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城の中はフレデリックたちの婚約パーティーの準備のため大忙しだ。しかし喜ばしい忙しさである。
皆与えられた仕事を嬉々としてこなしていた。
「おーおー、すげ~な。飾り付けもご立派で。」
「何だセルゲイ。暇なら手伝え。」
会場の監修をしているフレデリックが様子を見に来たセルゲイに声をかけた。
「ご冗談を。俺は騎士だぞ。」
「なんでも屋だろ?」
「あはは。そりゃいーね。」
「そうだ。第一部隊も軍服を新調するからな。皆採寸は済んでる。仕立て屋と裁縫師があとはおまえだけだって探してたぞ。」
「お!マジか!ついでに新しい冠婚用の服も作ってもらおう。この間着たけどきつかったんだよ。ジルの分も良いか?」
「図々しいヤツだな。勝手にしろ。」
フレデリックが呆れているとセルゲイは嬉しそうに出て行った。おそらくジルを探しに行くのだろう。
七年前、セルゲイが初めてジルに会った時のことを思い出した。その時、フレデリックも一緒に居たのだ。
王立学校の初等科最後の日だ。進学が決まっていた二人が下見に行こうと高等部の校舎に忍び込んだ時だった。
早々に見つかり追い出され、教員に初等科まで二人を連れて行くように頼まれたのがジルだった。
フレデリックは特に何も感じず『オメガ』か、と思っただけだ。しかし隣のセルゲイは違った。頬は紅潮し、目をキラキラと輝かせて興奮している。
初等科に着くまでジルにしつこくいろいろ質問していた。
送り届けられて別れる時になんと『結婚してください』とプロポーズをしたのだ。
ジルには一蹴されたし、フレデリックもプロポーズは冗談だと思っていたがセルゲイは本気だった。
ジルはその年に高等部を卒業し王立図書館に就職した。あまり裕福な家ではなく、すでに両親は他界し祖母と二人で慎ましく暮らしていた。そんなジルの家にセルゲイは足繁く通った。最初の頃は玄関で帰らされていたが徐々に距離を縮め家に上がり込み、持ち前のコミュニケーション能力で祖母と仲良くなっていた。
肝心のジルはセルゲイを子ども扱いし、適当に受け流していた。
その間にセルゲイは二年間他国へ留学しジルとは全く会わなくなった。
後から聞いた話だが、毎日のように手紙を送っていたらしい。
留学期間が終わる間際、ジルの祖母が亡くなった。それを聞いたセルゲイは飛んで帰り、傷心のジルを一生懸命支えた。会わなかった二年間でセルゲイは精悍な男性となり、子どもっぽさはなくなった。最もそれは見た目だけの話しだが。
そのまま留学を終えて騎士となったセルゲイはジルの家に居座り、いつの間にか恋人同士となり、ジルが念願の王立魔術研究所に転職した一年前に結婚し番いになった。
恐ろしい執念である。そんなセルゲイをフレデリックはおめでたい奴だと思っていた。
そんなこと考えながら会場に飾られている横段幕を見上げる。
そこには大きな文字で『congratulations!』と書かれている。
「私も随分とおめでたい奴だな。」
フレデリックはその段幕を見て微笑んだ。
「フィルーーっ!」
横断幕を眺めていると可愛い声が聞こえてきた。
ルイーズが笑顔で走ってくる。
「こら、ルイーズ。城の中は走ったらダメだよ。」
胸の中に飛び込んできたルイーズを優しく叱る。
「あ、ごめんなさい…。」
「ふふふ。ルイーズが転んでケガでもしたら大変だからね。」
恥ずかしそうに小さくなるルイーズを抱きしめて囁いた。
今ならセルゲイの気持ちが分かる。ルイーズを手に入れるなら何年でもアプローチし続けるだろう。
「どうした?私を探していたのか?」
「あ、そうです。仕立て屋と裁縫師が探していました。」
「そうか。じゃあ一緒に行こう。」
「はい。」
フレデリックの左腕にルイーズの右手を乗せて歩く。
前回の婚約発表以降二人は隠すことなく仲睦まじい様子を見せている。
皆はフレデリックのあまりの変容に最初は驚いたが、ルイーズの人柄と可愛いらしさを知っている人たちは納得した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「そんな…約束が違うじゃない!あのサリエルの王子を始末してくれれば…」
「うるさい!その女をどこかに閉じ込めておけ!殺すなよ?最後の切り札に取っておく。」
「はっ!」
バートレット城に程近い屋敷で何やら不穏な争いが起こっている。捉えられ地下室に閉じ込められた女とルイーズを知っている口ぶりの男たち。男たちは顔を覆いどこの者か分からない。
しかしやはり何者かがルイーズを狙っているようだ。
