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 私史上最悪な1日 ④

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 こうして、私の物語は冒頭へ――――


 私は今、年下美少女の手によってシャツのボタンを、一つ一つ丁寧に外されていた。

 "月華ちゃんっ、服脱ごっか♡"
 語尾が跳ねたこの乃亜の言葉に、私は何も返せずに、されるがままだ。

 一つ、また一つとボタンが外されていき、遂には外すボタンが無くなった――――

『月華ちゃん。肌綺麗だねっ』

 耳元でする、甘い乃亜の声に、脳と身体が反応する。

『やっ、やめてっ――――あっ』

 私が拒もうと口を開くと、彼女はその柔らかい唇を私の耳へ押し当てる。

『かわいっ♡耳、弱いんだ?』

 甘く脳を溶かす囁きに、体を震わせる口付けに、私は成す術がない。

 数回口付けた後、私の耳は濡らされる。
 彼女の柔らかい舌が私の耳を舐め、身体が大きく跳ねる。
 拒みたいのに、突き放したいのに動かない身体。
 私は一人、快楽に溺れている。

『ねぇ、下着取っても良い?』

 耳元でしていた声が、一度遠くなる。

『嫌だっ。やめて、もうやめてよ…本当に、もう、やめてください』

 彼女が身を離した隙に、私は無様に震えていた身体に鞭をうち、彼女に抵抗した。

 訪れる沈黙。長い長い、時間感覚のない私は、実際の時間の何十倍にもそれを感じてしまう。


 俯き、震える私の目から雫が一つ、二つと落ちて行く。

 私は泣いていた。

 年下の女の子に口内、耳を犯され下着姿で震えながら泣いていた。

 こんなに滑稽な今の私。
 小学生の頃の私が見たらどう思うかな。
 発狂して襲いかかって来るんだろうな。
 長い沈黙の中、そんなことを考える私の中の何か。


 長い長い沈黙。
 それを破ったのは彼女のこんな言葉った。

『ごめんなさい。月華さんを怖がらせるつもりはなかっです。その、久しぶりで、つい抑えきれなくなってしまいました』

 驚き、彼女に目を向けると震えていた。

 過去に私に見放された男性のように。
 友達に見放された少女のように。
 乃亜の身体は小刻みに、ハッキリと震えていた。

『月華さん。本当にごめんなさい』

 私は情けない惨めな私に蓋をして、歳上の、彼女のお姉さんの様に振る舞う。

『もう良いよ。顔を上げて』

 私がゆっくりと伝えると、彼女は顔を上げる。
 涙を溜め、悲痛に歪んだその顔は私に深く、重く、突き刺さった。

『乃亜ちゃん。少し話しをしよっか』

 こうして、私はレイプされずに済み、お互い泣き腫らした目で乃亜と話しを始める。




『その…乃亜ちゃんは、女性が好きなの?』

 彼女は欲望を抑えきれずに、私を襲ったと言った。ならば彼女の恋愛対象は女性か、両性かだ。

『はい。私は同性愛者、"レズビアン"です』

『そう…』

 彼女の口から発された言葉。
 それは私に沈黙をもたらせた。

 同性愛者。
 もちろん私も彼ら、彼女らの事を知っている。

 今やテレビ番組にも出ていて、国に認められてはいないが、徐々に人々に認められている。

 "LGBT"は今や個性として受け入れられつつある、それだ。

 だが、知っているだけで、私は同性愛者ではない。
 彼女の気持ちを分かってあげる事は出来るが、受け入れてあげる事は出来ない。

 そんな私は彼女に、目の前で震えている彼女に何と声をかけてあげれば良いのか分からないでいた。

『月華さん…本当にごめんなさい。私っ』

『大丈夫よ。怖かっただけで怒ってはいない。そのことで、貴方を拒絶しない』

 私が彼女にしてあげられること それは敵ではない。そう伝えることだけだ。

『乃亜ちゃん。男性と付き合った経験は?』

(ふるふる)

