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階段を登り切った所の扉を開く。
そこは陽の光が差し込む大きくて清潔な部屋だった。
そのまま中に入りルイーズはハッとする。
フレデリックがいた。部屋の隅に置かれたベッドの脇のイスに座っている。
あちらもルイーズを見て驚いた顔をしていた。
「っ!兄上!どうして…」
「フレデリック、私はルイーズに癒しの力を借りられないかと思って連れてきた。」
ベッドの近くまで案内されて歩き覗き込む。
そこには人が寝ていた。おそらく十歳くらいの子どもだ。アーネストと同じ色のダークブロンドの髪をしている。
「殿下、この子は…?」
「ジョシュアだ。もう二ヶ月近く目を覚さない。」
え?ルイーズは理解できなかった。
ジョシュア殿下?驚いて二人の顔を見る。
その目は悲しみと怒りに満ちていた。
「一体なぜ…?」
「毒を盛られたんだ。」
苦々しい口調でフレデリックが言った。
毒?こんな小さな子どもに?驚いて言葉にならない。
「私に盛られた毒を飲んだんだ。私が飲むはずだった。」
「フレデリック、おまえに盛られたとは限らない。私を狙ったのかもしれない。」
「いや、兄上、あれは私だ…私の代わりにジョシュアが…」
それはジョシュアの十歳の誕生日に起きた悲劇だった。
祝いのパーティーの席で誰が毒を盛ったのだ。
その毒はフレデリックが好んで飲んでいた柑橘系の果実水に入っていた。
フレデリックの隣に座ったジョシュアが水差しに入ったそれを自分の杯に注ぎ飲んだ。そのまま倒れて意識が戻らない。
それから二ヶ月近くこの塔にいる。
他国にこの事が知られないようにジョシュアは語学の勉強のため留学中だと公表してあった。
内紛やクーデターが起きていると噂が立てばここぞとばかりに攻め込もうとする輩もいるからだ。なのでここの塔でひっそりと療養している。
「情けない事に犯人も、何の毒かさえも分からない。ルイーズ、力を貸してくれないか?」
ルイーズは困惑してアーネストの顔を見た。毒の治療などした事がない。到底自分にできると思わない。
「あ、あのアーネスト殿下。僕に毒の治療は…。」
チラリとベッドに横になっているジョシュアは見た。
どちらかとアーネストに似ている。まだ幼い子どもだ。その顔はあどけなく穏やかで眠っているようだった。それがかえって切なく感じる。
「診るだけでしたら…」
そっとジョシュアの頬に触れる。
温かく柔らかい。子どもの皮膚の感触だ。こんな小さな子どもなのに…。
ルイーズの目から涙がこぼれた。
二人はじっとその様子を見守った。
ルイーズがジョシュアに触れた時、ほんの僅かにジョシュアの身体が光ったような気がした。差し込む陽の光の加減かもしれない。だが光ったように見えたのだ。
ルイーズが手を離し二人を見る。その顔は悲しみで沈んでいた。結果は聞かなくても分かる。
「殿下、申し訳ありません。やはり僕には…。」
「いや、良いんだ。無理を言ってすまなかった。」
アーネストは努めて明るく答えた。やはり無理だったか…。
穏やかに眠るようなジョシュアを見つめた。
「あの、アーネスト殿下。ラウラになら治せるかもしれません。精霊たちもラウラに聞けと。」
「ラウラ?何者だ?」
「黒の森に住む精霊です。普通の精霊と違って人の形をしています。ラウラにならできるかもしれない。」
黒の森の精霊?あそこは精霊の森だったのか…。
何故ムスカリアがあの森を焼こうとしたのか、そしてサリエルがそれを我が国に頼んでまでも阻止したかったのは精霊がいるからなのか…?
