善夜家のオメガ

みこと

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奈緒

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雪也は目の前の若いカップルを微笑ましく見つめていた。
アルファの涼という男は方は明らかに雪也に対して敵対心を抱いている。俺のオメガに手を出すなと全身で威嚇してくるのだ。
そんな彼が羨ましくついついオメガの佑月にちょっかいをかけてしまう。
『何も心配することはないのに。』
佑月を見れば分かることだ。涼以外に興味はない。涼を見る目は甘く潤み、ふわふわとフェロモンを漂わせている。
まあ、分からないでもない。番いに寄って来るアルファは皆敵なのだ。あからさまな態度は佑月がよほど大事なのだろう。
佑月は涼のことを運命だと言っていた。
この様子だと涼ももちろんそう思っている。

『運命』

その言葉の魔力に取り憑かれて大事なことが見えなくなっていた若い頃の自分を思い出していた。


奈緒と初めて会ったのは高校三年の春だ。こんな時期に転校してくるやつはそうそう居ない。しかも噂では善夜のオメガと聞いていた。しかしそれはデマだったようだ。
興味津々で転校生の教室を見にいくと皆に遠巻きで見られている男がいた。
美しい男だった。
透き通るような白い肌に漆黒の瞳と髪。
友人の哲郎が揶揄って近づくとピシャリとやり返していた。気が強く見た目とは違ってオメガらしくないところも面白いと思った。
しかしそれだけだ。血が騒ぐとか、電気が走るとか、そういったことはなかった。
絶世の美男子のオメガなのに面白いやつ。それが奈緒の第一印象的だった。
その後バースを超えて仲良くなる。
趣味や考え方が良く似ていて一緒にいるととても楽だった。奈緒という優しいぬるま湯にいつまでも浸かっていたい気持ちになる。
最高の親友を手に入れた気持ちだった。
しかし二人きりになった時、どういうわけか奈緒から甘く切ない香りがした。そしてそのまま関係を持ってしまったのだ。
奈緒とのセックスは最高だった。オメガとも何度かしたことがあるが、比べものにならないくらいだ。
最高の親友は最高のセックスフレンドでもあった。

雪也や踵を返し二人に背を向けて廊下を歩く。
その当時のことを思い出すと胸が軋むように痛いのだ。
十年前の自分は周りが見えなかったただのバカだ。
泣きたくなるような気持ちを抱えて自分の研究室の扉を開けた。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「今度オメガを紹介してもらうんだ。次こそ運命かもしれない。」

雪也やはどうしても運命と結ばれたかった。
両親や兄を見てきたからだ。特に長男は運命の番いの存在を信じなかったことで後々大変後悔することになった。
なので父や兄に口酸っぱく言われてきた。
『雪也にも必ず運命が居るからな。その人が現れるのを待つんだぞ。』そのたびに雪也は力強く頷く。
そして幸いなことに雪也のすぐ上の兄も運命と出会い結ばれた。

「雪也も頑張れ!これ以上の幸せはないぞ!」

スラリと背の高いオメガの肩を抱きながら自慢げでかつ幸せそうな兄の姿に雪也は改めて固く誓った。
『必ず運命を見つける。』
ずっとそう思い生きてきた。
どこに居るか分からない運命に思いを馳せる。
そして両親や兄夫婦たちの仲睦まじい様子を見せつけられ惚気話を聞く…。
運命に取り憑かれていた自分が、目の前の大事なものに気が付いた時にはもう遅かった。

「奈緒…。」

一日たりとも忘れることがなかったその名前を口の中で呟く。
そして悲しいことに今日は彼の誕生日だ。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「うーん、ごめん。今日はちょっと…。哲郎とその弟に付き合って出掛けることになってるんだ。」

「…そうか。」

雪也が家で勉強をしないか誘うと奈緒にまた断れた。
ここ最近断られることが多い。今まではセックスもストレートに誘っていた。しかし断られる回数が増えるにつれて何となく湾曲に誘ってしまう。
しかも哲郎を理由に断られることが多い。もちろん二人は友達だ。出掛けることもあるだろう。もやもやするが、止めるのもおかしな話だ。
哲郎には歳の離れた弟がいる。今年五歳と言っていた。その弟が奈緒をいたく気に入っているらしいのだ。

以前は三日と開けず身体を重ねていた。それが晩秋の頃からほとんどない。自分はいつからしていないのか数えると約一ヵ月もご無沙汰だった。
いかんせんアルファは性欲が強い。雪也も自分でそう思っていた。
『違うやつでも誘うかな。』
スマホで名前を検索するが急速に性欲が萎んでいき面倒になる。
またにしよう、そう思いスマホをしまった。


「またオメガを紹介してもらうのか?」

「ああ。」

哲郎が呆れた声を出す。
いつもの溜まり場で雪也の紹介の話になった。

「毎回毎回よくやるよ。いい加減諦めろ。」

「そういう訳にはいかない。今回は写真も手に入れた。すごくかわいくて俺のタイプだ。」

そう言ってスマホをテーブルに置く。
そこにはかわいらしい男のオメガが写っていた。
奈緒もそれを覗き込む。
自分とは全く違うタイプのオメガだ。
雪也はかわいらしいオメガが好きだったのか。それを知り落胆する気持ちを悟られないよう顔を背け、パックのミルクティーを飲んだ。


なぜこの時、奈緒の顔を見なかったのか。
哲郎に言われた。あんな苦しそうな奈緒の表情に気付かなかったのかと。
浮かれていた雪也には全く分からなかった。
そんな自分の失態は地獄へのカウントダウンのボタンを押してしまったのだ。






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