上 下
7 / 11

第7話 りかとランチ。

しおりを挟む

『うみくん?聞いてるの?』

妖艶な笑みの彼女は、こちらに一歩、また一歩と歩を進める。

『聞いてる。りか。ありがと...』
対メンヘラ最終兵器発動。"とりあえず受け入れる"
効果。とりあえずこの場は凌げる。代償として相手の依存度が増す。

『うんっ♡』

効果は抜群だ。
嬉しそうに笑う彼女は、今自分がこの世で1番幸せ。なんて言い出しそうな表情をしている。

『ご飯食べに行こっ』

『ほえっっ』

こちらの手を取り、ぐんぐんと前を歩いていくりか。
なんとか変な声を出すだけで済み、そのまま飲食店えと向かって歩いていく。

ちなみに、りかの手は小さく瑞々しいぷにぷに感触。100点の握り心地だった。

ちなみに、前を歩くりかは耳までを朱に染めこちらを振り返らない。恥ずかしいけど衝動を抑えられなかった彼女の態度。これも100点だ。

対して僕はどうだろう。もちろん、顔は耳まで真っ赤。

全身を汗が包み込んでいる感覚を覚え、空いた手はヌメヌメ。多分彼女と繋がっている手も同様だろう。

呼吸が上手く出来ずに、鼻息が荒く目は様々な方向に行ったり来たり。
0点。むしろマイナス100点だろう。

夢にまで見た手繋ぎデート。

でも何だろう。僕の想い描いたそれは、こちらから手を差し出し、もっとスマートに事を進めるはずだった。

僕はダメだ。人間として、得るべき経験値があまりにも足りてない。

誰がジムリーダーに卵から孵ったばかりのモンスターを使う?
ギャ●ドスに睨まれたキャ●ピーに何が出来ると言うんだ。

僕の思考はどんどん暗く、ネガティブになっていっている。

だが僕は不甲斐ない自分に目を瞑り神に問う。貴方は本当に人間を平等に生み出す気はあるのか―――と。

『うみくん何してるの?』

『ごめんごめん。何でも無いよ』

僕が神を尋問するために歩くのを辞めてしまったせいで、りかにこちらの様子がバレてしまった。

『うみくんかわいっ♡』

『はははっ』

僕は、前世で何か業を背負っていたのだろうか―――全ての行動、言動が裏目に出てしまっている気がしてならない。

『ほらっ行くよ』

『はいなのです』

再び手を引き歩き始める彼女は僕の言葉を聞き流した。

全ての行動、言動が裏目に出るなら、普段と違う事をすればいい。

僕は正真正銘の阿呆だ。
初めての出来事が多すぎるあまりパニックに陥っている。

海斗は正真正銘の阿呆だ。
パニックに陥るあまり、彼女のとびきり可愛い今の表情を見逃してしまったのだから―――



『本当にここでいいの?レストランとかのが良いんじゃ無い?』

『ここが良いの♡』

彼女は有名ファミリーレストラン"サイ●リア"が良いと、嬉しそうに言い切っている。

確かにこの店は良い。非常に良い。
お手頃な価格帯なのに美味しい料理。全高校生の味方といえばこのお店だろう。

それでも、初デートとしては少し不向きな気がする。

自慢では無いが、趣味に費やすために、週五でバイトしていた僕は、それなりに金銭の貯蓄がある。

今日僕は彼女が望むのなら、有名ホテルのランチにでも連れて行くつもりで来ていた。

でも、蓋を開けてみたらこれだ。

"どこに行くかで無く、誰と行くかに意味がある"

