至宝のオメガ

みこと

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夜も更けて隊員たちは野営の準備を終えた。交代で休みを取り持ち場を守る。
フレデリックは自分の天蓋に入って休もうとした。何気なく周りを見ると焚き火の前にイアンが座っている。ルイーズが心配で眠れないのだろう。

「ルイーズが心配か?」

あまりに悲壮な顔なので声をかけ隣に座る。

「はい。」

「イアンはいつからルイーズに仕えているんだ。」

チラリとフレデリックの顔を見てまた俯いた。

「二歳の頃からずっと一緒です。ルイーズ様の母上が亡くなられてから私の母が乳母でした。歳も同じなのでずっと一緒に居ました。」

「そうか。」

ふとイアンの手を見ると緑色のマスコットのような物を握っている。オリバーやゴードンも同じ物を鎧につけていた。 

「それは何だ?皆も持っていたな。」

「これですか?これはファティマの手です。サリエルの魔除けのお守りです。ルイーズ様が作ってくださいました。」

手の形をした可愛らしいマスコットをフレデリックに見せた。

「ルイーズが作ったのか?皆にも?」

「はい。」

フレデリックは落胆した。自分以外の隊員たちは皆ルイーズにもらっていた。自分だけがもらえなかったのだ。

「私は随分ルイーズに嫌われているな。」

自嘲気味に呟いた。
仕方ない、人の話を聞かない横暴な男だ。

「え?殿下がルイーズ様に嫌われている…ですか?」

「ああ、そうだろう?初めて会った時がアレだからな…。」

「そんな…そんな事はありません。ルイーズ様は殿下をお慕い申し上げています。」

ルイーズがフレデリックを嫌いな訳がない。イアンは思わず力を込めて言った。

「いい、気を使うな。」

「本当です。ルイーズ様はもうずっと前から殿下のことをご存知です。私たちはアーネスト殿下の婚姻式を見にきましたので。その時にフレデリック殿下を初めてご覧になって、それはもう…。あんなルイーズ様は初めてです。フレデリック殿下見たさに婚姻式の後の街頭パレードまで勝手に見に行ってしまって。ニケーア様と青くなって探しました。」

「え?私を?」

「はい。黒の森の大戦で殿下が怪我をされたのを知った時も、それはもう大変悲しまれて。何度も城を抜け出しバートレットまで行こうとしていました。でも大公様やニケーア様に捕まって城に閉じ込められてしまいました。ムスカリアがずっとルイーズ様を狙っていますから。ルイーズ様は精霊様に殿下を助けて欲しいとずっとお願いしていました。」

精霊に…?フレデリックは思い出した。ルイーズに傷を治してもらった時のあの感覚。怪我をして生死の間を彷徨っていた時あの温かい光がずっと身体を包んでいてくれた。あれはルイーズだったのか…。

「このファティマの手も殿下の分も作ったのですが…その、殿下が今着けているローブの留め具を見て渡せなかったみたいです。」

もしかしてあの時、ルイーズはそのお守りを渡すために来たのか。フレデリックは愕然とした。

「私にもそのお守りを?」

「はい。私たちは緑色のファティマですが殿下のは赤いファティマです。」

「どういう事だ?色で何か違うのか?」

「……赤のファティマは特別な人、想い人に渡す物です。」

ルイーズの特別な人。フレデリックは胸が熱くなった。まさか自分が?

「だが、その、私とはあまり話をしたくないようだが…。」

「そんな事はありません。これ以上殿下に嫌われたくないと言っていました。」

嫌われたくない?フレデリックはルイーズを嫌っていない。寧ろ…。

「私はルイーズを嫌ってなどいない。何故そんな…。」

「肩のお怪我を負わせてしまったことを本当に申し訳なく思っているようです。」

「でもルイーズが治してくれた。」

「はい。身体の傷は治しました。しかし殿下はあの怪我を負った時、心も傷付いてしまわれた。」

そう、確かに傷付いた。フレデリックは自分の腕に自信があった。自分が誰かに負けるなんて思いもしなかった。剣の腕はフレデリックのアイデンティティだったのだ。自分の腕がこの国を守り、支えていくのだと思っていた。
ルイーズはそれを分かっていたのか。

「大事な人の心までも傷付けてしまった。」

「ルイーズはそう思っているのか?」

「はい。」




天幕の中で横になりルイーズの事を考えた。
フレデリックはルイーズを嫌ってなどいない。ひと目見たあの時から……。
ルイーズは赤いファティマの手をくれるだろうか。

切なく痛む胸を抱えてフレデリックは目を閉じた。
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