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第四章 王都防衛戦

148.自覚

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 2人が戦場に到着する少し前、エイシェルとアリスはドラゴン目前に休んでいた。





『……まぁ、あんなの見たらそうなるわね』

「おれですら結構くるものがあったからな……」

「うっ……おぇぇ……」

 ドラゴンが目前に差し掛かったところで冒険者の遺体が増えてきたのだ。最初こそ耐えていたアリスだったが切り裂かれ臓物があらわになった遺体を直視してしまい気分が悪くなり吐いてしまった。
 そんなわけで戦える状態ではなくなってしまった為、今は建物が残っている場所へ移動して気持ちを落ち着かせている。

「アリス、大丈夫か?」

 エイシェルがアリスの背中をさすりながら声をかけるがアリスは首を横に振る。どうやらまだ気持ち悪いようだ。
 この状態のアリスを置いてエイシェルだけ戦いにいくわけにもいかない。エイシェルはアリスの背中をさすりながらそばについているのだった。





(ここまで来てこんな……!……こんなにも怖くなるなんて!!)

 アリスは先程まで周りに横たわっていた冒険者達と自分達を重ねてしまったのだ。
 祖竜との戦いでもそうである。一歩間違えれば自分達も死んでいた。そこらに転がっている"もの"と同じ運命を辿るところだった。それを自覚した瞬間から自分でもよく分からない程、急に怖くなってしまったのだ。

(この調子で戦うときっといつか死んじゃう……フラムとフルームがついてきたいって言った時に覚悟を聞いておきながら、わたしがこんなんじゃどうすればいいのよ……)

 アリスが今まで目を背けてきたものである。常に死と隣り合わせでいたが今まで犠牲者はいなかったのだ。なんだかんだ上手くいく。そんな甘い考えが生まれていた時にこの光景である。アリスにとって地獄絵図と言っても過言ではない。いきなり現実を突きつけられショックを受けてしまったアリスは自分の気持ちが整理できずにいた。

『……これは、私がこの子の中に戻った方がいいかもね。感情がコントロール出来なくなってる。このままだとフラムとフルームが危ないだろうし』

「えっ…….?」

 アリスは突然出てきたふたりの名前に疑問を浮かべる。いつものアリスなら簡単に辿り着いくはずの答えに辿り着けずにいた。それはまるで雲がかかった迷路に迷い込んだようにいろんな感情が考えることを邪魔してくる。

「……こんだけ暴れてんだ。ギルドにいたふたりはもう戦ってると考えた方が自然だ。フラム達だけじゃない。フェルスさんやアイトネさん達も街を守ろうと戦うはず」

 こんなにも簡単なことになぜ気づけなかったのだろう。エイシェルの言葉を聞いたアリスの顔から血の気が引く。アリスの中にある感情は恐怖で支配されていた。

「そんな……はやく……早く行かなきゃ!?……でも行けばエイシェルもわたしも死んじゃうかもしれない……!」

(そんなのはわかってる!今までもそうだった!本当は今すぐ行かなきゃいけないのに……なのに!なんで……!)

 普段のアリスであればこんな弱音は吐かなかっただろう。言った本人のアリスでさえ自分が発した言葉を信じられなかった。

『……もう限界ね。名残惜しいけど私は戻るわ。……私達が魔法を無くそうとした理由だけど……』

 魔王が箱の役目を終わらせようとした瞬間、ドラゴンがいた場所に大きな黒い火柱のようなものが立ち上った。

『……あれは………….まさか!?』

 魔王は黒い火柱を中心に広がるドラゴンから魔力が溢れ出ている。今まで感じていた魔力とは比べ物にならないほどの魔力を感じた。
 黒い炎が収まるとそこには巨大な生物がいた。遠くにいても分かる。見たことがない人でもきっと分かるだろう。そこにはドラゴンの成体がいた。

「あれは……ドラゴン!?ドラゴンの成体じゃないか!?」

 エイシェルも遠目に見えるその姿に驚きの声をあげる。前に倒した幼体とは比べ物にならないほどの威圧感があった。

 ……このままではいけない。フラム達が心配になったエイシェルはなにか方法がないかを考える。
 アリスを置いて戦いに行くか?……それはダメだ。もしみんなを助けられたとしてもアリスがこれからずっと負い目を感じて生きる事になってしまう。そうなればきっといつものような明るく元気なアリスは失われるだろう。
 それではどうするか?魔王の言う通りアリスの中に戻ってもらって冷静になってもらうか?……もし冷静になったとしても一度味わった恐怖はなかなか拭えないだろう。そんな状態で戦いに行けば逆に危ない。
 なんとかしてアリスを元気付けられればいいのだが。