男たちは嬉々として地下室から出てバートレット城に向かった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「閣下、こちらのワインはマルーフ国の国王からの祝いの品です。」
「おお!ガブリエルか!もうこちらにも着いたのだな。」
「ええ。」
婚約パーティーの招待者たちが次々とバートレットに到着している。急な開催であったが皆、手土産を持参し参上した。
早く到着した者はバートレットが用意した別邸に滞在している。
「昨日のホークランド国からの果物も実に美味しかった。」
「そうですね、父上。パーティーの際は私からもお礼を。」
「ああ、もちろんだ。フレデリック、ルイーズ、皆に祝ってもらって幸せだな。」
上機嫌なアレクセイに声をかけられた二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「では早速開けさせて頂きます。」
執事が恭しく栓を抜き皆のグラスに注いでいく。
ジョシュアは残念ながら同じマルーフ国からの葡萄ジュースだ。
「こうやって見るとワインと一緒だ。」
ジョシュアも上機嫌だ。
アレクセイがグラスを手に取り乾杯の音頭を唱える。
そのときルイーズの目にワイングラスの周りをキラキラと動き回る光の粒が見えた。
しかしそれはいつもと違い優しい光ではなく激しく点滅している。
「待って!待って下さい!飲んではダメです!」
ルイーズが立ち上がりアレクセイを止めた。
見渡すとアーネストやフレデリック、ファビオラのグラスの周りも光の粒が点滅している。
もちろん皆には見えない。
「どうしたんだ、ルイーズ。」
「そのワインはダメです!精霊たちが危険だと言っています。」
「何だって!!!」
皆の顔色がさっと変わる。ファビオラは震える手でグラスをテーブルに戻した。アレクセイは口元までグラスを運んでいたため間一髪だ。
「精霊は何て?」
「わ、分かりません…でも、ダメって…。」
アーネストが給仕と毒味係を呼んだ。
すぐに小さな魚が入ったガラス鉢を持って毒味係が現れた。
アーネストは自分のワインをその鉢の中に少し垂らす。
すると元気に泳いでいた魚たちが苦しそうに口をパクパクとしてぷかりと浮いた。
「…こ、これは⁉︎」
「兄上!」
食堂は悲鳴が上がりざわめいた。アーネストの顔は青褪めている。
ワインに毒が仕込まれていたのだ!
皆与えられた仕事を嬉々としてこなしていた。
「おーおー、すげ~な。飾り付けもご立派で。」
「何だセルゲイ。暇なら手伝え。」
会場の監修をしているフレデリックが様子を見に来たセルゲイに声をかけた。
「ご冗談を。俺は騎士だぞ。」
「なんでも屋だろ?」
「あはは。そりゃいーね。」
「そうだ。第一部隊も軍服を新調するからな。皆採寸は済んでる。仕立て屋と裁縫師があとはおまえだけだって探してたぞ。」
「お!マジか!ついでに新しい冠婚用の服も作ってもらおう。この間着たけどきつかったんだよ。ジルの分も良いか?」
「図々しいヤツだな。勝手にしろ。」
フレデリックが呆れているとセルゲイは嬉しそうに出て行った。おそらくジルを探しに行くのだろう。
七年前、セルゲイが初めてジルに会った時のことを思い出した。その時、フレデリックも一緒に居たのだ。
王立学校の初等科最後の日だ。進学が決まっていた二人が下見に行こうと高等部の校舎に忍び込んだ時だった。
早々に見つかり追い出され、教員に初等科まで二人を連れて行くように頼まれたのがジルだった。
フレデリックは特に何も感じず『オメガ』か、と思っただけだ。しかし隣のセルゲイは違った。頬は紅潮し、目をキラキラと輝かせて興奮している。
初等科に着くまでジルにしつこくいろいろ質問していた。
送り届けられて別れる時になんと『結婚してください』とプロポーズをしたのだ。
ジルには一蹴されたし、フレデリックもプロポーズは冗談だと思っていたがセルゲイは本気だった。
ジルはその年に高等部を卒業し王立図書館に就職した。あまり裕福な家ではなく、すでに両親は他界し祖母と二人で慎ましく暮らしていた。そんなジルの家にセルゲイは足繁く通った。最初の頃は玄関で帰らされていたが徐々に距離を縮め家に上がり込み、持ち前のコミュニケーション能力で祖母と仲良くなっていた。
肝心のジルはセルゲイを子ども扱いし、適当に受け流していた。
その間にセルゲイは二年間他国へ留学しジルとは全く会わなくなった。
後から聞いた話だが、毎日のように手紙を送っていたらしい。
