60 / 87
55
しおりを挟む
「バートレットの王子。私には助けることができません。」
ラウラは表情を変えることなくフレデリックに言った。ラウラなら何とかしてくれるかもしれない。フレデリックの望みは即座に切り捨てられたのだ。
「そんな…。」
「しかしオーブリーなら出来るでしょう。」
「オーブリー?」
「ええ。ネクロポリス山の山頂にいる男です。オーブリーならルイーズの傷付いた身体を治すことが出来ます。ルイーズは今、魂の力だけでこの世に留まっている状態です。」
「ネクロポリス山のオーブリー…。」
「この森をサリエルに向かって進んだ先にある山です。ルイーズの肉体だけを連れてネクロポリス山に登りなさい。山には必ずバートレットの王子一人で行くのです。森の入り口で待っている賢い馬も置いて行きなさい。」
ラウラはヒューのことも知っているようだ。
ルイーズを助けられる…。絶望の淵から這い上がった気分だ。
「分かった。しかし肉体だけとは?」
「ルイーズの魂は置いて行くのです。私が預かりましょう。」
そう言ってラウラは胸元から小さな瓶を取り出した。
ピンク色の小瓶と水色の小瓶だ。それをフレデリックに手渡す。
「バートレットに戻り、先ずピンクの小瓶の液体を飲ませるのです。そしてネクロポリス山から戻ったら水色の小瓶の液体を飲ませなさい。」
フレデリックはじっとラウラを見つめた。
魂を預かる。それはルイーズの身体から魂が抜けることだ。ラウラを信じるしかない。
「それからこれを。」
フレデリックの手に緑色の楕円の石を乗せた。大きなエメラルドのような石だ。しかしよく見ると中はさまざまな光の粒が詰まっている。
「これは?」
「『代わりだ』と言ってオーブリーに渡しなさい。決して渡すのを忘れてはいけません。ルイーズが悲しみます。」
「分かった。」
ラウラの言っていることがよく分からなかったがルイーズを悲しませたくない。
フレデリックはその石をハンカチで包み胸ポケットにしまった。
「バートレットの王子、急ぎなさい。時間がありません。」
フレデリックは大きく頷いて暗い森の中に戻った。
ほんの数分で森の出口に着いた。ヒューが大人しく待っている。
「ヒュー、帰るぞ。ルイーズを助けるんだ。」
ヒューは風のように駆け城を目指す。往復で疲れているはずだが、足取りは軽やかだ。
「ラウラ殿。ありがとう…。」
ヒューのおかげで予定よりもずっと速く城に戻ることができた。すぐにルイーズが寝ている部屋に向かう。
「殿下!どちらへ行っていたんですか?ルイーズ様が…。」
部屋に入るなりイアンが泣きついてきた。ベッドの上のルイーズは呼吸が浅くなってきている。
「大丈夫だイアン。ラウラに会ってきたんだ。」
「え?ラウラ様に?」
驚いてイアンが顔を上げた。
ラウラはルイーズ以外には会わないのを知っているからだ。
「ああ。私に任せてくれ。」
フレデリックはラウラからもらった小瓶を取り出した。言われた通りピンクの小瓶の蓋を開けその中の液体を少しずつルイーズの口の中に入れる。
ルイーズの身体がふわりと光った。
「殿下、何を?」
「説明はあとだ。時間がない。ルイーズを連れて行くぞ。」
ルイーズを背負い、落ちないよう紐でフレデリック自身の体に括り付ける。イアンに手伝ってもらいルイーズにいつもの青いローブを羽織らせた。
「行ってくる。必ずルイーズを助けるからな。兄上にそう伝えてくれ。」
呆然とするイアンを残してフレデリックは部屋を出て行った。
ヒューに乗り再度黒の森を目指す。ヒューはかなり疲れているはずだ。しかし与えられた使命を分かっているかのように大きく戦慄くと風のように駆け出した。
背中に感じるルイーズはまだ温かい。
「死なないでくれ…。おまえが死んだら私は生きていけない。」
今度はヒューとともに黒の森に入る。かなり飛ばしたらため、ゼエゼエと荒い呼吸だったヒューの呼吸が穏やかになり足取りが復活している。
この森のおかげか、それともラウラか。フレデリックたちはサリエル国の方向を目指して森を駆け抜けた。
「ヒューここまでだ。もし私が戻らなかったら一人で城に帰るんだ。」
森から出てすぐに景色が一変したためネクロポリス山の麓だと分かる。草木は生えておらず、ゴツゴツした岩が剥き出している。
優しくヒューの頭を撫でた。ヒューの手綱は繋がずに別れた。
ネクロポリス山。
別名『死者の都市の山』。生ける者の赴く場所ではないとフレデリックも聞かされていた。
子どもの頃乳母に聞いた話だ。そこに足を踏み入れた者は生きて帰ることは出来ない。
しかし今はラウラの言葉に従うしかない。ルイーズを背負い一歩一歩登っていく。
魂の抜けたルイーズの身体は驚くほど軽かった。というよりルイーズの魂が重かったのだろう。
このネクロポリスの山頂に何があるのかは分からないが自分の命と引き換えにしても助ける覚悟だ。
どれくらい歩いたのだろう。乾いた岩が露出した道から徐々に草木が生えている道に変わって来た。歩き続けると林に入り込んだ。さらに歩きその林を抜けると小さな小屋が見えた。
あそこにオーブリーがいるのだろうか。
小屋まで辿り着くとその小屋の前に大きな泉がある。
小屋と泉は木々に囲まれてそこだけが違う場所のようだ。
砂漠のオアシスといったところか。
泉の水もまた不思議だった。透明なようでそうでない。ゆらゆらと水面が揺れて光の反射で色を変える。透明な銀色の泉だ。
フレデリックは泉の淵に立った。
おそらくここがネクロポリス山の山頂だろう。
「誰?」
泉のほとりにデッキチェアに寝そべっている男がフレデリックに声をかけた。男というよりはまだ小さな子どものようだ。
「オーブリーか?」
「そうだよ。誰?」
「私はバートレットのフレデリックだ。ルイーズの傷を治せると聞いてここに来た。」
「その背中の人?」
オーブリーは目を閉じていてこちらを見ていない。しかしフレデリックとルイーズが見えるようだ。
「そうだ。頼めるか?」
オーブリーは目を開けた。そしてにっと笑う。その顔は本当に子どもに見えた。
ラウラは表情を変えることなくフレデリックに言った。ラウラなら何とかしてくれるかもしれない。フレデリックの望みは即座に切り捨てられたのだ。
「そんな…。」
「しかしオーブリーなら出来るでしょう。」
「オーブリー?」
「ええ。ネクロポリス山の山頂にいる男です。オーブリーならルイーズの傷付いた身体を治すことが出来ます。ルイーズは今、魂の力だけでこの世に留まっている状態です。」
「ネクロポリス山のオーブリー…。」
「この森をサリエルに向かって進んだ先にある山です。ルイーズの肉体だけを連れてネクロポリス山に登りなさい。山には必ずバートレットの王子一人で行くのです。森の入り口で待っている賢い馬も置いて行きなさい。」
ラウラはヒューのことも知っているようだ。
ルイーズを助けられる…。絶望の淵から這い上がった気分だ。
「分かった。しかし肉体だけとは?」
「ルイーズの魂は置いて行くのです。私が預かりましょう。」
そう言ってラウラは胸元から小さな瓶を取り出した。
ピンク色の小瓶と水色の小瓶だ。それをフレデリックに手渡す。
「バートレットに戻り、先ずピンクの小瓶の液体を飲ませるのです。そしてネクロポリス山から戻ったら水色の小瓶の液体を飲ませなさい。」
フレデリックはじっとラウラを見つめた。
魂を預かる。それはルイーズの身体から魂が抜けることだ。ラウラを信じるしかない。
「それからこれを。」
フレデリックの手に緑色の楕円の石を乗せた。大きなエメラルドのような石だ。しかしよく見ると中はさまざまな光の粒が詰まっている。
「これは?」
「『代わりだ』と言ってオーブリーに渡しなさい。決して渡すのを忘れてはいけません。ルイーズが悲しみます。」
「分かった。」
ラウラの言っていることがよく分からなかったがルイーズを悲しませたくない。
フレデリックはその石をハンカチで包み胸ポケットにしまった。
「バートレットの王子、急ぎなさい。時間がありません。」
フレデリックは大きく頷いて暗い森の中に戻った。
ほんの数分で森の出口に着いた。ヒューが大人しく待っている。
「ヒュー、帰るぞ。ルイーズを助けるんだ。」
ヒューは風のように駆け城を目指す。往復で疲れているはずだが、足取りは軽やかだ。
「ラウラ殿。ありがとう…。」
