのけながら冷たい目で雪也を見た。
昭彦はまだ唖然としている。雪也のそんな姿を見たことがないからだ。雪也は基本的には穏やかだ。というかあまり感情の起伏がない。怒ることもなければ、はしゃぐこともない。そんな雪也が哲郎の胸ぐらを掴み怒りのオーラを爆発させているのだ。
「知ってたよ…」
「何でっ…」
「止めろ。」
怒哲郎は鳴ろうとする雪也を制して外に出るよう促した。
「奈緒のこと何で…」
「少し落ち着けよ。」
今にも噛みつきそうな雪也を受け流して屋上に繋がる階段の踊り場に連れてくる。
人に聞かれたくない話だ。それはきっと昭彦にも。
気持ちの整理がついたら奈緒から言うだろう。
奈緒の気持ちを慮って人気のいない場所に雪也を連れて来た。
「落ち着いていられるかっ!奈緒はどこに行ったんだ!何で俺に黙って…」
「だから落ち着けって。海外に行ったことは確かだ。行き先は知らない。俺もあえて聞かなかった。」
「知らない?そんなバカな話があるか!小嶋はおまえと奈緒が一緒に居たって言ってたぞ⁉︎」
「そうだよ。いろいろ相談に乗ってやってた。」
「相談?」
なぜ哲郎に?俺じゃなくて哲郎に話すんだ?
今まで燻っていた哲郎と奈緒の仲の良さにイライラが爆発しそうだ。
「何の相談だ!」
「雪也には関係ないだろ?」
関係ない。
二人の間に入ってくるなと言われたようでそのまま哲郎を突き飛ばした。
「いってぇ…。何すんだよ!」
「奈緒はどこだ⁉︎俺の奈緒だ!」
「はぁ?俺の奈緒?何言ってんだよ。おまえのオメガは別に居るんだろ?運命、だったっけ?あのかわいいオメガはどうしたんだよ。」
「あんなの俺のオメガじゃない。俺のオメガは奈緒だ!」
哲郎は雪也言葉に眉を顰める。
「雪也、おまえ自分が何を言ってるのか分かってるのか?」
「ああ。俺のオメガは奈緒だ。奈緒が俺の運命だ!奈緒を返せよ!」
興奮して怒鳴り散らす雪也。
哲郎と雪也は幼馴染だ。しかしこんな雪也を見たのは初めてだった。
普段は冷静で気分のムラがない大人びたやつだ。そんな雪也が顔を真っ赤にして怒り狂っている。
「おまえの奈緒かどうかは置いといて…」
哲郎は大きくため息をついて立ち上がる。そして雪也を見据えた。
「おまえら、ただの友達じゃないよな?セフレか?」
「だから奈緒と俺とのことは哲郎には関係ないだろ?」
「いや、あるよ。俺は奈緒が好きだ。」
雪也は哲郎の言葉にあたまが真っ白になる。
やはり…
「哲郎、おまえ…っ!」
また掴みかかろうとする雪也の手を哲朗は振り払った。
「落ち着いて聞けよ。俺は奈緒が好きだ。だけど奈緒は俺のことは友達としか思っていない。奈緒は…奈緒はおまえのことが好きだからだよ。」
「は?」
「聴こえなかったのか?奈緒はおまえが好きなんだよ。もちろんそれは友達としてじゃなく。おまえがバカみたいに運命、運命って騒いでいるときも、いろんなオメガを紹介してもらっているときも、他のオメガをかわいいと言って喜んでるときも、奈緒はずっとおまえが好きだった…。」
雪也は哲郎の言葉に愕然とする。
奈緒は俺が好き?もちろん嫌われているとは思っていない。友達として接してくれていると思っていた。
雪也は奈緒を運命だと思った今、時間を掛けてゆっくり口説いていくつもりだった。
それが…奈緒は俺が好き?
「雪也、おまえ、奈緒に何て言った?」
「え?」
「忘れたとは言わせないぞ。」
奈緒になんて言ったか…。
雪也の頭の中に奈緒との会話が蘇る。
『奈緒に運命が現れたらちゃんと言えよ。』
『オメガを紹介してもらうんだ。運命かもしれない。』
『すごくタイプのオメガなんだ。』
どれも何気なく言った言葉だ。
奈緒はどんな気持ちでそれを聞いていた?
