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第8話 りかとカラオケ。

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その後僕達はいい雰囲気のまま、食事を終え店を後にした。

先程までと違い、落ち着いた居心地の良い雰囲気に包まれている。

会話が途切れても不安にならなければ、手を繋いでいても変な汗も出ない。

僕は彼女を受け入れ、彼女に受け入れられた。
その事にひどく安堵し、身を任せる。

こうして世の人たちは幸せになっていくのかもしれない―――


『この後はカラオケでいいんだよね?』

『うん。付き合ってもらえるかな?』

『うんっ♡』

僕は昨夜彼女に『行きたい場所はない?』と聞かれたときにカラオケと応えた。

初対面の相手といきなりカラオケ?と思う人もいるだろう。

でも聞いてほしい。
僕みたいなモブは人と、ましてや女の人と話すのが苦手だ。

緊張して自然と口ごもり、言葉選びに夢中になるあまり、気まずくなるくらいならカラオケのが良いと。そう思っていた。

でも実際はちがう。
りかとはもう何回も共に出かけていた。カラオケには三度、未だ名前も知らない時に行っていた。

今の僕は昨日不安に怯えていた僕ではない。
精一杯彼女を楽しませる。
今はそのことしか頭にないのだから。

僕は自分の中に新しく芽生えた名のない感情と"りか"と共にカラオケ屋さんに向かうのだった。


オシャレすぎる街のカラオケは休日だと言うのに、空いていた。
いや、オシャレな街のカラオケだからこそ、空いていた。

受付で僕が記入用紙を全て埋め、店員さんに渡すとりかが口を開く。

『出来たら、なるべくお手洗いの近い部屋にしてもらえませんか?』

先程彼女のことを知りたいと思った。

もしかすると彼女は体調が良くないのではないか。前にカラオケに来た時に、彼女はこんな提案をしなかったことから、不安がよぎる。

全然気付けなかった。僕はダメな男だ。

僕は違和感に気付かない。
彼女は僕に対して、素直に物事を言う。
体調不良であるのなら素直に言うだろう。

僕は気付かない。
これが。この違和感こそが、この後に起こる出来事の予兆だという事に。



『ねえ、ねえ、うみくん。私ライ●ン歌いたい』

嬉しそうにデンモクを見せてくる彼女。

僕と彼女は、アニメ、漫画、ライトノベルをこよなく愛する者。すなわちオタクだ。

そんな2人がカラオケに来れば、必然的にアニソン縛りになる。

僕は彼女にデンモクを見せつける。

『そう思って、僕も開いてた』

『ふふっ。嬉しい♡』

2人で微笑み合い、甘い空気が部屋を覆う。

『『歌おっか』』
僕達は2人で各パートに分かれ、思う存分歌った。

それからあっという間に1時間が過ぎた。

お互いに好きな歌を入れ合い、歌う。
僕と彼女のカラオケは基本2人で歌一緒に歌う。
それが楽しくて、心が通じ合ってる気がして、嬉しくも恥ずかしい。そんな彼女との時間が好きだった。


僕はデンモクを操作し、大好きなアニメである
"東京●種"の主題歌を選択。

前奏が始まると"りか"は立ち上がり、口を開く。

『お手洗い行ってくるね♡』

『了解』

すぐに彼女は部屋を出ていった。

何で彼女は、嬉しそうな、緊張しているような表情をしていたのだろう―――

思考を巡らせていると歌が始まってしまい、僕は考えていた事など忘れ、歌の世界に入り込んでしまった。


『教えて、教えて、僕の中に誰がいるの?』

歌い終わると、すぐに精密採点の結果が出る。
87点。僕にしては上出来だ。
乾いた喉に、メロンソーダを流し込む。

『りか遅いな...』

一曲4分ほど経ったが未だ帰ってこない。

やはりお腹が痛かったのではないか―――
気付けなかった不甲斐ない自分を叱責したくなる。
が、申し訳ないが今はそれどころではない。

りかが居ない。つまり『月夜に唄う』の歌が歌える。そう思い、直ぐにデンモクへ手を伸ばす。

りかは『月夜に唄う』があまり好きではない。
僕が話すといつも機嫌が悪くなってしまうのだ。

だから僕は1番好きなアーティストの歌を彼女の前で歌えない。でも―――彼女のいない今なら歌える。

すぐにデビュー曲である『輝き』を選択。

この曲は、絶望し立ち止まった少女が暗闇のなかに確かな光を見つけ、再び歩き出す。そんなメッセージが込められた歌だ。

僕は、この歌のサビのワンフレーズ

  "手を伸ばせ、輝くなにかを得るために"

この何の変哲もない言葉に救われ、特に思い入れの強い作品だ。

重ためのイントロが流れ始め、歌が始まる。
僕は、歌い手である"シュリ"の事を想い、歌い出した―――そして悲劇は1番のサビを歌っている時に起こってしまった―――

『手を伸ばせ、輝くなにかを得るために』
『お待たせ、うみくんっ』

曲のテンポが上がり、僕の興奮が最高潮に達した時。待ち人である"りか"が戻ってきてしまう。

僕はその後の歌詞を口に出来ず、俯く―――すると、少し経ってから"りか"が続きを歌い出した。

『自分を救え、君ならできる君になら―――』

僕は俯きながら震えた。遅れて鳥肌が全身を覆う―――だって、今の声は僕の推し"シュリ".の歌声。そのままだったから。

聞き間違うはずがない。何十万、何百万と聞いたこの歌。"シュリ"の声。

『あれ?歌わないの?』

僕は返事を出来ず、顔すら上げられない。
ただ身震いし、鳥肌が引くのを待つしか出来ない。

そんな僕を待ってくれる彼女では無かった。

僕の前まで歩いてきて、座ってる僕に目線を合わせる―――すると、推しが目の前に現れた。

『久しぶり、海斗くん。それとお待たせ、うみくん』

目の前にある、うっとり緩んだ推しの顔。
"シュリ"もとい、学園のアイドル"君島朱莉"がそこに居た―――


僕の意識はそこで途絶えた。




___________________________________________


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

私のモチベに繋がりますので
星、ハート、フォローなど、頂けると幸いです。


次回 りかの正体。  乞うご期待。








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