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第五章 アンダーグラウンド

175.遠い日の記憶3

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 ヴァラロスが転移した先はまた真っ暗であった。心なしか呼吸が苦しい気がする。

(やっぱり転移したか。まずは状況確認……と)

「ライト」

 ヴァラロスは光の球を生み出すと天井へ向けて放り投げる。するとすぐに球の動きが止まった。どうやらそこまで大きな空間ではないようだ。
 光が行き渡った後に辺りを見回すと通路がない部屋のようだ。ただあるものとしたらくる時に使った魔法陣と部屋の中央にある人の背丈ほどの茶色く丸いぷるぷるした何かである。

「これは……なんか見たことがあるような……」

 ヴァラロスが考えていると一つの可能性に思い当たった。

「まさか……これスライムの核か……?こんなデカい核見たことがないぞ……それに、この色。普通のスライムじゃない?……なるほど。もしかすると、もしかするか?」

 ヴァラロスは持っていた剣を振り上げ、スライムの核と思われる物体を思いっきり叩き斬った。
 その瞬間ダンジョン全体が激しく揺れた。

グラグラグラグラ

「おいおいおいおい!ここ崩れないよな!?」

 激しく揺れる地面にヴァラロスが慌てふためく。予想が正しかったと言うことになるが思ったより反応が強かったことに驚いていた。
 しばらく揺れていたが揺れが次第におさまっていく。すると目の前にあった壁が溶けるようにしてなくなり2本の通路が現れた。

「やっぱ……このダンジョン自体がスライムの魔物だったのか。どおりで壁を傷つけても元に戻るわけだ。魔物の死骸もスライムの養分になってたってわけか。これで洞窟も元通りなはずだ」

 ダンジョンの内部を覆うほどのスライムが洞窟内の地形を変えていたようだ。それは哺乳類の腸のように広がり、触れた物からゆっくりと養分を吸収していたに違いない。すぐに吸収しなかったのはクモやコウモリの魔物と共生していたからかもしれない。他の魔物が倒したおこぼれを頂戴し、何も労せずに養分を吸収する。今思えばよく出来たものであった。

 そんなことを考えているとヴァラロスはふとあることに気付く。

「……しまった。地面が溶けて転移紋が消えた……戻れねえし連絡も出来ねえ……まぁ、ガレスならなんとなく分かってくれるだろ。さて、どっちに進むかな……」

 ヴァラロスが迷っていると前を向いている方の通路から冷たい風が吹き抜けてきた。それは外へ繋がっていることを意味する。

「……せっかくなら前に進むか。魔族領は初めてだがどんな感じなのか……」

 ヴァラロスは期待と不安半々に前へと進むのだった。






 一本道をしばらく歩くと外の光が見えた。とうとう出口に着いたらしい。そのまま外に出ると森の中のようだった。ダンジョンの中にどれだけいたのか分からないが辺りが暗くなり始めている。

「まいったな……森の中で野宿は勘弁してほしいんだが……」

『キャアアアアアアアアアアアアア』

「な!?人の声!?」

 突然人の悲鳴が聞こえてきた。その声は幼い女の子の様に思える。

『やだ!来ないで!?』

「おいおい!なんか不味くないか!?こっちか!」

 その声が聞こえる方へ急ぐヴァラロス。急ぐもなかなか見つけることができない。何かから逃げて移動している様だ。
 しかし、ヴァラロスが走り続けた結果追いつくことができた。そこには今まさに女の子に襲い掛かろうとしている魔物が目に映った。

シャアアアアアアアアアアア!

「いやあああああああああああ!」

「蜘蛛の魔物!?ダンジョンから出てきたのか!?……アイスランス!!」

ギシャアァァ……

「うっ……!けほっけほっ!」

 ヴァラロスの魔法に貫かれ氷の槍が突き刺さったまま蜘蛛の魔物が硬直する。しかし、貫いた際に蜘蛛の体液が女の子の頭ににかかってしまった。

(まずい!あいつの体液は毒があったはず!飲み込んでると厄介だぞ!)

 急ぎ近寄るヴァラロス。蜘蛛の死骸を蹴り飛ばし女の子に駆け寄る。

「おい!大丈夫か……!?」

 その瞬間ヴァラロスは目を疑った。考えてみれば当然のことである。ここはどこなのか?なぜここに人がいるのか?少し考えれば分かることだ。

「……魔族……?」

 その子供は耳が長く魔族の特徴を有していたのだ。

「……ぅ……くっ……」

 目の前の魔族が苦しむ。その様子を見てヴァラロスは正気に戻った。

(バカか俺は!魔族とはいえこんな子供が苦しんでるんだ!魔物に襲われてたって事は使役してるわけじゃ無さそうだし……まず助けないと!)

 ヴァラロスは急いで荷物から解毒薬を取り出すと目の前の女の子へ差し出す。

「飲めるか!?」
「ん……はぁ……くぅ……!」

(自力ではダメそうだな……)

 ヴァラロスは女の子の上体を起こし解毒薬を飲ませた。幸い苦しんでるものの意識はある様で解毒薬を飲み込めている。
 解毒薬を飲み干したところでヴァラロスは静かに女の子を地面に寝かせる。あとは解毒薬が効くのを待つだけだ。

 ダンジョンの魔物の情報はあらかじめギルドから聞いていた為、コウモリの魔物も蜘蛛の魔物も毒があるとこがわかっていた。
 蜘蛛の毒は急激な目眩と吐き気、倦怠感が襲ってくる。噛みつかれたら発症するが、倒した時の蜘蛛の体液をのんでも発症する。むしろ体液は濃縮された毒が混ざっておりより危険である。
 コウモリの魔物も同様に噛みつかれると毒がある。こちらは神経毒のようで身体が痺れ力が入らなくなり動けなくなる。
 どちらも一度くらってしまうとすぐ他の魔物の餌食となってしまう為脅威であった。
 その為それぞれの解毒薬をいくつか用意していたのである。

(用意しておいてよかった……まさか魔族に使うとは思わなかったが……ん?魔族に解毒薬効くのか……?)

 一瞬そんな不安が頭をよぎったがすぐに杞憂だと分かる。

「……すぅ……すぅ……」

(ちゃんと効いてそうだな。……暗くなっちまうが、闇雲に歩くよりこの子が起きてからここらのことを聞いたほうがいいだろう。……町とかあるのかなぁ……)

 ヴァラロスは不安になりながら女の子が回復するのを待つことにした。
 辺りが暗くなった為程よい広間を見つけ魔法を使い火を起こす。女の子を抱き抱え近くへ運び、焚き火で辺りを明るくしながら暖をとるのだった。



 すっかり辺りが暗くなった頃、ヴァラロスが周りを警戒する。いつまた魔物が襲いにきてもおかしくはないのだ。
 視覚に頼れないため耳を澄ませ周囲の物音に集中していると軽いうめき声が聞こえる。どうやら女の子が目を覚ましたようだ。

「ん……ここは……?」
「よう、具合はどうだ?」
「あ……」

 その女の子は先程までのことを思い出したのか青ざめていた。しかし、すぐに気を取り戻しヴァラロスへ向かい合った。

「あの、さっきはありがとうございました。もうダメかと思ってたから……助かりました」
「まぁ……なんだ。俺ももうちょい早く追い付いてたら毒を浴びずに済んだだろうし……苦しい思いさせて悪かったな」

 ヴァラロスがそういうと、目の前の女の子は一瞬何を言ってるのかといった様子でキョトンとしていた。だが、すぐに毒を受けたこと、解毒薬を飲ませてもらったことを思い出し慌てて手を振る。

「い、いえいえ!むしろあそこで助けてもらえなかったら私は今頃ここにはいないので……本当にありがとうございました。貴重なお薬までいただいてしまい……どうやってお礼をすればいいか……」

 女の子が困っているとヴァラロスが呆れた様に頭をかきながら話し始める。

「あのなぁ、子供がそんな事考えなくていいんだ。助けてもらったらありがとう。それだけで十分だ」
「でも……」

 納得がいかない様子の女の子。それを見たヴァラロスは話を続ける。

「それなら俺からもお願いがある」
「お願い……ですか?」
「もともと頼むつもりだったんだが、お礼がしたいって言うんだったらここらの町に案内して欲しい。ちょっと道に迷ってな。場所は分かるか?」

