8 / 11
第8話 りかとカラオケ。
しおりを挟むその後僕達はいい雰囲気のまま、食事を終え店を後にした。
先程までと違い、落ち着いた居心地の良い雰囲気に包まれている。
会話が途切れても不安にならなければ、手を繋いでいても変な汗も出ない。
僕は彼女を受け入れ、彼女に受け入れられた。
その事にひどく安堵し、身を任せる。
こうして世の人たちは幸せになっていくのかもしれない―――
『この後はカラオケでいいんだよね?』
『うん。付き合ってもらえるかな?』
『うんっ♡』
僕は昨夜彼女に『行きたい場所はない?』と聞かれたときにカラオケと応えた。
初対面の相手といきなりカラオケ?と思う人もいるだろう。
でも聞いてほしい。
僕みたいなモブは人と、ましてや女の人と話すのが苦手だ。
緊張して自然と口ごもり、言葉選びに夢中になるあまり、気まずくなるくらいならカラオケのが良いと。そう思っていた。
でも実際はちがう。
りかとはもう何回も共に出かけていた。カラオケには三度、未だ名前も知らない時に行っていた。
今の僕は昨日不安に怯えていた僕ではない。
精一杯彼女を楽しませる。
今はそのことしか頭にないのだから。
僕は自分の中に新しく芽生えた名のない感情と"りか"と共にカラオケ屋さんに向かうのだった。
オシャレすぎる街のカラオケは休日だと言うのに、空いていた。
いや、オシャレな街のカラオケだからこそ、空いていた。
受付で僕が記入用紙を全て埋め、店員さんに渡すとりかが口を開く。
『出来たら、なるべくお手洗いの近い部屋にしてもらえませんか?』
先程彼女のことを知りたいと思った。
もしかすると彼女は体調が良くないのではないか。前にカラオケに来た時に、彼女はこんな提案をしなかったことから、不安がよぎる。
全然気付けなかった。僕はダメな男だ。
僕は違和感に気付かない。
彼女は僕に対して、素直に物事を言う。
体調不良であるのなら素直に言うだろう。
僕は気付かない。
これが。この違和感こそが、この後に起こる出来事の予兆だという事に。
『ねえ、ねえ、うみくん。私ライ●ン歌いたい』
嬉しそうにデンモクを見せてくる彼女。
僕と彼女は、アニメ、漫画、ライトノベルをこよなく愛する者。すなわちオタクだ。
そんな2人がカラオケに来れば、必然的にアニソン縛りになる。
僕は彼女にデンモクを見せつける。
『そう思って、僕も開いてた』
『ふふっ。嬉しい♡』
2人で微笑み合い、甘い空気が部屋を覆う。
『『歌おっか』』
僕達は2人で各パートに分かれ、思う存分歌った。
それからあっという間に1時間が過ぎた。
お互いに好きな歌を入れ合い、歌う。
僕と彼女のカラオケは基本2人で歌一緒に歌う。
それが楽しくて、心が通じ合ってる気がして、嬉しくも恥ずかしい。そんな彼女との時間が好きだった。
僕はデンモクを操作し、大好きなアニメである
"東京●種"の主題歌を選択。
前奏が始まると"りか"は立ち上がり、口を開く。
『お手洗い行ってくるね♡』
『了解』
すぐに彼女は部屋を出ていった。
何で彼女は、嬉しそうな、緊張しているような表情をしていたのだろう―――
思考を巡らせていると歌が始まってしまい、僕は考えていた事など忘れ、歌の世界に入り込んでしまった。
『教えて、教えて、僕の中に誰がいるの?』
歌い終わると、すぐに精密採点の結果が出る。
87点。僕にしては上出来だ。
乾いた喉に、メロンソーダを流し込む。
『りか遅いな...』
一曲4分ほど経ったが未だ帰ってこない。
やはりお腹が痛かったのではないか―――
気付けなかった不甲斐ない自分を叱責したくなる。
が、申し訳ないが今はそれどころではない。
りかが居ない。つまり『月夜に唄う』の歌が歌える。そう思い、直ぐにデンモクへ手を伸ばす。
りかは『月夜に唄う』があまり好きではない。
僕が話すといつも機嫌が悪くなってしまうのだ。
だから僕は1番好きなアーティストの歌を彼女の前で歌えない。でも―――彼女のいない今なら歌える。
すぐにデビュー曲である『輝き』を選択。
この曲は、絶望し立ち止まった少女が暗闇のなかに確かな光を見つけ、再び歩き出す。そんなメッセージが込められた歌だ。
僕は、この歌のサビのワンフレーズ
"手を伸ばせ、輝くなにかを得るために"
この何の変哲もない言葉に救われ、特に思い入れの強い作品だ。
重ためのイントロが流れ始め、歌が始まる。
僕は、歌い手である"シュリ"の事を想い、歌い出した―――そして悲劇は1番のサビを歌っている時に起こってしまった―――
『手を伸ばせ、輝くなにかを得るために』
『お待たせ、うみくんっ』
曲のテンポが上がり、僕の興奮が最高潮に達した時。待ち人である"りか"が戻ってきてしまう。
僕はその後の歌詞を口に出来ず、俯く―――すると、少し経ってから"りか"が続きを歌い出した。
『自分を救え、君ならできる君になら―――』
僕は俯きながら震えた。遅れて鳥肌が全身を覆う―――だって、今の声は僕の推し"シュリ".の歌声。そのままだったから。
聞き間違うはずがない。何十万、何百万と聞いたこの歌。"シュリ"の声。
『あれ?歌わないの?』
僕は返事を出来ず、顔すら上げられない。
ただ身震いし、鳥肌が引くのを待つしか出来ない。
そんな僕を待ってくれる彼女では無かった。
僕の前まで歩いてきて、座ってる僕に目線を合わせる―――すると、推しが目の前に現れた。
『久しぶり、海斗くん。それとお待たせ、うみくん』
目の前にある、うっとり緩んだ推しの顔。
"シュリ"もとい、学園のアイドル"君島朱莉"がそこに居た―――
僕の意識はそこで途絶えた。
___________________________________________
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
私のモチベに繋がりますので
星、ハート、フォローなど、頂けると幸いです。
次回 りかの正体。 乞うご期待。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる