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「殿下、これを…。」
オリバーが神妙な顔でフレデリックを呼び結界柵を指差した。
「これは…⁉︎」
オリバーが示した場所の結界柵が切られたような跡があった。しかし、結界の強さに途中で断念したのだろう。完全には切られていない。
「マーカスとマルコムを呼べ!」
呼ばれた二人が丹念に策を調べている。セルゲイもやってきて手をかざし魔法陣を唱えていた。
「この気配はゴート地区のものと同じだな。こんな所まで…。」
セルゲイの顔は青褪めていた。
マルコムたちも何かを感じたようだ。
「ここは二重結界とスィールの神官に守れているのでそうそ結界は破られないはずです。しかし、この切り跡は…。」
「何だ?」
フレデリックがマルコムに尋ねる。
「いや、殿下。見たこともないです。ナイフでもないし、剣でもないですね。」
「そうか。」
ムスカリアやハザーカルディアでもないのか。
ならば一体誰が…。
これまでの経過を振り返ると明らかにバートレットを狙っているのは分かる。
「大司教様に聞いてみては?教会に寄るようにお願いされていますよね?大司教様なら何か感じたかもしれません。」
「そうだな。教会へ行ってみよう。」
フレデリックは数人とマーカスを残し、傷付いた柵の修理を頼み街の中心にある教会へと向かった。
王都の教会に引けを取らないほどの立派な教会。
スィールの地は昔から不思議な力が宿ると言われている。
邪悪な心を持つ物を受け付けない聖なる地だ。
疚しい心の者はこの地を踏むことが出来ない。スィールの手前の森で永遠に彷徨うのだ。
なのでこの地区の人々は清らかで、守護神である女神を崇拝し神事に大変力を入れている。
そしてこの教会を統べる大司教にも不思議な力が宿っている。というか、その力を持つものしか大司教になることは出来ない。
教会の扉を開けると司教が出迎えてくれた。
「殿下ようこそおいで下さいました。大司教様もお待ちしておりました。」
恭しく出迎えられ、奥の部屋に案内される。
その部屋の大きな窓側のベッドに年老いた男が枕に背を預けて座っていた。
「殿下。このような姿で申し訳ございません。」
「いや、ナザレ大司教、気にするな。具合はどうだ?」
「まあまあです。もう歳ですから。これも天の思し召しです。」
大司教は胸の前で十字を切った。
かなりの年齢に見える。顔色もあまり良くない。
「殿下をお待ちしておりました。本来なら私が殿下の元へ参上せねばならないのですが、なにせこの身体では。動くこともままなりません。」
フレデリックは大きく頷いた。
「殿下、やはりスィールに何かございましたか?」
「ああ、結界柵が何者かに壊されかけていた。」
大司教はそれを聞いて大きく顔を歪めまた十字を切る。
「神よ…。やはり凶報は誠であったか。」
「凶報?」
大司教は頷き、近くの司教を呼び寄せた。すぐにその司教は水晶玉を両手に抱えて持ってくる。子どもの頭ほどの大きな水晶玉だ。それを大司教の腹の上にそっと乗せた。
「殿下、これを…。」
大司教が水晶玉を少し持ち上げ、フレデリックに見るよう促した。
フレデリックが水晶玉を覗き込むとほんの僅かに傷が付いていた。
「これは…⁉︎」
「この水晶玉は教会に伝わる門外不出の魔法具の一つです。『全てを見通す目』と言われています。」
「聞いたことがあります。『プロビデンスの目』ですね?」
口を開いたオリバーに大司教が『左様です』と頷いた。
「プロビデンスの目…。」
「はい。もちろん全てが見えるわけではありません。ただ、世界の転機は必ず映し出します。」
「世界の転機…。それで?それを映し出したのか?」
「はい…。殿下が来られる前の日に。水晶玉が凶報を示しました。それは傷になってまだ残っております。今までそのようなことはございませんでした。バートレットが、いえ、世界に何か良くないことが起ころうとしています。」
「「「……⁉︎」」」
大司教のただならぬ雰囲気に皆圧倒され黙ってしまう。
「殿下、数ヶ月前に私が進言したことを覚えておいでですか?」
「ああ。覚えている。」
あれは一年前の祭事の席だ。まだなんとか歩くことが可能だった大司教が城へ訪れた時だった。
『世界が変わろうとしている。それは良いことなのか、悪いことなのかは分からない』
と王宮の神官に進言したのだ。
その言葉を聞いて神官たちは注意深くバートレットや周辺諸国の動向を伺っている。
確かにムスカリアとサリエルの戦争やバートレットもそれに協力した。『世界が変わる』は皆、そのことだと思っていた。
「世界が変わるとはこのことだったのか?」
「おそらく…。殿下、私はもう長くはありません。この数十年、神官の力は弱まるばかりです。私の後を継げるような者もおりません。」
そうなのだ。王都から遠いスィール地区の安全が守られてきたのは大司教をはじめとする神官たちの魔力のおかげだった。
しかし、時が流れ、徐々に魔力の強い者が生まれなくなってきている。
大司教を継げるような者が居なくなってしまったのだ。
「ナザレ大司教…。我々はどうしたら良いのでしょう。バートレットはこのままでは…。」
オリバーが大司教に教えを乞うように尋ねる。
何者かの結界柵の破壊、魔獣の侵入、城の襲撃と嫌なことばかり続く。
ここにいる者たちの不安な気持ちを感じ取った大司教が大きく息を吸い、しっかりとフレデリックを見つめた。
「フレデリック殿下、あなたです。あなたの力がバートレットを、世界を救うと、水晶玉は示しております。」
オリバーが神妙な顔でフレデリックを呼び結界柵を指差した。
「これは…⁉︎」
オリバーが示した場所の結界柵が切られたような跡があった。しかし、結界の強さに途中で断念したのだろう。完全には切られていない。
「マーカスとマルコムを呼べ!」
呼ばれた二人が丹念に策を調べている。セルゲイもやってきて手をかざし魔法陣を唱えていた。
「この気配はゴート地区のものと同じだな。こんな所まで…。」
セルゲイの顔は青褪めていた。
マルコムたちも何かを感じたようだ。
「ここは二重結界とスィールの神官に守れているのでそうそ結界は破られないはずです。しかし、この切り跡は…。」
「何だ?」
フレデリックがマルコムに尋ねる。
「いや、殿下。見たこともないです。ナイフでもないし、剣でもないですね。」
「そうか。」
ムスカリアやハザーカルディアでもないのか。
ならば一体誰が…。
これまでの経過を振り返ると明らかにバートレットを狙っているのは分かる。
「大司教様に聞いてみては?教会に寄るようにお願いされていますよね?大司教様なら何か感じたかもしれません。」
「そうだな。教会へ行ってみよう。」
フレデリックは数人とマーカスを残し、傷付いた柵の修理を頼み街の中心にある教会へと向かった。
王都の教会に引けを取らないほどの立派な教会。
スィールの地は昔から不思議な力が宿ると言われている。
邪悪な心を持つ物を受け付けない聖なる地だ。
疚しい心の者はこの地を踏むことが出来ない。スィールの手前の森で永遠に彷徨うのだ。
なのでこの地区の人々は清らかで、守護神である女神を崇拝し神事に大変力を入れている。
そしてこの教会を統べる大司教にも不思議な力が宿っている。というか、その力を持つものしか大司教になることは出来ない。
教会の扉を開けると司教が出迎えてくれた。
「殿下ようこそおいで下さいました。大司教様もお待ちしておりました。」
恭しく出迎えられ、奥の部屋に案内される。
その部屋の大きな窓側のベッドに年老いた男が枕に背を預けて座っていた。
「殿下。このような姿で申し訳ございません。」
「いや、ナザレ大司教、気にするな。具合はどうだ?」
「まあまあです。もう歳ですから。これも天の思し召しです。」
大司教は胸の前で十字を切った。
かなりの年齢に見える。顔色もあまり良くない。
「殿下をお待ちしておりました。本来なら私が殿下の元へ参上せねばならないのですが、なにせこの身体では。動くこともままなりません。」
フレデリックは大きく頷いた。
「殿下、やはりスィールに何かございましたか?」
「ああ、結界柵が何者かに壊されかけていた。」
大司教はそれを聞いて大きく顔を歪めまた十字を切る。
「神よ…。やはり凶報は誠であったか。」
「凶報?」
大司教は頷き、近くの司教を呼び寄せた。すぐにその司教は水晶玉を両手に抱えて持ってくる。子どもの頭ほどの大きな水晶玉だ。それを大司教の腹の上にそっと乗せた。
「殿下、これを…。」
大司教が水晶玉を少し持ち上げ、フレデリックに見るよう促した。
フレデリックが水晶玉を覗き込むとほんの僅かに傷が付いていた。
「これは…⁉︎」
「この水晶玉は教会に伝わる門外不出の魔法具の一つです。『全てを見通す目』と言われています。」
「聞いたことがあります。『プロビデンスの目』ですね?」
口を開いたオリバーに大司教が『左様です』と頷いた。
「プロビデンスの目…。」
「はい。もちろん全てが見えるわけではありません。ただ、世界の転機は必ず映し出します。」
「世界の転機…。それで?それを映し出したのか?」
「はい…。殿下が来られる前の日に。水晶玉が凶報を示しました。それは傷になってまだ残っております。今までそのようなことはございませんでした。バートレットが、いえ、世界に何か良くないことが起ころうとしています。」
「「「……⁉︎」」」
大司教のただならぬ雰囲気に皆圧倒され黙ってしまう。
「殿下、数ヶ月前に私が進言したことを覚えておいでですか?」
「ああ。覚えている。」
あれは一年前の祭事の席だ。まだなんとか歩くことが可能だった大司教が城へ訪れた時だった。
『世界が変わろうとしている。それは良いことなのか、悪いことなのかは分からない』
と王宮の神官に進言したのだ。
その言葉を聞いて神官たちは注意深くバートレットや周辺諸国の動向を伺っている。
確かにムスカリアとサリエルの戦争やバートレットもそれに協力した。『世界が変わる』は皆、そのことだと思っていた。
「世界が変わるとはこのことだったのか?」
「おそらく…。殿下、私はもう長くはありません。この数十年、神官の力は弱まるばかりです。私の後を継げるような者もおりません。」
そうなのだ。王都から遠いスィール地区の安全が守られてきたのは大司教をはじめとする神官たちの魔力のおかげだった。
しかし、時が流れ、徐々に魔力の強い者が生まれなくなってきている。
大司教を継げるような者が居なくなってしまったのだ。
「ナザレ大司教…。我々はどうしたら良いのでしょう。バートレットはこのままでは…。」
オリバーが大司教に教えを乞うように尋ねる。
何者かの結界柵の破壊、魔獣の侵入、城の襲撃と嫌なことばかり続く。
ここにいる者たちの不安な気持ちを感じ取った大司教が大きく息を吸い、しっかりとフレデリックを見つめた。
「フレデリック殿下、あなたです。あなたの力がバートレットを、世界を救うと、水晶玉は示しております。」
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