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「暇だな…」
涼はソファーに横になってテレビをつけた。朝の情報番組はどのチャンネルも同じような内容だ。
『アルファ熱』が流行ってると真剣な顔で伝えるアナウンサーをぼんやりと眺めていた。
子どもの頃にもアルファ熱に罹ったことがある。その時は入院するくらい酷くて辛かったのを覚えている。
父親はそんな涼の病状を喜んでいた。
アルファ熱はアルファ性が強ければ強いほど症状が重く出る。なので苦しんでいる涼の横で『強いアルファだ』と言っていたのを思い出した。
父親が言った通り涼は上位アルファだった。両親、親戚共にとても喜んでいたが、涼にとってはどうでも良かった。むしろそのせいで嫌な目にも合ったこともある。
涼が十三歳の時だ。涼が上位アルファと聞きつけたオメガが発情した状態で涼に襲いかかってきた。しかもそのオメガはかなり歳上の女で妊娠すれば将来が安泰だと思惑し、まだ子どもの涼を襲ったのだ。
その時の恐怖は今でも覚えている。
甘ったるい匂い。嫌なのに理性が吹き飛び自分が獣になってしまったような感覚。
自分の気持ちとは裏腹に理性が吹き飛ぶ恐怖は一生忘れない。
幸いにも家族がそれに気付き、間一髪で大事には至らなかった。
その事件以降オメガが苦手だ。
というよりは怖いのだ。
今回のアルファ熱もきつかった。大概は三十七度台の熱、倦怠感が主な症状だが、涼は四十度近く熱が出た。そのせいで意識も朦朧としていた。
幼い頃のアルファ熱と同様に辛く苦しかったが、今回はその時と一つだけ違っていた。
朦朧とした意識の中でずっと天使に見守られていたような気がしていたのだ。
天使が側で涼の世話をしてくれている。
最初はてっきり自分は死んだのかと思っていた。でも時々目を覚ますと部屋の中だ。またうとうとすると天使が来て優しく看病してくれる。辛いのに幸せな時間だった。
熱も下がり目を覚ますとあのオメガが居た。婚約者の善夜のオメガだ。佑月という名のそのオメガはもっさりとした冴えないオメガだ。初めて会った時もその冴えない見た目と挙動不審な態度で噂で聞く善夜のオメガと大違いだった。
双子の弟のオメガは何かのパーティーで見たことがある。弟の方は色っぽいオメガで、兄の方も美しいオメガだった。二人とも他のアルファにチヤホヤされていた。
涼はオメガには興味はないので何とも思わず声をかけることもなかった。
しかし父親や親戚連中がアルファが生まれづらくなっている天沢家の将来を心配し、善夜のオメガを娶ることになってしまったのだ。もちろん涼は抵抗したが、父親にある条件を飲んでもらう形で善夜のオメガと見合いをすることにした。乗り気はしないがどうしても善夜のオメガを嫁にもらわなければならないなら、あの時に見た双子の弟を、と希望し見合いをすることになった。
それなのに…。
実際に来たのは双子のどちらでもない冴えないオメガだった。
垢抜けない見た目。何のフェロモンも感じない。
涼は断るつもりだったが父親とそのオメガの母親とで勝手に縁談をまとめてしまい結婚することになった。
うんざりとした気持ちで見合いを終えて、後はどうにでもなれといった投げやりな気持ちだった。父親が言うようにアルファを産ませたら善夜に返せば良い、と思っていたがあのオメガと子作りすること自体が憂鬱だった。
「腹減った…。」
冷蔵庫を開けるとサンドイッチがある。皿の上にキレイに並べられてラップがかけてあった。あのオメガが作った物だ。今朝、昼食用にと言われた。
涼はそれとペットボトルの水を冷蔵庫から取り出してソファーに座る。小さく切り分けてあるサンドイッチは色とりどりの具材が挟まってあり美味しそうだ。
「美味いな…。何だこれ。」
サンドイッチなんてどれも一緒だと思っていたが一口食べると何とも言えない素朴な美味しさだった。
