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最終話
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休業を言い渡され3日後。3月22日火曜日。ここまで特別なこともなく日々は過ぎていった。金田から事件に関する連絡も無く多摩川は所謂、普通の大学生活を送っていた。講義に出て、時間が合えば学友と遊びに行く。もちろんこの期間も手当が出ているので安心して学生を謳歌している。一見すれば他の生徒と変わりはないが1つ、あることをしている。金田からの指令だ。しかしそれも彼にとっては苦ではなかった。
一人暮らしをしているアパートから徒歩10分ほどの所にある店の前でまさに今、スマホを片手にそれを行なっている。
「えっと、近所のスーパーに買い出しに行ってから帰ります、と」
これがその任務だ。多摩川の行動。いつ、どこにいるのか。一人か、そうでないか。次はどこへ行くのか、それを報告することだ。
「まだ数日だけど、二郎さんの所で探偵業してないのって何か久々な気がするな」
送信を終えるとそんなことを思った。彼が助手のバイトを始めてから半年は過ぎた。事件が起きた際に現場に赴き金田のサポートをする。日雇いに近いが、他にも事務仕事もあるため学生といては十分なほど稼げる。何より金田の人柄、仕事環境も肌に合うので思い返すと連休もあまりとっていなかった。
今日は何を食べようか。デザートに甘いものでも買おうか。頭の中でメニューを考えながら自動ドアを進んで行った。
2
真っ暗な部屋の中で携帯のバイブ音が響いた。持ち主が手に取る前に音が止んだ。メールか。
液晶がつき差し出し人の名前が表示される。多摩川龍之介と出ている。その文字を見てさっきまで夢の中だった金田二郎の脳が少し冴えてきた。
「スーパーに行ってから帰る。今から?」
時刻は深夜1時をまわった。しかも今日は警戒していた日。
「こんなタイミングで…」
既に眠気は消えていた。急げば彼の帰宅には間に合うだろう。素早く着替えを済ませて家を飛び出した。その表情は数日前と同じ険しさがある。杞憂であってくれ。この推理は間違いであってくれ。そう思いながらも走らずにはいられなかった。
3
自動ドアが開くと右手に買い物袋を提げた多摩川が出てきた。中身はインスタントの物もあるが野菜やお肉も買ってある。この中で今日は何を食べようか。考えながら進むとあっという間に自宅近くまで来ていた。明るい時なら視界に捉えられる距離だ。しかし今はそれが見えない。この辺りの街灯は数が点々とあるだけだ。
「さて、今日の晩飯は…」
途中で背後に気配を感じた。意識を後方に移し、振り返ろうとした瞬間、頭に痛みが走った。
「うっ……!」
何かにぶつかった感覚ではない。殴られた…!?
よろめいて倒れそうだったが、なんとか踏ん張った。そしてそのまま小走りで進み打撃を与えた何者かと距離を置く。だが、まだ終わったわけではない。そう感じ臨戦体制で振り返る。
「誰…?」
視界に入った人物は多摩川より背丈の高い男のようだった。顔には頭頂部から顎下まで覆うマスクを被り次の攻撃の準備をしているように見えた。
多摩川を睨みながら握っていた右手を背中に回した。再び手が現れると街灯の僅かな明かりを反射した鉄製のものが見えた。
それがナイフだと理解するのはとても簡単だった。だが認識してしまったが故にそれが脅威となり彼の足を凍らせた。
「なんで…?誰?」
震えた声がその者に届くと奴は膝を曲げた。その一瞬で前傾姿勢になると、駆け出した。
声が出ない…!眼前に迫った死神が彼の機能を奪ってしまったようだ。…刺殺。凄惨な光景が脳裏をよぎる。死ぬ…。あの刃に貫かれて。そのビジョンが自分自身の姿で投影された瞬間、ぐっと目を閉じた。同時に刃物の人間がそのナイフを突き出した。
スッと。銀色の光が皮膚の厚みを感じさせずに肉の中へ消えていった。
「…」刺された感触は無かった。この現象をどこかで聞いたことがあった。アドレナリンで痛みを感じないということを。目を開けた途端、痛みを感じ始めるのだろう。ならいっそこのまま静かに死ぬほうが楽なのでは?葛藤していると目の前の人間が声を発した。男の声だった。
「なぜだ…」
酷く狼狽しているようだった。なぜ?その言葉の意味は次の一言で理解した。
「なぜお前がここにいる!探偵!!」
ハッとして目を開けた。刺した男と自身の間にもう一人、少し背の低い男がいた。
「大丈夫かい…、龍之介くん…?」
「え…?二郎さん?」
途切れ途切れで告げる彼の両手はお腹の前で何かを掴んでいる。それが何かはすぐにわかった。
金田は振り向き、目を丸くして震える助手を見る。そしていつもの笑顔を見せた。
そしてもう一度犯人の方へ顔を向けると彼もまた酷く驚いている様子で力任せに手を引くと簡単に得物を奪えた。そのまま後方に飛ばされたナイフが軽い金属音を響かせながらアスファルトを跳ねた。接地面に赤いマーキングを残して。
「嘘だと思いたかった」
悲しそうに呟いた。相手もまた肩を落としこぶしを握りしめている。
「二郎さん一体この人は?」
背を向けたままコクリと頷き、金田は一歩出た。そして無防備に立ち尽くす男の覆面を剥がした。
「あ……」
あまりの衝撃に言葉を失った。数秒前、自分を殺そうとした人物はよく知った顔だったのだ。
「江藤警部…」
いつも見ていたスーツ姿ではなく、黒のスウェットに黒のコートを纏い背景と同化しているように見えた。
「二郎さん!」
ぐちゃぐちゃだった思考が回りはじめ、最初に出てきたのが、自分の身代わりとなった金田の安否だった。
動き出そうとした寸前、彼が右手を広げた。大丈夫、とでも言うように。
金田の静止を受けその場に留まったが、不安は消えず、自分は何をすべきなのかを必死に考えようとした。すると。
「読みが当たって良かった…」薄い声でそう言うと、両手をジャケットに入れ何かを取り出した。それを見て江藤の顔が少し綻んだ気がした。
出てきたものは彼らしい物だった。
「手帳…?」助手の口が動いた。
探偵として常に持っている物。普段は書記も兼ねて多摩川に渡している。ここ数日の休みで出番のなかった手帳が大きな役割を果たした。
「相変わらず、デタラメなやつだ」
その手帳を見ながら江藤はほんの少し笑って言った。穴の空いた手帳からは金田の血が少しずつ染みてきていた。
それから体感として数分が経過した。だがそれもほんの一瞬。
江藤が大きく息を吐いた。これで3人の時が再び動き出した。そして普段事件現場で聞くような口調で言った。
「どこで見抜いた?探偵」
これに対し、彼もまた今までと変わらぬ口調で答えようとした。
「最初に引っかかったのは…警部の匂いでした」
「流石だな」
「確か大西琥珀さんの事件、でしたっけ。クリーニングに出したとか」反射的に多摩川が言う。
これがいつもの空気感。今までと変わらぬやり取り。江藤に対し金田が推理を披露する。多摩川はその補足をする。だが今回は少し違う。
「そう。そしてこの1ヶ月で起きた事件は全て警部による犯行だったんです」
「どういうことですか?」
「大西琥珀さん、雀宮朱音さん、玄田武政さん。
彼らは他殺の可能性もあったが、証拠不十分で事故となった」
「じゃあ警部さんが犯人で、僕も殺そうとしたってことですか?」
その問いに江藤がニヤリと笑った。これまで見たどの表情でもない。瞳の奥に黒い光を携えた笑い。
多摩川が一歩下がる。無意識の行動だ。それに合わせるかのように江藤も動いた。だが前に進むのではなく、向きを変え壁際へ移した。探偵の目をじっと見つめたまま。
石の壁に体をあずけ、ポケットから煙草を取り出し火を付けた。
「さて、お前の推理の続きを聞かせてくれよ。クリーニングの嘘を見破ったのはよしとしよう。それで、何故残りの事件も俺が犯人だと?」
探偵は目を閉じた。それから1つ深呼吸をして再び目を開けた。
「まず、3月9日に発見された大西さんの事件で警部の匂いが気になりました。そして3月11日に発見された雀宮さん。雀宮さんの死亡時刻は3月8日の深夜となっています」
「確か、その時間帯から異臭がすると隣に住む方から苦情があったんでしたね」
「そう。彼女の件での違和感は覚えているかい?」
