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第4話 妹。

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4月2日。入社式を明日に控えた僕は今短い人生の中で1番浮かれている。

どれくらい浮かれているかって?

頭上を舞う、桜の花ビラを捕まえてはニッコリ微笑みかける。
繰り返すこと26回目。

これが浮かれてないのならば、何が浮かれているのだろうか。

スマホを取り出し、昨晩届いた『りか』からのメッセージを開く。

りか『明日11時に桜木町駅の改札前に集合』

絵文字もなく、簡素なメッセージが目に映る。

だが僕はこのメッセージに表情筋の機能を停止させられてしまっている。

『お母さん、あの人なんでスマホ見てニヤニヤしてるのー?』
『しっ、世の中にはそういった人も居るのよ』

なんか失礼な事を言われている。
今すぐに何故僕がニヤニヤとしているのか、その理由を熱く語り聞かせたい。

普通に不審者だ。落ち着きを取り戻し、スマホをポケットにしまい込む。

(それにしても、遥のお陰で恥をかかないで済みそうだ...)

スマホから手を離した事で、店舗のガラスに映し出された自分に目がいく。

黒のチェフパンツと呼ばれるモノ黒のジャケットのセットアップ。その中にはベージュの裾の長いTシャツ。足元にはコンバースのベージュのローカットスニーカー。

髪は短めに切り揃えられ、前髪を立ち上げる事で視界良好。下手くそなりに頑張ってセットした事が伺えるヘアースタイル。

妹である遥の手によって生み出された、なんちゃってリア充がそこに居た。

遥に教えてもらった美容室へ行き帰宅した時の彼女の見るに耐えたないと言った、微苦笑がフラッシュバックする。

『あの~お兄さん?いくら髪整えても、その服だとキモすぎるんですけど?』

思い出しただけで、胸に激痛が走る。

普段は兄貴と呼ばれているるし、口調も雑な彼女は、馬鹿にするような――いや、馬鹿にした敬語を用いて僕の心に深い傷を負わせた。

だが僕が落ち込み、返事もせずにそそくさと自分の部屋へ逃げ込もうとすると、彼女はそれをこんな言葉で阻止してきた。

『車出して、服選んだげる』
『えっ......?遥..........?』

突然の提案に驚き、慌てふためく僕を他所に彼女はそそくさとリビングを後にする。

『気が変わらないうちに早く準備してくんない?』
『はいっっっ』

こうして僕は遥に連れられ、家の近所店を構える有名衣料品店"UNIQLO"で、今着ている服を選んでもらい、ABCマートで靴も選んでもらった。

一式揃えて、11.000円。お手頃だ。

いや、分からない。服を母に買ってきて貰っていた僕はこれが安いのか高いのか、判断ができない。

それでもこの金額で、この僕が曲がりなりにもリア充に見える。それならこの金額は安いと言って良いだろう。

(遥と買い物に行ったのなんていつぶりだ...)

三年...いや四年ぶりだろうか。
海斗が家に引き篭もる前、海斗が中学生の頃までは遥と海斗は仲の良い兄妹だった。

『お兄ちゃん』と慕われ、一緒にゲームをしたり、買い物に行ったり。
まさか今みたいな関係になるとは思ってもみなかった。

昨日久方ぶりに見た妹の優しい笑顔を思い返す。

服を選んで貰い、試着して見せた時―― 
一瞬だけ、昔のような柔らかく優しい笑顔を見せてくれた。

直ぐにいつもの興味の無いような表情に戻ってしまったが、海斗はその顔を見逃さなかった。

(これを機に、前みたいに戻れるのかな――)

そんな想いを胸に抱き、海斗は最寄駅に向かい走り出した。




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次回 りか。





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