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私が乃亜に買われた日 ④
しおりを挟む『月華さん。大丈夫ですか?』
荷造りを始めてすぐ、乃亜が心配そうにこちらの顔を覗き込む。
目の前に接近する美少女の顔。
『乃亜ちゃん本当にありがとうね。それと、その………見苦しいところ見せてしまったわね……』
『いえ、私は大丈夫ですよっ』
私に向かって気丈に振る舞ってくれる。
自分はこんなこと気にしてない。だから貴方も気にしないで。言外からそんな想いが伝わってくる。
『本当に…ありがとう』
彼女の優しさに甘えさせてもらい、荷造りを進めて行くのだった。
『くそっ、なんだこれ。ふざけんじゃねーぞ』
一体どれくらいの時間が経っただろうか。
ずっと考え込んでいて、時間感覚のない私の耳に怒鳴り声が聞こえて来た。
『起きたようですね。行きます?』
『そうね…行きましょう』
二人で頷きあい、声のするリビングへ。
私のクレカで借金を作った引きこもりニートの修斗さんの元へと歩いて行く。
リビングに入った私たちの目の前では。転がるミノムシがジタバタと暴れている。
背中側で手錠された両手に、下半身の全てを麻縄でグルグルに巻かれた修斗は、ミノムシにしか見えない。
『おい、お前らふざけんなよっ。早くこれ解けっ』
『嫌ですっ♡』
喚き散らす彼を見下ろし、笑顔の乃亜。
なんだろう。頼もしい筈なのに少し怖い。この気持ちはなんだろう。
彼の視線は私へと向けられる。
『おい、月華。お前自分が何してるか分かんねーのかよ、とっととお前が解け』
『…………………………………………………』
『聞こえねーのか?お前が解けって言ってんだよ。股開くしか脳がねーんだ、早く出稼ぎに出してやるよ』
『…………………………………………………』
我慢だ我慢。今はとにかく借金の件を聞かなくてはならない。今は我慢だ………
『お前、顔だけは良いからなっ。3ヶ月くらい頑張ってくれれば良いからよ――――ぐふっ。』
私の中の何かが"ブチッ"と音を立ててちぎれた瞬間。
乃亜は寝転がる彼の頭。下卑た笑みを浮かべていたその目の上を蹴り上げた。
助走をつけ、思い切り振りかぶって繰り出された"スリッパキック"
乃亜は睨みつける。
気持ち悪い声を残し、痛みに声も上げられていない彼を見下ろし、口を開く。
『汚いゴミ虫さん。その汚い口とりあえず塞いでおいてよ。でなきゃ――――私貴方のこと"ヤっちゃうよ"?』
彼女は嗤う。
今日何度も見た嗤った顔は、ハッキリと怒りを滲ませていた。私のために。
『乃亜ちゃん。ありがとう。ここからは私が話すわね』
『はい……おっさん次ふざけた事抜かしたら本気で殺す』
乃亜は私に返事してすぐ修斗へ目を向ける。
修斗はうんともすんとも言わない。いや、言えないのだろたう。
小刻みに震える身体に瞳。
彼はハッキリと乃亜に恐怖を抱いていた。
私は乃亜の隣に並び立ち、二人で修斗を見下ろす。
『さっき、お金がどうとか言ってたわよね?私のカードで下ろした50万で何とかなさい。知っての通り、私にはお金はないわ』
『お前…そんな提案を俺が飲むと…悪かった。やめてください』
私の言葉を受けた修斗が何か言おうとすると、乃亜が足を振りかぶる。
すっかり恐怖に支配されている彼はもう、暴言を吐いてくることはないだろう。
『それと、私の貯金にも手を出した?』
『ああ、俺が下ろした』
乃亜をチラチラと告げられた事実に、私は心を乱されない。
50万の件を知った私はすぐに全ての銀行口座を確認した。
携帯で残高を確認できるものは手をつけられておらず、通帳を隠し、貯めていた20万がゴッソリ引き下ろされていた。
私は慌てなかった。
50万の借金に20万の貯金を抜かれても、またか…程度の思いしか無かった。
慣れは恐ろしい。
過去に2回。今回と同じようなことがあった。
その時の額は、今回よりも少なく10万程度。それでも返すのに苦労はした。
それが今回は5倍。
だが私の心に怒りはない。あるのはただの呆れと諦めだった。
怒りも湧かない私はもう、普通の人間では無いのかもしれない。
少しの沈黙の後、私は彼に告げる。
『そのお金は今どこに?それを元手に不倫相手さんに返したら良いのでは?』
『ない……無いから困ってる…』
『でしょうね』
聞くまでもなく分かっていた。
おそらく彼も前の二人同様に、ギャンブルなどに使い込んだのだろう。
荷造りが終わり、金銭の出どころを把握した今、彼に用は無くなった。
『それでは修斗さん。どうかお元気で』
『はっ…………………?』
私が丁寧にお辞儀して、別れの挨拶を告げると彼は固まる。
目も口も、もしかしたら心臓までもが動きを止めた。と思ってしまう程だ。
『乃亜ちゃん、手錠と縄どうするの?』
『予備あるんで、私からの餞別として置いて行くつもりですっ』
『そう……なら、手錠だけ外してあげて』
なんか笑顔で怖いこと言っている乃亜。
本当にこの二つはナニに使用するのだろうか……
私の言葉を受けた乃亜は、修斗の手を固定していた手錠を外し、こちらに駆けてくる。
『あ、おい。本当にこのまま行くのか?家賃は?生活費は?金はどーするんだよっ』
乃亜が扉を押し開け、先に玄関へと向かって歩いて行く。
『頼む月華。助けてくれ、どうか俺を助けてくれないか…』
悪さをして、制裁される人物の命乞い。
こんなに醜いものは無いだろう。
私は彼から視線を外し、玄関でこちらを見ている乃亜に微笑みかける。
『さよなら』
私は歩き始める。
彼が自ら命を絶たないことを願いながら。
私は歩き始める。
こんな人と付き合ってしまった自分を呪いながら。
私は歩き始める。
これからの生活に不安を覚えながら。
私は歩き始める。
笑顔で私のこと待つ、乃亜の元へ――――
___________________________________________
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