「えっと、パソコンで打たれた遺書のようなものがありましたね。それと二郎さんが、雀宮さんが液体を撒いたのに、本人に全く飛沫がかかってなかったっていってましたね」
「うん。恐らく犯行は別の場所で行われたんだと思う」
「でもじゃあなんであの時そう言わなかったんですか?」
「容疑者がいなかったからだよ…。しかもちゃんとした証拠もなかったし」
「そうなんですね。じゃあ、液体を撒いたのはただのカモフラージュなんですか?」
「そう。自室で塩素ガスを発生させ自殺したと見せかけるために。けど……」
ここで言葉が途切れた。それから滑らかな動きで江藤を見る。
「偽装工作の為に撒いた本人にはついてしまったんですよ」
微動だにせず推理の一端を聞いていたが、この一言で一瞬眉間に皺ができた。
「それで?」大きく息を吐きながら促す。
「犯行時着ていたスーツを捨て、予め買っておいたんでしょうか、新しいスーツを着て3月9日、大西さん殺害の現場に来た」
「それで匂いが違ったんですね!凄い…」思わず息をのむ。それから江藤の方を見た。だが彼は笑った。
「なんだそりゃ」
予想外の反応。先程の皺も口角を上げた皺に変わっている。
「けどよ、その大西さんの犯行はどう説明するんだ?犯行時刻の防犯カメラに俺の姿は映ってなかったはずだが」
そうだ…。当時、死亡推定時刻に念を加え録画記録から不審人物を追ったが見事に空振りだった。これを覆すにはどうすれば…。多摩川の視線が探偵の背中へ注がれる。
「あれはそもそもの犯行時刻が間違っていたんです」
これも毅然と答える。脳内にある情報の棚、この数日間で整理された真実へのピースたち。迷うことなく引き戸を開け、用いて道を切り開いていく。
しかし、助手の多摩川には理解が追いつかず、問いかけた。
「でも被害者のSNSの更新から考えて、亡くなったのは3月2日になったんですよね?」
加えて、アナフィラキシーショックでの死亡鑑定の結果も含め、その日とされている。
「いや恐らく警部は何らかの方法で大西さんのSNSを自身が使える様にしたんです。実際の犯行時刻は恐らく3月1日いや、防犯カメラを恐れ、念のため少し早めの2月28日の可能性があります」
そしておそらく死亡時刻を遅らせるために何か使用したと思われる。だが、もう遺体はないため断定することはできない。この不利な情報は心にしまっておく。
それを知らない助手が防犯カメラの再チェックを要求しようとしたが、その日の記録は残っておらず証拠は掴めなかったとのこと。
「そんな…」
多摩川の表情から光が薄れていく。ここまでなのか…。そう悟った多摩川だが、話を進めたのは江藤だった。
「アリバイはどうだっていい。んなことより、俺はどうやって彼女を殺したんだ?寝ている被害者の所へ蜂を放ったってか?」
「いえ、おそらく、蜂から毒針を抜き取り、直接刺したと思います」
「なぜそう思う?」
この江藤の問いに対し、さっきまでとは打って変わって弱々しい声で答えた。
「その方が確実だからです。証拠も根拠もありませんが…」
「ふん、頼りねえなあ。決め手に欠けてるぜ」
「そうですね」
江藤の姿がより大きく見えてきた。が。
「けど」一度呼吸を整え、発した。
「けど、第三の事件で、これは連続殺人と思いました」
「なぜだ?」
「第三の被害者、玄田武政さん。龍之介くん。彼の状況は覚えてるかい?」
「はい。酔ってた所を浴槽に沈められた事件ですよね。結局容疑者無しで終わってしまいましたが」
「それです。ではこの一連の事件が繋がった理由をお教えしましょう。それは名前です」
江藤の表情は変わらない。不思議そうな表情で多摩川は聞いた。
「被害者の名前に共通点があるんですか?」
「ああ。四聖獣は知ってるかい?」
「はい。青龍、朱雀、白虎、玄武…」ここまできてようやくピンと来た。
「そうか!」
「その通り」
「大西琥珀さんには白虎の虎の字が。雀宮朱音さんは朱雀の文字、玄田武政さんには玄武。そして僕の名前は……」
龍之介の背筋が凍った。ついさっき感じた殺意と恐怖が蘇ってきたのだ。
青ざめる助手の肩を抱き、大丈夫。と囁いた。