『逆に女性と付き合った経験は?』

 私は優しく。傷付けない様にを心がけながら彼女は問う。

『4人ほど…』

『聞きずらいのだけれど、性行為をした人数は?』

『覚えてません』

『そう。答えてくれてありがとう』

 彼女は未だ俯いたままだ。
 それでも私は笑いかける。彼女が少しでも安心できる様に。

 彼女達同性愛者はお互いに寄り添い、支え合う。
 その為、性行為する相手の数が異常なまでに多いと、聞いたことがある。
 おそらく、乃亜もそうなのだろう。


『とりあえず、一旦この話しは置いておきましょうか』

『えっ?なんでっ』

 彼女は顔を上げ、目を見開く。
 自らの行った"レイプ"と性事情。その事を言及されると思っていた様だ。


『私の聞きたかったことは聞けたからだよ。それよりも"対価"について話しましょうか?』

『それは…でも………』

 彼女は再び俯く。
 自らが私に要求した対価が性行為であり、私に拒まれたのだから仕方ないだろう。

『確かに私は拒みました。でも、だからと言って何もせずに帰るわけには行かないのよ…何か他に、性行為以外で求めるものはない?』

『………………………………………………』

 彼女は答えない。
 俯いたまま、ただ時間が過ぎるのを待つ。そんな感じだろうか。

『私としては何かしなければ気が済まないの。例えばお金とか、家事をさせる。何でも良いのよ?』

 ゆっくりと優しく伝えてあげると、彼女はおずおずと口を開いてくれた。

『えっと………………添い寝………手は出さないから、添い寝してくれませんか?』

『手は出さない。約束よ?』

『絶対に手は出しません。お願いしますっ』

 勢いよく立ち上がった乃亜は、こちらに手を差し出す。

 先程の帰り道とは違い、緊張に震えていた。

 私は、乃亜に合わせる様に立ち上がり、そっと優しく彼女の手を包み込む。

『分かった。貴方が望むのなら、一緒に寝ましょうか』

『はいっ』

 彼女は涙を流した。
 先程までの暗く重い悲しみの涙などではない。ニカっと綺麗に笑う嬉し涙だった。

『その前に……お風呂借りても良い……?』

『ふふっ、どうぞ』

 せっかく私がお姉さん感を存分に発揮した良い雰囲気だったのに、自らの手で壊してしまった。

 お酒に浸り、6月の空気に触れ、火照っている身体。
 それが乃亜に弄られた事で汗だくになってしまっていた。

 いくらなんでもこのまま寝るのは気持ち悪いし、乃亜にも申し訳なさ過ぎる。

 そそくさと準備をして、先にシャワーを浴びさせてもらう事になった。



『月華さーん、髪の毛乾きましたー?』

 乃亜の事や、これからの自分のことを考えながら髪を乾かしていると、シャワーを浴び終え、衣類を身につけて無いだろう乃亜が洗面所の扉からひょこっと顔を覗かせている。

『もう少しかかりそうかな』

『私のが髪短いので、乾かしたら手伝いますねー』

 言うや否や、洗面所に引っ込む彼女。

 なんというか、可愛らしすぎて目の毒だった。
 彼女は可愛い。それは、彼女を知るすべての人の共通認識だろう。
 だからこそ私は何で彼女が同性愛に目覚めたのかを考えてしまうのだった 




 乃亜に手伝ってもらい、髪を乾かし終えた私達は、寝室へと来ていた。

『コレ…ダブル?一人なのにこんな大きいベット…羨ましい…』

『クイーンサイズですよ』

 ダブルよりも大きなクイーンサイズ。
 今まで恋人と二人、シングルベットで寝ていた私には縁の無かった言葉に、自然と胸が躍る。

『早く寝ましょう。今すぐに』

『月華さん?何をそんなに興奮してるんですか?』

『クイーンサイズなんて始めてたんだもんっ。興奮しない方がおかしいわよ』

『………………………………………………』

 なんでか呆れられてる気がするが、気にしない。
 私は自らの欲望のままに、ベットへダイブする。

『ほら、早く寝ましょう?』

『はい………』

 ベットに身を任せながら手を差し出すと、握り返してくれて二人でベットの上に。

『私今すぐにでも寝ちゃいそうだわ』

『沢山飲んだんですもんね。寝ちゃって良いですよ?』

『ありがとう。乃亜ちゃん。おやすみなさい』

『はい、おやすみなさい』

 こうして長い一日が終わりを迎えた。

 私史上最悪な一日。この日のことは絶対死ぬまで忘れないだろう。



 目を覚ましてからもまだ、悲劇が続くことを今の私は知る由もなかった。






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