 ヴァラロスの話を聞いて女の子は辺りを見回して少し考える。

「……たぶん、ここなら道がわかると思います。途中必死に走ってたから随分森の奥に来たけど……案内はまかせてください」
「そうか。なら心強いな」

 ヴァラロスはそう言うと女の子に手を差し出す。

「ヴァラロスだ。道案内よろしく頼む」
「私はシーナ。よろし……く?」

 ヴァラロスが手を出し、シーナが握り返そうとした瞬間、焚き火の灯りがヴァラロスの耳を照らす。

「っ!?」

 思わず手を引っ込め飛び退くシーナ。その顔には驚きと困惑が見てとれた。

「ひ、ヒト族!?」
「あー……そうだ」
「えっ、だってヒト族って……」
「助けたのが意外だったか?」

 ヴァラロスの質問に素直に首を縦に振るシーナ。魔族にとっては争っている敵である。そんな敵が自分のピンチにさっそうと現れ助けてくれたのだ。困惑するのも無理はない。

「まぁ、助けられる人がいるんだったら助ける。それだけだ」
「……それが魔族でも?」

 シーナは恐る恐るヴァラロスに聞いた。先程までの言動から嘘は言っていない。ただ、どうしても確認しないわけにはいかなかった。
 しかし、ヴァラロスの答えにシーナは混乱する。

「……わからん。がそうらしい」
「え?」
「助けた時は魔族だって関係ないって思って助けた。それは間違いない。ただ、もし目の前にいたのが子犬とかだったら、果たして助けただろうか……」
「えっと……私は子犬じゃないよ?」

 シーナはヴァラロスが何を言おうとしてるのかがよく分からなかった。
 首を傾げてヴァラロスを見る。その様子をみたヴァラロスは優しい顔をして話し始めた。

「俺たちヒト族は魔族が敵って教わってきたんだ。魔物を使役してヒト族を襲わせる悪だってな」
「そ、そんなことしないよ!?」
「わかってる。今のシーナを見てればな。だからこそ不思議だったんだ。今までの俺にとって、生き物はヒト族とそれ以外って感じて思ってた。だからヒト族が襲われてたら助けるし、子犬が襲われてても無理して助けようとはしないだろう。それが野生に生きるって事だから」
「……」

 シーナはヴァラロスが何を言おうとしたのかをなんとなく理解した。それでもちゃんと聞きたくてヴァラロスの言葉に耳を傾ける。

「……でも、その俺にとって常識だったものが簡単に覆っちまった。……魔族もヒト族となんらかわらねぇんじゃないかって。……正直、まだ魔族ってやつを何も知らない。だからまた助けるかは分からない」
「ふふふ……」
「む。何がおかしい」

 ヴァラロスの話を聞いてシーナは笑い出した。真面目に話していたところを急に笑われたので少しムッとするヴァラロス。それもわかっているのかシーナは手を振り笑いながら謝る。

「ごめん。でも、ちょっと嬉しくて」
「嬉しい……?」
「ちょっと手を前に出して?」

 シーナに言われるがまま手を前に出すヴァラロス。すると、シーナはおもむろにヴァラロスの手のひらをつねった。

つねっ

「……痛いんだが」
「うん、痛いよね。同じ様に痛いんだなって」

 シーナも自分の手のひらをつねりながらそう言う。ヴァラロスは何がしたいんだと言わんばかりの困惑した顔をしているがシーナはお構いなしと話を続ける。

「私も同じだったんだなって思って。私ね、ヒト族ってすごく怖い生き物なんだって思ってた。でも、ヴァラロスと話してみてそんな事はなかったんだなって思ったの。……ただ、お互いに知らないから怖かっただけなんだなって。知らないから怖い。怖いから知りたくない。知らないから相手の痛みもわからない。相手の痛みも知ろうとしない。そんな感じだったんだなってわかった。話し合えば何も怖くないんだってね」

 シーナはそう言うとにっこり笑いかけてきた。それを見たヴァラロスは頭をかきながら答える。

「まぁ、そこは同意だ。お互い知ろうともしなかったからこんな事になってるんだろうな。ヒト族の中でも争うはあるし、悪い奴もいる。……本当に何も変わらないだろうな」

 ヴァラロスは答えながら遠い目をする。それは、まるで過去に思いを馳せている様であった。

「はい」
「……ん?……あぁ」

 突然手を出してきたシーナ。それをみたヴァラロスは一瞬不思議に思ったがすぐに思い当たり手を握る。

「改めてよろしくね。ヴァラロス」
「こちらこそよろしく。シーナ」

 2人は改めて挨拶を終えるとシーナの案内に従って夜の森を歩き始めるのだった。
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