ヒューのおかげで予定よりもずっと速く城に戻ることができた。すぐにルイーズが寝ている部屋に向かう。
「殿下!どちらへ行っていたんですか?ルイーズ様が…。」
部屋に入るなりイアンが泣きついてきた。ベッドの上のルイーズは呼吸が浅くなってきている。
「大丈夫だイアン。ラウラに会ってきたんだ。」
「え?ラウラ様に?」
驚いてイアンが顔を上げた。
ラウラはルイーズ以外には会わないのを知っているからだ。
「ああ。私に任せてくれ。」
フレデリックはラウラからもらった小瓶を取り出した。言われた通りピンクの小瓶の蓋を開けその中の液体を少しずつルイーズの口の中に入れる。
ルイーズの身体がふわりと光った。
「殿下、何を?」
「説明はあとだ。時間がない。ルイーズを連れて行くぞ。」
ルイーズを背負い、落ちないよう紐でフレデリック自身の体に括り付ける。イアンに手伝ってもらいルイーズにいつもの青いローブを羽織らせた。
「行ってくる。必ずルイーズを助けるからな。兄上にそう伝えてくれ。」
呆然とするイアンを残してフレデリックは部屋を出て行った。
ヒューに乗り再度黒の森を目指す。ヒューはかなり疲れているはずだ。しかし与えられた使命を分かっているかのように大きく戦慄くと風のように駆け出した。
背中に感じるルイーズはまだ温かい。
「死なないでくれ…。おまえが死んだら私は生きていけない。」
今度はヒューとともに黒の森に入る。かなり飛ばしたらため、ゼエゼエと荒い呼吸だったヒューの呼吸が穏やかになり足取りが復活している。
この森のおかげか、それともラウラか。フレデリックたちはサリエル国の方向を目指して森を駆け抜けた。
「ヒューここまでだ。もし私が戻らなかったら一人で城に帰るんだ。」
森から出てすぐに景色が一変したためネクロポリス山の麓だと分かる。草木は生えておらず、ゴツゴツした岩が剥き出している。
優しくヒューの頭を撫でた。ヒューの手綱は繋がずに別れた。
ネクロポリス山。
別名『死者の都市の山』。生ける者の赴く場所ではないとフレデリックも聞かされていた。
子どもの頃乳母に聞いた話だ。そこに足を踏み入れた者は生きて帰ることは出来ない。
しかし今はラウラの言葉に従うしかない。ルイーズを背負い一歩一歩登っていく。
魂の抜けたルイーズの身体は驚くほど軽かった。というよりルイーズの魂が重かったのだろう。
このネクロポリスの山頂に何があるのかは分からないが自分の命と引き換えにしても助ける覚悟だ。
どれくらい歩いたのだろう。乾いた岩が露出した道から徐々に草木が生えている道に変わって来た。歩き続けると林に入り込んだ。さらに歩きその林を抜けると小さな小屋が見えた。
あそこにオーブリーがいるのだろうか。
小屋まで辿り着くとその小屋の前に大きな泉がある。
小屋と泉は木々に囲まれてそこだけが違う場所のようだ。
砂漠のオアシスといったところか。
泉の水もまた不思議だった。透明なようでそうでない。ゆらゆらと水面が揺れて光の反射で色を変える。透明な銀色の泉だ。
フレデリックは泉の淵に立った。
おそらくここがネクロポリス山の山頂だろう。
「誰?」
泉のほとりにデッキチェアに寝そべっている男がフレデリックに声をかけた。男というよりはまだ小さな子どものようだ。
「オーブリーか?」
「そうだよ。誰?」
「私はバートレットのフレデリックだ。ルイーズの傷を治せると聞いてここに来た。」
「その背中の人?」
オーブリーは目を閉じていてこちらを見ていない。しかしフレデリックとルイーズが見えるようだ。
「そうだ。頼めるか?」
オーブリーは目を開けた。そしてにっと笑う。その顔は本当に子どもに見えた。
13
お気に入りに追加
735
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
噛痕に思う
阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。
✿オメガバースもの掌編二本作。
(『ride』は2021年3月28日に追加します)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる