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森の中は大きな木々が陽の光を遮り、まるで夜のようだ。
どんなに晴れた日でもこの森の中は暗いので黒の森と言われるようになった。
陽の光が届かないため空気もひんやりと冷たい。
ルイーズはラウラに会いたいと願いながらただひたすら歩く。
今日は随分時間がかかる。ラウラはあまり会いたくないのかもしれない。
それでも会えるまで歩くしかない。
どれくらい歩いたのだろう。足が痛くなってきた。
少し休息を取ろうと思ったその時、『ポロン、ポロン』と音が聞こえてきた。
ラウラの竪琴だ。優しく美しい音色だった。ラウラの奏でる音色の方に歩いていくと暗い森の中に光が溢れる場所がある。その光の中央の切り株に座り竪琴を奏でるラウラの姿が見えた。
「ラウラ!」
駆け寄って名前を呼んだ。
「ルイーズ。私の可愛い子。」
ルイーズより頭二つほど大きなラウラはエメラルドグリーンの長い髪を靡かせていた。その髪は光の加減によって銀色に見える不思議な色だ。肌の色は青みがかった白で髪と同じエメラルドグリーンの瞳。
人のようだが人ではない。精霊と言われれば納得出来る姿だ。
ラウラ静かに優しく響く声でルイーズを呼んだ。
「ルイーズ、元気そうですね。」
「はい。ラウラも。」
笑顔でルイーズの頭を撫でた。
「今日はラウラにお願いがあって来ました。」
「バートレットの小さな王子のことですね?」
「知っているのですか?」
ラウラは何でも知っている。黒の森の戦いでフレデリックが怪我をした事も、その怪我は命を脅やかすほどの大怪我だと言うこともラウラが教えてくれた。
「ええ、小さな精霊たちが教えてくれます。」
ラウラの周りに光の粒が楽しそうに舞う。小さな精霊たちだ。
小さな精霊たちはルイーズにも見える。
この世界の至る所に居て呼べばいつでも来てくれる。お願いすれば助けてくれる。
「じゃあ…。」
「ルイーズ、残念ですが出来ません。私は人間には会わないのです。あのような子どもにまで手をかける愚かで醜い人間には会いません。」
「でもジョシュア殿下には何の罪もありません。」
「そうですね。でもそのバートレットの王子も人間です。同じ人間。全ては人間が撒いた種です。」
「そんな…。ジョシュア殿下はどうなるのですか?」
「バートレットの王子の毒は時間をかけて身体を蝕みます。少しずつ蝕み死を迎えるのです。」
ジョシュアは助からない。ラウラも助ける気はないようだ。あの小さな王子はなす術もなく死んでいくのだ。
「うぅ、うっ、うぅ…。」
「泣かないで私の可愛い子。」
ラウラがそっと頭を撫でた。ふわりと身体が温かくなる。小さな精霊たちがルイーズの身体を撫でる。
「だって、ジョシュアが…ジョシュア殿下が…。」
悲しくて涙が止まらない。あの小さな命は消えようとしている。
「ルイーズ、私は助けません。でもひとつだけ、助かるかもしれない方法を教えましょう。必ずしも助かるとは限りませんが。」
「それは?それは何ですか?」
顔を上げてラウラを見つめる。いつもと同じ優しい顔だ。エメラルドグリーンの瞳は髪と同じように光の反射で銀に見えた。
「蒼の森を知ってますね。そこに咲く月下草はあらゆるものを浄化すると言われています。」
「蒼の森の月下草…。」
「そうです。満月の日の一番月が高く昇る時間に月下草は咲きます。その花を煎じて飲ませるのです。ただし月下草は恥ずかしがりやです。人間には会いません。でもルイーズになら姿を見せるかもしれません。」
「ラウラ、ありがとう。本当にありがとう。」
「目覚めるかは分かりませんよ?」
「うん、でもやってみるよ。」
ラウラはにこりと笑った。
「また遊びにおいで。私の可愛い子。」
「はい。」
ルイーズはラウラに手を振って来た道を戻った。
蒼の森の月下草。
今日は朔月だ。満月の夜まであと十五日。
必ず月下草を手に入れようと決めた。
「殿下、ルイーズ様が戻られました。」
天幕の外からオリバーが声をかけた。フレデリックはガバッと起き上がり外に出る。もう日は傾いていた。
森の入り口まで行くとルイーズがこちらに歩いてくるのが見える。思わず駆け寄ろうとするがイアンの方が一足早くルイーズを出迎えた。
近づいて顔を見ると青白く唇は紫だ。森の中はよほど冷えているのだろう。
イアンはすぐに焚き火の前にルイーズを案内し、器に熱い湯を注ぎ飲ませる。その温かさに少しづつ顔色が元に戻ってきた。
「ルイーズ…」
フレデリックが声をかけるとルイーズはその場に平伏した。その振る舞いに瞠目する。隊員たちも驚き固まっていた。
「殿下、申し訳ありません。ダメでした…。」
「ルイーズ顔を上げてくれ。おまえのせいではない。」
近寄り肩に手をかけた。ルイーズがビクリと動き顔を上げる。初めて間近で見る黒曜石の瞳…。吸い込まれそうだった。
「ありがとうございます。でも殿下、ひとつだけ…」
ルイーズはチラリと周りを見る。聞かれたくないのだろうと察して頷いた。
「今日はここで野営する。いつもの準備を。」
立ち上がり隊員たちに告げた。
天幕の中でフレデリックはじっと手を見つめていた。
ルイーズに触れた手は温かくじんと痺れたような気がした。
あの黒曜石の瞳…。どうしても頭から離れない。