『おまえは俺の運命ではない。』
そう言っているのと同じだ。
奈緒はどんな気持ちでそれを…。
雪也の身体が震える。
「おまえが運命の話をする時の奈緒の顔を見た事があるか?」
哲郎が苦々しげに言う。
奈緒の顔…。
優しく笑う奈緒の顔が浮かぶ。
しかし雪也が運命の話をしている時の奈緒の顔を思い出そうとしても、奈緒の顔は真っ黒に塗り潰されていて思い出せない。
俺は奈緒の何を見ていたんだ?
媚びない姿勢、意外と不器用な手先、集中している時の真剣な顔、雪也の記憶の中のたくさんの奈緒が一気に溢れてきた。そして普段から想像がつかないほど妖艶な奈緒。雪也に抱かれていた時の奈緒だ。
奈緒はどんな気持ちで自分に抱かれていたんだ?
好きな相手の性欲の捌け口になった気持ちは?
「お、俺は…。」
雪也は膝から崩れ落ちた。
自分のしてきたことの残酷さに、愚かさに。
「奈緒は心からおまえが好きだった。だから、おまえが運命と結ばれるのを見る事が出来ないと言って消えたんだ。何もかも捨てて…。」
哲郎は吐き捨てるように言い雪也を睨んだ。
「似鳥は辞めたよ。正確には早めに卒業したんだ。単位も出席日数も足りてるしな。成島、知らなかったのか?あんなに仲が良かったのに。冬休みに毎日来て出席日数をカバーしてたよ…それで…」
担任の小嶋の声が遠くに聞こえる。
新学期が始まっても奈緒の姿を見ることはなかった。学校に来ているクラスメイトはまばらだが、皆たまには来ている。
思い切って担任に聞いてみると衝撃的な答えが返ってきた。
奈緒が辞めた?
しかも家族で海外に行ってしまったらしい。
「詳しいことはなんとも。急に決まっていろいろ大変だったみたいだな。学校も特別措置で高等教育終了と言うことにしたんだ。あ、中務なら知ってるんじゃないか?何度か一緒に登校してたぞ?おぅ!山下、今行く。」
小嶋は別の生徒に呼ばれて行ってしまった。
とにかく頭の中がこんがらがっている。
奈緒が辞めた。
しかも哲郎が知っている?
何故?
何故俺に言わずに?
悲しみと怒りと絶望感で体の力抜ける。
雪也はしばらくそこから動けなかった。
「おい!どういうことだ!」
学習室に来ていた哲郎を見つけ雪也がその胸ぐらを掴んだ。一緒に勉強していた昭彦が驚いて手からペンを落としている。
「何なんだよいきなり。」
「何だじゃないっ!おまえ知ってたのか?奈緒のこと。」
哲郎は胸ぐらを掴む雪也の手を払いのけながら冷たい目で雪也を見た。
昭彦はまだ唖然としている。雪也のそんな姿を見たことがないからだ。雪也は基本的には穏やかだ。というかあまり感情の起伏がない。怒ることもなければ、はしゃぐこともない。そんな雪也が哲郎の胸ぐらを掴み怒りのオーラを爆発させているのだ。
「知ってたよ…」
「何でっ…」
「止めろ。」
怒哲郎は鳴ろうとする雪也を制して外に出るよう促した。
「奈緒のこと何で…」
「少し落ち着けよ。」
今にも噛みつきそうな雪也を受け流して屋上に繋がる階段の踊り場に連れてくる。
人に聞かれたくない話だ。それはきっと昭彦にも。
気持ちの整理がついたら奈緒から言うだろう。
奈緒の気持ちを慮って人気のいない場所に雪也を連れて来た。
「落ち着いていられるかっ!奈緒はどこに行ったんだ!何で俺に黙って…」
「だから落ち着けって。海外に行ったことは確かだ。行き先は知らない。俺もあえて聞かなかった。」
「知らない?そんなバカな話があるか!小嶋はおまえと奈緒が一緒に居たって言ってたぞ⁉︎」
「そうだよ。いろいろ相談に乗ってやってた。」
「相談?」
なぜ哲郎に?俺じゃなくて哲郎に話すんだ?