たまに耳にする言葉だが、これこそが人間関係において非常に大切なことだとハッキリと理解した。

『注文しようか』
『うん♡』

嬉しそうな、幸せそうな笑顔を見せてくれる彼女は僕との時間を楽しんでくれている。

なら、僕は...僕に出来ることは精一杯彼女に楽しんでもらう。それだけだ―――



『ずっと気になっていたんだけど、イメチェンしたんだね♡』

休日ということもあり、騒がしい店内で彼女は僕を逃がさないとばかりに、見つめる。

初めて会う女性。それもかなり親しい部類の彼女に会うと張り切ってイメチェンした僕。

だが、彼女は昨日までの僕を知っている。
気になって当然だろう。

『穴があったら入りたい。穴がないなら掘ってでも入りたい』

『えっ?』

天井を見上げ、一人願う。
もしも次の人生があるのならもっとスマートな初デートが出来ますように―――

そんなパニック状態の僕を他所に、彼女は更に追い打ちをかける。

『今のうみくんカッコいいよ、私は好きっ♡』

『おっふ』

『服もオシャレだね。どこで買ったの?』

『おっふ』

『次会う時はどんなうみくんが見れるんだろ』

『おっふ...って、次?』

精神的負荷が危険領域にまで達していた僕を彼女は強引に引き戻した。

『次...あるよね?まさか無いとは言わないよね?』

対面に座る彼女は身を乗り出し、そのたわわに実った二つの果実が僕の目の前まで迫ってくる―――わけもなく、少し距離が近くなった。

『次ね...ってかさ。りかは何で僕に黙って会いに来てたの?何で名乗ってもくれなかったの?』

禁断の果実から目と気を逸らすために、話しを逸らす。
こうでもしないと僕は欲望に素直な獣と化していただろう。いや。流石にファミレスでそれはないか。

『うーーーーーーーーーーーーん』

僕の言葉を受けた彼女は顎に手を当て考える。
何を考えているのだろう。僕は壺や神の水と言った商品を売りつけられるのだろうか。

女の子いう生き物について僕は詳しく知らない。
彼女が何を想い僕に会いに来て、何を想い僕と話して、何を想い好意を伝えてくれるのか。
僕は何にも知らない。

僕が知ってるのはゲームの中の、1人の人間としての"りか"だけだ。女の子としてリアルに存在する彼女の事は何も知らない。

長考の末、言葉が纏まった彼女は口を開く。
僕が彼女に抱いていた気持ちは失礼に値するとこの後に思い知らされた。

『さっきも言ったけど、私はリアルでもうみくんと仲良くなりたかった。勿論何度も、それこそ毎回名乗ろうともした。でもね...』

申し訳なさからだろうか、一度言葉を区切り俯く彼女。

でも、違った。申し訳なさなどではない。
彼女は今、この瞬間"何か"を決意した。

『ゲームする時のうみくんと、リアルのうみくん。私はその両方。2人とも好き。だから言い出せなかった。2人を独占するために、私は黙ってうみくんに会いに行ってたんだ―――』


拝啓神様。
先程は恨んでしまい申し訳ございませんでした。僕は貴方に選ばれし存在という事にやっと気が付きました。どうか何卒これからもよろしくお願いします。敬具。

彼女の言葉を噛み締め神に感謝を。
僕は恵まれていないと、ずっと思って生きてきた。

そんなわけなかった。
こうして彼女が、僕を気に入り好いてくれる。

僕は...それだけで幸せなのかもしれない。
僕のところには来ないと思っていた幸せは...もっとずっと近くにあった。

僕は彼女の事を知りたい。
もっと沢山彼女の事を知って、仲を深め、その先の未来で彼女と笑っていたい。

それが恋なのか友情なのかは未だ分からない。分かるわけがない。

それでも僕は彼女に、好意を抱いている事を理解した。

『りか。ありがとう。僕もずっとゲームの中のりかと、たまに会うりか。そのどちらにも好意を抱いていたのかもしれない―――』


僕達は互いを想い、想われていた。僕達の関係に名前を付けるのなら何が相応しいのか。

僕は知らない。
僕は何にも知らない。

なら、知らないなら...これから彼女と知って行けばいいのでは無いだろうか―――





___________________________________________


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

私のモチベに繋がりますので
星、ハート、フォローなど、頂けると幸いです。


次回 りかとカラオケ。  乞うご期待。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

処理中です...