もちろん涼は美味しい物を食べ慣れている。しかしあのオメガが作る物は全て美味しいのだ。何度も食べたくなる優しい味で今まで食べた中で一番と言っても良い。
あっという間に食べ終えてまたソファーに寝転がる。
そして昨日の事を思い出していた。
あのオメガが作ったうどんを食べていた時だ。ほんの一瞬ふわりと良い匂いがした。甘くて柔らかくて胸が締め付けられるような切ないような匂い。驚いて顔を上げるとその匂いは消えた。あれは何だったのだろうか。
ごろんと寝返りを打って空になった皿を見る。あのオメガが作ったサンドイッチ。
すごく美味かった。
薬や水を差し出された時、オメガの手が小さくて白い事を知った。あの小さな白い手でサンドイッチを作るオメガを想像する。
「はあ…、」
暇すぎて考える事がないからだ。だからこんなどうでも良い事を考えている。
涼は立ち上がってシャワーを浴びようとバスルームに向かった。
「うーん…。」
物音と良い匂いで目を覚ます。
佑月がキッチンで料理をしていた。涼はシャワーから上がるとそのままソファーで寝ていたようだ。
「おはようございます。もう直ぐできます。」
涼が目を覚ましたことに気が付いた佑月が声をかけてくる。『ああ。』と返事をしてダイニングテーブルに座った。
チラチラとキッチンを見ると佑月は楽しそうに料理をしている。
ダサいメガネと伸ばしっぱなしの髪の毛で表情は良くわからないが本当に楽しそうだ。
口角が上がった口元がかわいい。
「え?」
思わず小さな声が出てしまった。佑月は気がついていない。
今何て?
かわいい?
どこが?
目の前のオメガは相変わらず野暮ったくてダサくてフェロモンのフェの字も出ていない。
自分はよっぽど欲求不満なのだろうか。アルファ熱になってから家を出ていないのでそういうこともしていない。
涼は頭を振って馬鹿げた考えを振り払った。
涼はソファーに横になってテレビをつけた。朝の情報番組はどのチャンネルも同じような内容だ。
『アルファ熱』が流行ってると真剣な顔で伝えるアナウンサーをぼんやりと眺めていた。
子どもの頃にもアルファ熱に罹ったことがある。その時は入院するくらい酷くて辛かったのを覚えている。
父親はそんな涼の病状を喜んでいた。
アルファ熱はアルファ性が強ければ強いほど症状が重く出る。なので苦しんでいる涼の横で『強いアルファだ』と言っていたのを思い出した。
父親が言った通り涼は上位アルファだった。両親、親戚共にとても喜んでいたが、涼にとってはどうでも良かった。むしろそのせいで嫌な目にも合ったこともある。
涼が十三歳の時だ。涼が上位アルファと聞きつけたオメガが発情した状態で涼に襲いかかってきた。しかもそのオメガはかなり歳上の女で妊娠すれば将来が安泰だと思惑し、まだ子どもの涼を襲ったのだ。
その時の恐怖は今でも覚えている。
甘ったるい匂い。嫌なのに理性が吹き飛び自分が獣になってしまったような感覚。
自分の気持ちとは裏腹に理性が吹き飛ぶ恐怖は一生忘れない。
幸いにも家族がそれに気付き、間一髪で大事には至らなかった。
その事件以降オメガが苦手だ。
というよりは怖いのだ。
今回のアルファ熱もきつかった。大概は三十七度台の熱、倦怠感が主な症状だが、涼は四十度近く熱が出た。そのせいで意識も朦朧としていた。
幼い頃のアルファ熱と同様に辛く苦しかったが、今回はその時と一つだけ違っていた。
朦朧とした意識の中でずっと天使に見守られていたような気がしていたのだ。
天使が側で涼の世話をしてくれている。
最初はてっきり自分は死んだのかと思っていた。でも時々目を覚ますと部屋の中だ。またうとうとすると天使が来て優しく看病してくれる。辛いのに幸せな時間だった。