そんな…。なんでですか!?なんで四聖獣なんですか?」
「どうでもいいだろ、そんで玄田武政殺害の根拠はなんだ?」
「どうでもいいって……」
まるで視界にいるのは金田だけのように、多摩川の言葉は入ってこなかった。ただ真っ直ぐに探偵が紡ぐ次の展開を待っている。
金田の方は、チラリと助手の方を窺ったものの正面の男へ視線を戻した。
「その根拠は、玄田さんの当時の状態、そして六郎くんが言った事です」
「六郎の…?なんだそれは」
「あなたが酒気にあてられただけで酔っ払ってしまうことです」
「なるほど」感心したのか口角が上がる。
「そして例の遅刻した日。それは犯行の翌日なんでしょう?」
この一言に、フッと声を漏らして笑う。彼自身、この推理ショーを楽しんでいるようだ。
対照的に苦しい表情の金田。徐々に犯人を追い詰めているにも関わらず。
一間おき「龍之介くん」と言い、視線を移す。
「玄田さんの爪から誰のものか分からない皮膚片が見つかったの覚えてかい?」
「はい。じゃあその皮膚片と警部のDNAを照合したら真相が分かるってことですね!」
迷探偵がついに王手をかけた。その興奮から少し早口になってしまう。それに対し探偵は力の入った言葉で肯定した。
あとは江藤が全ての罪を認めればいいだけ。多摩川はそう思い犯人を見た。すると彼はまだ余裕の表情を浮かべ、お見事とでも言う風に拍手を送った。
「だがなあ。仮にDNAが一致したって他の事件とは無関係だとは思わねえか?お前の言う名前の共通点だけじゃ弱いぜ」
そうだ。玄田の事件とついさっき未遂に終わった事件の犯人が江藤だったとしても大西と雀宮の事件に関しては未だ決定的な証拠を掴めていない。金田の提示した内容的には江藤が全ての犯人のはず。だが再び推理の行き止まり。額に悔しさを刻み探偵の背中を見る。
助手の狼狽を感じたのか彼はあえていつもと変わらない調子で答えた。
「じゃあこれならどうですか? 龍の介くん」
ビシッと向けられた人差し指に脈が上がる。
「雀宮朱音さんの現場にあった文章、覚えてるかい?」
「えっと、確か…」夜空に目をやり記憶を起こす。
確実なのは手帳を確認すること。しかし穴の空いた、それに血のついたメモは見たとおりご臨終だろう。期待はできない。
「こんな世界はもう嫌だ。私は死にます」
意外にもすんなり言葉が出てきてくれた。事件を調べている時に何度も読み返して、謎を解こうとしたからだ。自信をもって告げた助手に「うむ」と頷くと続けて聞いてきた。
「もう一つは?」
これも既に思い出している。この事件で全く触れられることのなかった言葉たち。
「エゴなんだ全て。当の本人が決めた事に。真意もなく。一縷の望みも無いまま攻撃される。老害はあんたらだ!」です。
一言一句違えてはいないはず。それほどまでに読み込んでいた自信はある。
迷探偵とは呼んでいるがいつも金田の力になろうと自分にできることをしてきた結果だ。
言い終えると、金田の目がいつもより優しくなっていた気がした。「よく覚えていたね」と褒めているように。
視線を交わした後、探偵は犯人を向いた、そして。
「なぜ自らこんなものを打ったんですか?」
「なんのことだ?」変わらず挑発的な口調で聞き返す。自分からは認めない様子だ。
「あくまで僕を試すんですね」
内ポケットに手を入れ携帯を取り出す。開いて画面に例の文を打ち込む。そして不要な部分を削除していく。
「簡単ですよ。文の頭文字を繋げると…」
"エ 当 真 一 老"="エトウシンイチロウ"
「ホントだ」多摩川が唸る。
「簡単過ぎて逆に分からなくなりましたよ」
「流石だ」
「もういいでしょ。教えてください。なんでこんなことをしたんですか?」
ゆっくり煙草を吸い込み吐き出す。そして地面に落とし足で踏み消す。足元には10本近い吸殻が溜まっていた。
壁から背中を離し、数歩進み真正面から探偵に向き合う。その時、金田は初めて江藤の瞳に宿る憂いをみた。
「お前の面子を潰したかった」
小さくそう告げた。それから自虐ぎみに笑い続けた。
「記憶力も良くて色んな所に目がいって、鼻がきく。天才高校生探偵なんて呼ばれて、事件に首突っ込むようになってから俺の仕事は減る一方さ」