フレデリックそれをはかき消すように首を振り、寝台に潜り込んだ。
どんなに晴れた日でもこの森の中は暗いので黒の森と言われるようになった。
陽の光が届かないため空気もひんやりと冷たい。
ルイーズはラウラに会いたいと願いながらただひたすら歩く。
今日は随分時間がかかる。ラウラはあまり会いたくないのかもしれない。
それでも会えるまで歩くしかない。
どれくらい歩いたのだろう。足が痛くなってきた。
少し休息を取ろうと思ったその時、『ポロン、ポロン』と音が聞こえてきた。
ラウラの竪琴だ。優しく美しい音色だった。ラウラの奏でる音色の方に歩いていくと暗い森の中に光が溢れる場所がある。その光の中央の切り株に座り竪琴を奏でるラウラの姿が見えた。
「ラウラ!」
駆け寄って名前を呼んだ。
「ルイーズ。私の可愛い子。」
ルイーズより頭二つほど大きなラウラはエメラルドグリーンの長い髪を靡かせていた。その髪は光の加減によって銀色に見える不思議な色だ。肌の色は青みがかった白で髪と同じエメラルドグリーンの瞳。
人のようだが人ではない。精霊と言われれば納得出来る姿だ。
ラウラ静かに優しく響く声でルイーズを呼んだ。
「ルイーズ、元気そうですね。」
「はい。ラウラも。」
笑顔でルイーズの頭を撫でた。
「今日はラウラにお願いがあって来ました。」
「バートレットの小さな王子のことですね?」
「知っているのですか?」
ラウラは何でも知っている。黒の森の戦いでフレデリックが怪我をした事も、その怪我は命を脅やかすほどの大怪我だと言うこともラウラが教えてくれた。
「ええ、小さな精霊たちが教えてくれます。」
ラウラの周りに光の粒が楽しそうに舞う。小さな精霊たちだ。
小さな精霊たちはルイーズにも見える。
この世界の至る所に居て呼べばいつでも来てくれる。お願いすれば助けてくれる。
「じゃあ…。」
「ルイーズ、残念ですが出来ません。私は人間には会わないのです。あのような子どもにまで手をかける愚かで醜い人間には会いません。」
「でもジョシュア殿下には何の罪もありません。」
「そうですね。でもそのバートレットの王子も人間です。同じ人間。全ては人間が撒いた種です。」
「そんな…。ジョシュア殿下はどうなるのですか?」
「バートレットの王子の毒は時間をかけて身体を蝕みます。少しずつ蝕み死を迎えるのです。」
ジョシュアは助からない。ラウラも助ける気はないようだ。あの小さな王子はなす術もなく死んでいくのだ。
「うぅ、うっ、うぅ…。」
「泣かないで私の可愛い子。」
ラウラがそっと頭を撫でた。ふわりと身体が温かくなる。小さな精霊たちがルイーズの身体を撫でる。
「だって、ジョシュアが…ジョシュア殿下が…。」
悲しくて涙が止まらない。あの小さな命は消えようとしている。
「ルイーズ、私は助けません。でもひとつだけ、助かるかもしれない方法を教えましょう。必ずしも助かるとは限りませんが。」
「それは?それは何ですか?」
顔を上げてラウラを見つめる。いつもと同じ優しい顔だ。エメラルドグリーンの瞳は髪と同じように光の反射で銀に見えた。
「蒼の森を知ってますね。そこに咲く月下草はあらゆるものを浄化すると言われています。」
「蒼の森の月下草…。」
「そうです。満月の日の一番月が高く昇る時間に月下草は咲きます。その花を煎じて飲ませるのです。ただし月下草は恥ずかしがりやです。人間には会いません。でもルイーズになら姿を見せるかもしれません。」
「ラウラ、ありがとう。本当にありがとう。」
「目覚めるかは分かりませんよ?」
「うん、でもやってみるよ。」
ラウラはにこりと笑った。
「また遊びにおいで。私の可愛い子。」
「はい。」
ルイーズはラウラに手を振って来た道を戻った。
蒼の森の月下草。
今日は朔月だ。満月の夜まであと十五日。
必ず月下草を手に入れようと決めた。
「殿下、ルイーズ様が戻られました。」
天幕の外からオリバーが声をかけた。フレデリックはガバッと起き上がり外に出る。もう日は傾いていた。
森の入り口まで行くとルイーズがこちらに歩いてくるのが見える。思わず駆け寄ろうとするがイアンの方が一足早くルイーズを出迎えた。
近づいて顔を見ると青白く唇は紫だ。森の中はよほど冷えているのだろう。
イアンはすぐに焚き火の前にルイーズを案内し、器に熱い湯を注ぎ飲ませる。その温かさに少しづつ顔色が元に戻ってきた。
「ルイーズ…」
フレデリックが声をかけるとルイーズはその場に平伏した。その振る舞いに瞠目する。隊員たちも驚き固まっていた。
「殿下、申し訳ありません。ダメでした…。」
「ルイーズ顔を上げてくれ。おまえのせいではない。」
近寄り肩に手をかけた。ルイーズがビクリと動き顔を上げる。初めて間近で見る黒曜石の瞳…。吸い込まれそうだった。
「ありがとうございます。でも殿下、ひとつだけ…」
ルイーズはチラリと周りを見る。聞かれたくないのだろうと察して頷いた。
「今日はここで野営する。いつもの準備を。」
立ち上がり隊員たちに告げた。
天幕の中でフレデリックはじっと手を見つめていた。
ルイーズに触れた手は温かくじんと痺れたような気がした。
あの黒曜石の瞳…。どうしても頭から離れない。
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