熱も下がり目を覚ますとあのオメガが居た。婚約者の善夜のオメガだ。佑月という名のそのオメガはもっさりとした冴えないオメガだ。初めて会った時もその冴えない見た目と挙動不審な態度で噂で聞く善夜のオメガと大違いだった。
双子の弟のオメガは何かのパーティーで見たことがある。弟の方は色っぽいオメガで、兄の方も美しいオメガだった。二人とも他のアルファにチヤホヤされていた。
涼はオメガには興味はないので何とも思わず声をかけることもなかった。
しかし父親や親戚連中がアルファが生まれづらくなっている天沢家の将来を心配し、善夜のオメガを娶ることになってしまったのだ。もちろん涼は抵抗したが、父親にある条件を飲んでもらう形で善夜のオメガと見合いをすることにした。乗り気はしないがどうしても善夜のオメガを嫁にもらわなければならないなら、あの時に見た双子の弟を、と希望し見合いをすることになった。
それなのに…。
実際に来たのは双子のどちらでもない冴えないオメガだった。
垢抜けない見た目。何のフェロモンも感じない。
涼は断るつもりだったが父親とそのオメガの母親とで勝手に縁談をまとめてしまい結婚することになった。
うんざりとした気持ちで見合いを終えて、後はどうにでもなれといった投げやりな気持ちだった。父親が言うようにアルファを産ませたら善夜に返せば良い、と思っていたがあのオメガと子作りすること自体が憂鬱だった。
「腹減った…。」
冷蔵庫を開けるとサンドイッチがある。皿の上にキレイに並べられてラップがかけてあった。あのオメガが作った物だ。今朝、昼食用にと言われた。
涼はそれとペットボトルの水を冷蔵庫から取り出してソファーに座る。小さく切り分けてあるサンドイッチは色とりどりの具材が挟まってあり美味しそうだ。
「美味いな…。何だこれ。」
サンドイッチなんてどれも一緒だと思っていたが一口食べると何とも言えない素朴な美味しさだった。
もちろん涼は美味しい物を食べ慣れている。しかしあのオメガが作る物は全て美味しいのだ。何度も食べたくなる優しい味で今まで食べた中で一番と言っても良い。
あっという間に食べ終えてまたソファーに寝転がる。
そして昨日の事を思い出していた。
あのオメガが作ったうどんを食べていた時だ。ほんの一瞬ふわりと良い匂いがした。甘くて柔らかくて胸が締め付けられるような切ないような匂い。驚いて顔を上げるとその匂いは消えた。あれは何だったのだろうか。
ごろんと寝返りを打って空になった皿を見る。あのオメガが作ったサンドイッチ。
すごく美味かった。
薬や水を差し出された時、オメガの手が小さくて白い事を知った。あの小さな白い手でサンドイッチを作るオメガを想像する。
「はあ…、」
暇すぎて考える事がないからだ。だからこんなどうでも良い事を考えている。
涼は立ち上がってシャワーを浴びようとバスルームに向かった。
「うーん…。」
物音と良い匂いで目を覚ます。
佑月がキッチンで料理をしていた。涼はシャワーから上がるとそのままソファーで寝ていたようだ。
「おはようございます。もう直ぐできます。」
涼が目を覚ましたことに気が付いた佑月が声をかけてくる。『ああ。』と返事をしてダイニングテーブルに座った。
チラチラとキッチンを見ると佑月は楽しそうに料理をしている。
ダサいメガネと伸ばしっぱなしの髪の毛で表情は良くわからないが本当に楽しそうだ。
口角が上がった口元がかわいい。
「え?」
思わず小さな声が出てしまった。佑月は気がついていない。
今何て?
かわいい?
どこが?
目の前のオメガは相変わらず野暮ったくてダサくてフェロモンのフェの字も出ていない。
自分はよっぽど欲求不満なのだろうか。アルファ熱になってから家を出ていないのでそういうこともしていない。
涼は頭を振って馬鹿げた考えを振り払った。
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