一言一言丁寧に紡いでいく男の話を二人は黙って聞いていた。
ポケットからまた煙草を取ろうとしたが、悴んだ手が言うことを聞かず箱とライターはアスファルトを跳ねた。
2、3度バウンドしたライターが金田の足元に着いた。拾い上げ持ち主の元へ足を進める。点火し差し出す。その火をもらい、煙を吐き出す。受け渡しを終えると再び壁にもたれた。
「お前の引き立て役でろくに出世もできない。そんな状態が何年続いたか…」
誰に言うでもなく、ただ空へと想いを投げた。数秒間、眺めていたが、夜空は変わらず漆黒を広げ、その中に星を散りばめている。
不意に金田の後ろの人物へ視線を飛ばす。
「おい助手くん」
閉口したまま見つめる多摩川に笑いかけ。
「知ってたか?こいつ、マジで名探偵なんだぜ」いつもの、調子の良い口調で言った。
その間も二人はただ江藤を見続けていた。
「色々気付けちまって空回りすることもあったが、それでも、こいつの目の付け所には誰もが舌を巻いた。そんなお前がいつからか憎くなった」
だからかもな、と続けた。
「容疑者も動機もない事件を起こして、お前の地位を奪ってやろうと思った」
「じゃあなんでヒントをくれたんですか?」
「わからねえ。なんでだろうな」俯き、黙り込んでしまう。
「多分、怖かったんじゃないですか?」多摩川が呟く。
「怖かった?」
「そうです。目論見通り事件が迷宮入りし、誰からも裁かれることがなくなる。そしてその後何十年もの間、人を殺した罪を背負って生きていくことが怖かった。助けて欲しかったんだと思います」
噛んで含めるように言った助手の言葉に江藤は納得したように頷いた。そして自嘲を含んだ笑みをこぼし頭を掻く。
「あの時の俺はどうかしてたぜ」
「その時自分を見失わない為の何かがあれば…」
「ああ…そうだな」
4
「六郎さん、大丈夫ですかね?」
江藤の逮捕から1週間が過ぎた。その間は簡単な依頼が来ただけで平穏に過ぎていった。
探偵たちは今朝も依頼達成の報告と報酬を依頼主からいただき、事務所で午後のティータイムを楽しんでいた。
珈琲のお替りを淹れながらソファで新聞を読んでいる金田に聞いた。
「最初はショックを受けていたが今は元通り以上だ」
「元通り以上ってなんですか?」
「立派な刑事になって江藤さんの分まで頑張るんだ、って意気込んでたよ」パサっと置き笑顔で告げる。
多摩川の持ってきた2杯目を口に含む。インスタントだが嫌いではない。
「なら良かったです」と呟き多摩川もカップを口に運ぶ。彼の2杯目はアールグレイだ。ふう、と一息つくと探偵に笑顔を向けた。
「しかし、二郎さんってホントに名探偵なんですね。見直しましたよ」
「僕だったやる時はやるんだよ」得意げに胸を張る金田。この数日はこんな穏やかな日が続いている。凄惨な事件も起きていない。この町も、もうすぐそこまで迫った春を迎えようとしているのだろう。
多摩川がお茶請けの最後の一口を頬張った時、大きな音とともに春一番…ではなく、森六郎のハイトーンが部屋中に響いた。
「二郎さんーー!事件です。高架下で婦人の遺体が見つかりました!!」
「わかった、すぐに向かおう。行くぞ、龍の介くん!」
「はい、二郎さん!」
残ったお菓子を一気に食べ珈琲で流し込み、ソファの背に掛けた上着を手に取る。多摩川も紅茶を飲み干し玄関へ向かう。
現場へ向かう道は日に日にカラフルになっている。自然の色彩が視線の端で虹のように変化していく中、指揮を高めるべく探偵が叫んだ。
「真実は、いつも1つ!」
「それ言っちゃダメなやつーー!!」
金田の発言を塗り潰すかの如くシャウトした後、プッと吹き出した。ちょっと変わった雰囲気ではあるがこの名探偵にかかればどんな事件も解決してくれる。頼りにしてますよ、二郎さん。心の中で呟き駆けていく。
そんな助手の心中を察したのか瞳に熱を宿す。キラリと光る目で真相を決して見逃さない。これが名探偵金田二郎の事件記録。の、ほんの一部。
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