至宝のオメガ

みこと

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「バートレットの王子。私には助けることができません。」

ラウラは表情を変えることなくフレデリックに言った。ラウラなら何とかしてくれるかもしれない。フレデリックの望みは即座に切り捨てられたのだ。

「そんな…。」

「しかしオーブリーなら出来るでしょう。」

「オーブリー?」

「ええ。ネクロポリス山の山頂にいる男です。オーブリーならルイーズの傷付いた身体を治すことが出来ます。ルイーズは今、魂の力だけでこの世に留まっている状態です。」

「ネクロポリス山のオーブリー…。」

「この森をサリエルに向かって進んだ先にある山です。ルイーズの肉体だけを連れてネクロポリス山に登りなさい。山には必ずバートレットの王子一人で行くのです。森の入り口で待っている賢い馬も置いて行きなさい。」

ラウラはヒューのことも知っているようだ。
ルイーズを助けられる…。絶望の淵から這い上がった気分だ。

「分かった。しかし肉体だけとは?」

「ルイーズの魂は置いて行くのです。私が預かりましょう。」

そう言ってラウラは胸元から小さな瓶を取り出した。
ピンク色の小瓶と水色の小瓶だ。それをフレデリックに手渡す。

「バートレットに戻り、先ずピンクの小瓶の液体を飲ませるのです。そしてネクロポリス山から戻ったら水色の小瓶の液体を飲ませなさい。」

フレデリックはじっとラウラを見つめた。
魂を預かる。それはルイーズの身体から魂が抜けることだ。ラウラを信じるしかない。

「それからこれを。」

フレデリックの手に緑色の楕円の石を乗せた。大きなエメラルドのような石だ。しかしよく見ると中はさまざまな光の粒が詰まっている。

「これは?」

「『代わりだ』と言ってオーブリーに渡しなさい。決して渡すのを忘れてはいけません。ルイーズが悲しみます。」

「分かった。」

ラウラの言っていることがよく分からなかったがルイーズを悲しませたくない。
フレデリックはその石をハンカチで包み胸ポケットにしまった。

「バートレットの王子、急ぎなさい。時間がありません。」

フレデリックは大きく頷いて暗い森の中に戻った。
ほんの数分で森の出口に着いた。ヒューが大人しく待っている。

「ヒュー、帰るぞ。ルイーズを助けるんだ。」

ヒューは風のように駆け城を目指す。往復で疲れているはずだが、足取りは軽やかだ。

「ラウラ殿。ありがとう…。」

ヒューのおかげで予定よりもずっと速く城に戻ることができた。すぐにルイーズが寝ている部屋に向かう。

「殿下!どちらへ行っていたんですか?ルイーズ様が…。」

部屋に入るなりイアンが泣きついてきた。ベッドの上のルイーズは呼吸が浅くなってきている。

「大丈夫だイアン。ラウラに会ってきたんだ。」

「え?ラウラ様に?」

驚いてイアンが顔を上げた。
ラウラはルイーズ以外には会わないのを知っているからだ。

「ああ。私に任せてくれ。」

フレデリックはラウラからもらった小瓶を取り出した。言われた通りピンクの小瓶の蓋を開けその中の液体を少しずつルイーズの口の中に入れる。
ルイーズの身体がふわりと光った。

「殿下、何を?」

「説明はあとだ。時間がない。ルイーズを連れて行くぞ。」

ルイーズを背負い、落ちないよう紐でフレデリック自身の体に括り付ける。イアンに手伝ってもらいルイーズにいつもの青いローブを羽織らせた。

「行ってくる。必ずルイーズを助けるからな。兄上にそう伝えてくれ。」

呆然とするイアンを残してフレデリックは部屋を出て行った。



ヒューに乗り再度黒の森を目指す。ヒューはかなり疲れているはずだ。しかし与えられた使命を分かっているかのように大きく戦慄くと風のように駆け出した。
背中に感じるルイーズはまだ温かい。

「死なないでくれ…。おまえが死んだら私は生きていけない。」

今度はヒューとともに黒の森に入る。かなり飛ばしたらため、ゼエゼエと荒い呼吸だったヒューの呼吸が穏やかになり足取りが復活している。
この森のおかげか、それともラウラか。フレデリックたちはサリエル国の方向を目指して森を駆け抜けた。





「ヒューここまでだ。もし私が戻らなかったら一人で城に帰るんだ。」

森から出てすぐに景色が一変したためネクロポリス山の麓だと分かる。草木は生えておらず、ゴツゴツした岩が剥き出している。
優しくヒューの頭を撫でた。ヒューの手綱は繋がずに別れた。

ネクロポリス山。
別名『死者の都市の山』。生ける者の赴く場所ではないとフレデリックも聞かされていた。
子どもの頃乳母に聞いた話だ。そこに足を踏み入れた者は生きて帰ることは出来ない。
しかし今はラウラの言葉に従うしかない。ルイーズを背負い一歩一歩登っていく。
魂の抜けたルイーズの身体は驚くほど軽かった。というよりルイーズの魂が重かったのだろう。
このネクロポリスの山頂に何があるのかは分からないが自分の命と引き換えにしても助ける覚悟だ。
どれくらい歩いたのだろう。乾いた岩が露出した道から徐々に草木が生えている道に変わって来た。歩き続けると林に入り込んだ。さらに歩きその林を抜けると小さな小屋が見えた。
あそこにオーブリーがいるのだろうか。

小屋まで辿り着くとその小屋の前に大きな泉がある。
小屋と泉は木々に囲まれてそこだけが違う場所のようだ。 
砂漠のオアシスといったところか。
泉の水もまた不思議だった。透明なようでそうでない。ゆらゆらと水面が揺れて光の反射で色を変える。透明な銀色の泉だ。
フレデリックは泉の淵に立った。
おそらくここがネクロポリス山の山頂だろう。

「誰?」

泉のほとりにデッキチェアに寝そべっている男がフレデリックに声をかけた。男というよりはまだ小さな子どものようだ。

「オーブリーか?」

「そうだよ。誰?」

「私はバートレットのフレデリックだ。ルイーズの傷を治せると聞いてここに来た。」

「その背中の人?」

オーブリーは目を閉じていてこちらを見ていない。しかしフレデリックとルイーズが見えるようだ。

「そうだ。頼めるか?」

オーブリーは目を開けた。そしてにっと笑う。その顔は本当に子どもに見えた。
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