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 私が乃亜に買われた日 ②

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 電車を乗り継ぐ事1時間。
 私と乃亜は今、横浜駅に来ていた。

 車内で私と乃亜は沢山の話しをした。と言っても殆どが私のことだったが。

 最初はお互いの好きなものや、嫌いなもの。趣味や関心のあるものの話しをして、話題は私の恋愛遍歴へと移った。

 乃亜は何というか…聞き上手だった。

 話題を振り、しっかりと聞いた後にその話題を追求する。
 普段聞き役に回ることが多い私は、つい気持ち良くなってしまい、気が付いたら事細かに過去の恋愛遍歴を話してしまっていたのだ。

 そして今、目の前に広がる光景に興味津々の乃亜。

 横浜に初めて来たと言っていた彼女は、キラキラした瞳で、キョロキョロと辺りを見渡している。


 370万もの人が暮らすここ横浜市で1番大きな駅は、平日なのに沢山の人々で溢れかえっていた。

『乃亜ちゃん、乗り換えは向こうよ。私について来てね』

 JRの中央改札を出て、対面にある京急本線の改札がある方へと目を向ける。

 背の低い私からはそれが見えない。それほどまでに多くの人が行き交っていた。

『はぐれたら困るから手を繋いでも良いですか?』

 言うや否や私の手を捕まえ、緩んだ笑みを浮かべている乃亜。

 やはり彼女はずるい。
 誰もが振り返ってしまうだろう美貌を持つ彼女は、仕草までもが完璧に可愛い。
 そんな彼女の"おねだり"。拒否できる人が居るので在れば会ってみたい。

『月華さんの手温かい』

 うっとりとした笑みを浮かべる彼女を、私は拒否することができなかった。

 そんな、周りからみたら和やかな雰囲気の私達の空気をぶち壊す出来事が起こる。

『お姉さん達、旅行の人?良かったら俺らが案内するよ?』

 声に目を向けると、いかにも軽薄そうな若い二人の男。
 自らの性欲を隠しきれていない彼らは、私達をじっくりと視姦していた。

 スーツケース一つに、大きなリュックが二つ。私達は、側から見たら旅行客に見えるのだろう。

 私はそんな彼らの声に、聞く耳を持たず立ち去ろうとするが、乃亜はそうは思っていなかったようだ。

『旅行客ではありませんし、目障りなんで消えてくれませんか?』

 敵意を剥き出しにした、ドスの効いた声に、似つかわしくないニッコリスマイル。

 乃亜は怒っていた。
 無視すれば良い状況で、彼らに牙を向いたのだ。

『下手にでたらそれか…なめてんの?』

 乃亜の言葉を受け、こめかみをひくつかせた男が乃亜に距離を詰める……が、乃亜は怯える様子も無く、火に油を注いでいく。

『なめる?見るからに汚い貴方を、私が舐めると思っているのですか?』

 最悪だ。

 乃亜の言葉を受け取った、見るからに汚い彼は乃亜へ向け、拳を振るう――――

 恐怖のあまり目を閉じてしまった私が最初に聞いたのは、悲痛に歪んだ男の声だった。

『いててて、いてぇよ、離せっ』

 目を向けると、乃亜は彼の腕を取り背中側に持っていき拘束。
 もう少し力を入れれば肩が外れてしまう。そんな状況が視界に飛び込む。

『乃亜ちゃん………?』

『月華さん。少し待っててください。この人と話しがあります』

 言うや否や力を強め、男の顔にさらなる悲痛が浮かび上がる。

『こっちに話すことはない、離してくれ、頼む』

『それで済むとお思いですか?』

 ニッコリ微笑む彼女に、もう一人の男は動けずに居る。

『頼む、許してくれ、ほんっとに肩が外れちまう、』

 彼は許しを乞う。
 悲痛に顔を歪ませたまま、泣きいるような声で少女に許し乞う姿は、見事なまでに滑稽だった。

『乃亜ちゃん、離してあげて。目立っちゃってる…………』

『あ、すいません』

 私が今の状況を伝えることで我に返った彼女は男の腕を離し、こちらへ謝罪をしてきた。

『つい、カッとなってしまいました。ごめんなさい』

 綺麗なお辞儀。
 彼女は男の事など一切気にせずに、私へ謝罪する。

 その隙に男達は人混みに紛れ、姿を眩ませていた。

『それは良いのだけれど……乃亜ちゃん、本当に強いのね?』

 昨日彼女は武道の心得があるので私よりは強いと言っていた。
 だが、男性よりも強いなんて思って居なかった私は、少しオドオドしてしまっている。

『あれくらいのことで在れば、大したことないですよ』

 あっけらかんと言う彼女は、朝飯前と言わんばかりの表情で笑っていた。
 そんな彼女に、私は言わなくてはいけないことがある。

『乃亜ちゃん。相手を煽ってはいけないよ?もし警察沙汰になったとしたら、貴方が吹っ掛けたと取られてしまうかもしれない。そうなったら折角私を助けてくれたのが台無しだよ』

『はい……』

 私のお小言を受けた彼女は、シュンと小さくなってしまった。

 彼女は私を守ってくれた。そのことはしっかりと理解している。

 例えば、私達が無視して進んで居たら、彼らは私の肩を掴んで居たかもしれない。
 そうなってしまえば私は今よりも酷い恐怖に支配されていただろう。
 
 彼女は武道の心得がある。相手が自分より格下と理解した上で、自らを標的にして私を守ってくれた。私はそう解釈した。

『私のためだったのよね?守ってくれてありがとう。これからは気を付けようね?』

『はい……。その、ありがとうございます』

 お小言を言った後には、必ず許しを与えるべきだ。
 人間は繊細な生き物。まして彼女は他に比べ更に繊細だろう。

 私が微笑みかける事で、彼女の表情は明るくなる。

『乃亜ちゃん行こっか』

『はいっ』

 今度は私から彼女へ手を差し伸べる。

 右手に伝わる、優しい温もり。
 こんなにも小さな手で、乃亜は私を守ってくれた。

 そのことへの感謝と、少しの心配を胸に私達は改札へ向け、手を取り合い歩き始めた。


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