今まで燻っていた哲郎と奈緒の仲の良さにイライラが爆発しそうだ。
「何の相談だ!」
「雪也には関係ないだろ?」
関係ない。
二人の間に入ってくるなと言われたようでそのまま哲郎を突き飛ばした。
「いってぇ…。何すんだよ!」
「奈緒はどこだ⁉︎俺の奈緒だ!」
「はぁ?俺の奈緒?何言ってんだよ。おまえのオメガは別に居るんだろ?運命、だったっけ?あのかわいいオメガはどうしたんだよ。」
「あんなの俺のオメガじゃない。俺のオメガは奈緒だ!」
哲郎は雪也言葉に眉を顰める。
「雪也、おまえ自分が何を言ってるのか分かってるのか?」
「ああ。俺のオメガは奈緒だ。奈緒が俺の運命だ!奈緒を返せよ!」
興奮して怒鳴り散らす雪也。
哲郎と雪也は幼馴染だ。しかしこんな雪也を見たのは初めてだった。
普段は冷静で気分のムラがない大人びたやつだ。そんな雪也が顔を真っ赤にして怒り狂っている。
「おまえの奈緒かどうかは置いといて…」
哲郎は大きくため息をついて立ち上がる。そして雪也を見据えた。
「おまえら、ただの友達じゃないよな?セフレか?」
「だから奈緒と俺とのことは哲郎には関係ないだろ?」
「いや、あるよ。俺は奈緒が好きだ。」
雪也は哲郎の言葉にあたまが真っ白になる。
やはり…
「哲郎、おまえ…っ!」
また掴みかかろうとする雪也の手を哲朗は振り払った。
「落ち着いて聞けよ。俺は奈緒が好きだ。だけど奈緒は俺のことは友達としか思っていない。奈緒は…奈緒はおまえのことが好きだからだよ。」
「は?」
「聴こえなかったのか?奈緒はおまえが好きなんだよ。もちろんそれは友達としてじゃなく。おまえがバカみたいに運命、運命って騒いでいるときも、いろんなオメガを紹介してもらっているときも、他のオメガをかわいいと言って喜んでるときも、奈緒はずっとおまえが好きだった…。」
雪也は哲郎の言葉に愕然とする。
奈緒は俺が好き?もちろん嫌われているとは思っていない。友達として接してくれていると思っていた。
雪也は奈緒を運命だと思った今、時間を掛けてゆっくり口説いていくつもりだった。
それが…奈緒は俺が好き?
「雪也、おまえ、奈緒に何て言った?」
「え?」
「忘れたとは言わせないぞ。」
奈緒になんて言ったか…。
雪也の頭の中に奈緒との会話が蘇る。
『奈緒に運命が現れたらちゃんと言えよ。』
『オメガを紹介してもらうんだ。運命かもしれない。』
『すごくタイプのオメガなんだ。』
どれも何気なく言った言葉だ。
奈緒はどんな気持ちでそれを聞いていた?
『おまえは俺の運命ではない。』
そう言っているのと同じだ。
奈緒はどんな気持ちでそれを…。
雪也の身体が震える。
「おまえが運命の話をする時の奈緒の顔を見た事があるか?」
哲郎が苦々しげに言う。
奈緒の顔…。
優しく笑う奈緒の顔が浮かぶ。
しかし雪也が運命の話をしている時の奈緒の顔を思い出そうとしても、奈緒の顔は真っ黒に塗り潰されていて思い出せない。
俺は奈緒の何を見ていたんだ?
媚びない姿勢、意外と不器用な手先、集中している時の真剣な顔、雪也の記憶の中のたくさんの奈緒が一気に溢れてきた。そして普段から想像がつかないほど妖艶な奈緒。雪也に抱かれていた時の奈緒だ。
奈緒はどんな気持ちで自分に抱かれていたんだ?
好きな相手の性欲の捌け口になった気持ちは?
「お、俺は…。」
雪也は膝から崩れ落ちた。
自分のしてきたことの残酷さに、愚かさに。
「奈緒は心からおまえが好きだった。だから、おまえが運命と結ばれるのを見る事が出来ないと言って消えたんだ。何もかも捨てて…。」
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