「ルイーズ、ラウラ殿は黒の森にいるのか?ラウラ殿になら分かるかもしれないのか?」
「はい。」
「兄上、私が行きます。」
それを聞いていたフレデリックがイスから立ち上がった。ルイーズに行かせるわけには行かない。ムスカリアやハザーカルディアに狙われいる。
この城から出す訳にはいかないのだ。
「あ、あのフレデリック殿下。それは出来ません。」
「出来ない?何故だ?」
ルイーズを危険に晒す訳にはいかない。皇帝代理の兄が行く訳にもいかない。自分が行くしかないのだ。
「ラウラは人には会いません。人は愚かで醜い生き物だと…。なのでラウラに会うことは出来ないのです。」
愚かで醜い生き物…。確かにそうだ。我々は差別し殺し合い奪い合う愚かな生き物。やはり精霊から見てもそうなのか。
ならば何故ルイーズはラウラの存在を知っているのだろう。
「おまえは会う事ができるのか?」
「はい。僕は子どもの頃からラウラに会っています。傷を治す力をくれたのはラウラです。」
あの力を授けた精霊ならジョシュアを助ける事ができるかもしれない。
フレデリックは自分の左肩に触れた。
「分かった。フレデリック、おまえの第一部隊がルイーズを警護して黒の森まで連れて行け。ルイーズ、後は頼めるか?」
「はい。アーネスト殿下。」
そこは陽の光が差し込む大きくて清潔な部屋だった。
そのまま中に入りルイーズはハッとする。
フレデリックがいた。部屋の隅に置かれたベッドの脇のイスに座っている。
あちらもルイーズを見て驚いた顔をしていた。
「っ!兄上!どうして…」
「フレデリック、私はルイーズに癒しの力を借りられないかと思って連れてきた。」
ベッドの近くまで案内されて歩き覗き込む。
そこには人が寝ていた。おそらく十歳くらいの子どもだ。アーネストと同じ色のダークブロンドの髪をしている。
「殿下、この子は…?」
「ジョシュアだ。もう二ヶ月近く目を覚さない。」
え?ルイーズは理解できなかった。
ジョシュア殿下?驚いて二人の顔を見る。
その目は悲しみと怒りに満ちていた。
「一体なぜ…?」
「毒を盛られたんだ。」
苦々しい口調でフレデリックが言った。
毒?こんな小さな子どもに?驚いて言葉にならない。
「私に盛られた毒を飲んだんだ。私が飲むはずだった。」
「フレデリック、おまえに盛られたとは限らない。私を狙ったのかもしれない。」
「いや、兄上、あれは私だ…私の代わりにジョシュアが…」
それはジョシュアの十歳の誕生日に起きた悲劇だった。
祝いのパーティーの席で誰が毒を盛ったのだ。
その毒はフレデリックが好んで飲んでいた柑橘系の果実水に入っていた。
フレデリックの隣に座ったジョシュアが水差しに入ったそれを自分の杯に注ぎ飲んだ。そのまま倒れて意識が戻らない。
それから二ヶ月近くこの塔にいる。
他国にこの事が知られないようにジョシュアは語学の勉強のため留学中だと公表してあった。
内紛やクーデターが起きていると噂が立てばここぞとばかりに攻め込もうとする輩もいるからだ。なのでここの塔でひっそりと療養している。
「情けない事に犯人も、何の毒かさえも分からない。ルイーズ、力を貸してくれないか?」
ルイーズは困惑してアーネストの顔を見た。毒の治療などした事がない。到底自分にできると思わない。
「あ、あのアーネスト殿下。僕に毒の治療は…。」
チラリとベッドに横になっているジョシュアは見た。
どちらかとアーネストに似ている。まだ幼い子どもだ。その顔はあどけなく穏やかで眠っているようだった。それがかえって切なく感じる。
「診るだけでしたら…」
そっとジョシュアの頬に触れる。
温かく柔らかい。子どもの皮膚の感触だ。こんな小さな子どもなのに…。
ルイーズの目から涙がこぼれた。
二人はじっとその様子を見守った。
ルイーズがジョシュアに触れた時、ほんの僅かにジョシュアの身体が光ったような気がした。差し込む陽の光の加減かもしれない。だが光ったように見えたのだ。
ルイーズが手を離し二人を見る。その顔は悲しみで沈んでいた。結果は聞かなくても分かる。
「殿下、申し訳ありません。やはり僕には…。」
「いや、良いんだ。無理を言ってすまなかった。」
アーネストは努めて明るく答えた。やはり無理だったか…。
穏やかに眠るようなジョシュアを見つめた。
「あの、アーネスト殿下。ラウラになら治せるかもしれません。精霊たちもラウラに聞けと。」
「ラウラ?何者だ?」
「黒の森に住む精霊です。普通の精霊と違って人の形をしています。ラウラにならできるかもしれない。」
黒の森の精霊?あそこは精霊の森だったのか…。
何故ムスカリアがあの森を焼こうとしたのか、そしてサリエルがそれを我が国に頼んでまでも阻止したかったのは精霊がいるからなのか…?
「ルイーズ、ラウラ殿は黒の森にいるのか?ラウラ殿になら分かるかもしれないのか?」
「はい。」
「兄上、私が行きます。」
それを聞いていたフレデリックがイスから立ち上がった。ルイーズに行かせるわけには行かない。ムスカリアやハザーカルディアに狙われいる。
この城から出す訳にはいかないのだ。
「あ、あのフレデリック殿下。それは出来ません。」
「出来ない?何故だ?」
ルイーズを危険に晒す訳にはいかない。皇帝代理の兄が行く訳にもいかない。自分が行くしかないのだ。
「ラウラは人には会いません。人は愚かで醜い生き物だと…。なのでラウラに会うことは出来ないのです。」
愚かで醜い生き物…。確かにそうだ。我々は差別し殺し合い奪い合う愚かな生き物。やはり精霊から見てもそうなのか。
ならば何故ルイーズはラウラの存在を知っているのだろう。
「おまえは会う事ができるのか?」
「はい。僕は子どもの頃からラウラに会っています。傷を治す力をくれたのはラウラです。」
あの力を授けた精霊ならジョシュアを助ける事ができるかもしれない。
フレデリックは自分の左肩に触れた。
「分かった。フレデリック、おまえの第一部隊がルイーズを警護して黒の森まで連れて行け。ルイーズ、後は頼めるか?」
「はい。アーネスト殿下。」
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