留学期間が終わる間際、ジルの祖母が亡くなった。それを聞いたセルゲイは飛んで帰り、傷心のジルを一生懸命支えた。会わなかった二年間でセルゲイは精悍な男性となり、子どもっぽさはなくなった。最もそれは見た目だけの話しだが。
そのまま留学を終えて騎士となったセルゲイはジルの家に居座り、いつの間にか恋人同士となり、ジルが念願の王立魔術研究所に転職した一年前に結婚し番いになった。
恐ろしい執念である。そんなセルゲイをフレデリックはおめでたい奴だと思っていた。
そんなこと考えながら会場に飾られている横段幕を見上げる。
そこには大きな文字で『congratulations!』と書かれている。
「私も随分とおめでたい奴だな。」
フレデリックはその段幕を見て微笑んだ。
「フィルーーっ!」
横断幕を眺めていると可愛い声が聞こえてきた。
ルイーズが笑顔で走ってくる。
「こら、ルイーズ。城の中は走ったらダメだよ。」
胸の中に飛び込んできたルイーズを優しく叱る。
「あ、ごめんなさい…。」
「ふふふ。ルイーズが転んでケガでもしたら大変だからね。」
恥ずかしそうに小さくなるルイーズを抱きしめて囁いた。
今ならセルゲイの気持ちが分かる。ルイーズを手に入れるなら何年でもアプローチし続けるだろう。
「どうした?私を探していたのか?」
「あ、そうです。仕立て屋と裁縫師が探していました。」
「そうか。じゃあ一緒に行こう。」
「はい。」
フレデリックの左腕にルイーズの右手を乗せて歩く。
前回の婚約発表以降二人は隠すことなく仲睦まじい様子を見せている。
皆はフレデリックのあまりの変容に最初は驚いたが、ルイーズの人柄と可愛いらしさを知っている人たちは納得した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「そんな…約束が違うじゃない!あのサリエルの王子を始末してくれれば…」
「うるさい!その女をどこかに閉じ込めておけ!殺すなよ?最後の切り札に取っておく。」
「はっ!」
バートレット城に程近い屋敷で何やら不穏な争いが起こっている。捉えられ地下室に閉じ込められた女とルイーズを知っている口ぶりの男たち。男たちは顔を覆いどこの者か分からない。
しかしやはり何者かがルイーズを狙っているようだ。
男たちは嬉々として地下室から出てバートレット城に向かった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「閣下、こちらのワインはマルーフ国の国王からの祝いの品です。」
「おお!ガブリエルか!もうこちらにも着いたのだな。」
「ええ。」
婚約パーティーの招待者たちが次々とバートレットに到着している。急な開催であったが皆、手土産を持参し参上した。
早く到着した者はバートレットが用意した別邸に滞在している。
「昨日のホークランド国からの果物も実に美味しかった。」
「そうですね、父上。パーティーの際は私からもお礼を。」
「ああ、もちろんだ。フレデリック、ルイーズ、皆に祝ってもらって幸せだな。」
上機嫌なアレクセイに声をかけられた二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「では早速開けさせて頂きます。」
執事が恭しく栓を抜き皆のグラスに注いでいく。
ジョシュアは残念ながら同じマルーフ国からの葡萄ジュースだ。
「こうやって見るとワインと一緒だ。」
ジョシュアも上機嫌だ。
アレクセイがグラスを手に取り乾杯の音頭を唱える。
そのときルイーズの目にワイングラスの周りをキラキラと動き回る光の粒が見えた。
しかしそれはいつもと違い優しい光ではなく激しく点滅している。
「待って!待って下さい!飲んではダメです!」
ルイーズが立ち上がりアレクセイを止めた。
見渡すとアーネストやフレデリック、ファビオラのグラスの周りも光の粒が点滅している。
もちろん皆には見えない。
「どうしたんだ、ルイーズ。」
「そのワインはダメです!精霊たちが危険だと言っています。」
「何だって!!!」
皆の顔色がさっと変わる。ファビオラは震える手でグラスをテーブルに戻した。アレクセイは口元までグラスを運んでいたため間一髪だ。
「精霊は何て?」
「わ、分かりません…でも、ダメって…。」
アーネストが給仕と毒味係を呼んだ。
すぐに小さな魚が入ったガラス鉢を持って毒味係が現れた。
アーネストは自分のワインをその鉢の中に少し垂らす。
すると元気に泳いでいた魚たちが苦しそうに口をパクパクとしてぷかりと浮いた。
「…こ、これは⁉︎」
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