(どうすればアリスを元気付けられる?……ただ励ますのは逆効果だ。アリスだって本当はわかっているはず。……死を怖がってるんだよな……たぶん。自分だけじゃなくて身近な人も含め)

 その時、エイシェルは祖竜にやられそうになった時を思い出していた。エイシェルは自分の命よりもアリスと一緒にいることを考えていたのだ。アリスをひとりぼっちにさせなかった事を幸いと思い、死んだとしても来世でまた一緒にいる事を願う。
 その感情は唯一無二である。エイシェルははっきりと自覚したのだ。
 そして洞窟での出来事も思い出す。エイシェルの胸のつかえが取れたあの言葉。エイシェルが救われたあの言葉が蘇ってきた。

(……なんだ、簡単な事じゃないか)

 その瞬間、今までエイシェルの中にあった迷いがなくなった。それだけでなくある覚悟が生まれる。

『エイシェル!今から魔法を無くす理由を話すからよく聞いて!』

「断る」

『私が魔法を……ってなんでよ!!?』

 魔王がアリスの中に戻ろうと昔の質問に答えようとしたがエイシェルは断る。今戻られては逆に困るのだ。
 ぐちぐち言う魔王を無視してエイシェルがアリスに話しかける。

「なぁ、アリス」

「ぅぅ……なに……?」

「前に言ってくれたよね?お互いのことをよく知って、お互い助け合おうって。あの時、おれは救われたんだ」

 アリスは前に聞いた気がするがなぜ今そんなことを言うのか?といった顔をしてエイシェルの話を聞く。

「今のアリスは自分が死ぬこと、仲良くなった人が死ぬことを怖がっている。そうでしょ?」

「そう……ね。情けないけど怖くて怖くて仕方がないの!……身体が震えて立つことさえ出来ないわ……!」

 アリスはエイシェルの質問に素直に答えた。どれ程までに恐怖を感じているのか。自分でもよく分からなかったものがスッと言葉として出てくる。それを聞いたエイシェルは覚悟を決めて宣言した。

「それなら心配しないでいい。……アリスはおれが守るから!」

「はぇ……?」

「アリスが助けたいと思った人もおれが助ける。……だから何も怖いことなんてないんだ。……アリスは自分がどうにかしなきゃって思ってるかも知れない。確かにそれだけの力がある。力がある普通の女の子なんだ。……だから、おれを頼ってくれ。おれじゃなくてもフラムやフルームでもいい。みんなアリスに頼られたいんだから」

 エイシェルの宣言を聞きアリスは複雑な気持ちになった。自分が言った事だ。そんな事は分かっているのだと。仲間を思う気持ちはみんな同じだ。望むもの全てを助けるなんて都合のいいことは出来るとは思えなかった。

「……みんなを守るって……御伽話の勇者じゃないんだから……」

 アリスは自分で言ってて気付いた。……そうか、そうだったな、と。

「できるさ、おれ、現代の"勇者"らしいから」

 アリスは何馬鹿なことを言ってるんだと思うものの、エイシェルの言葉に自然と笑みが溢れる。その隙を逃さずエイシェルが畳み掛ける。

「頼りないと思うのも仕方ないかもしれない。祖竜との戦いで自分の未熟さを思い知ったばかりだし。……でも、それ以上に自分の気持ちも分かったんだ」

「自分の……気持ち?」

「おれはアリスのことが好きだ」

「……ぇ……え?え?」

「愛してると言ってもいい」

「ち、ちょっと待って!?なんでこんな時に!?」

「こんな時だからだ。……祖竜にやられそうになった時に後悔しかなかった。この想いも伝えられず死ぬのかってね。ただ死ぬよりそっちの方が何倍も怖かったし悔しく思った。おれはもう後悔したくない。だから伝えられる時に伝えるべきだと思った。それだけだ」

「な、ななななな……!?」

 頭から煙があがっているかと錯覚するほどに顔を赤くするアリス。ただでさえ気持ちの整理がつかない状態なのにいきなりぶっ込まないでほしい。
 いきなりの告白に戸惑うアリス。しかし、アリスは戸惑いはしたもののまんざらでもないのだった。

「おれがキミを守る。……いつもの明るく元気なアリスが大好きだから」

「~~~!?」

 エイシェルがさらに畳み掛けアリスは頭が真っ白になった。そう、真っ白だ。そこには恐怖もなにもない。まるで新しいキャンバスが用意されたかのように。

『……感情が不安定になっているのを逆手に取ったってわけね。……人の心は負の感情だけじゃない。いい感情にも作用する。自分の心の痛みを知ってくれる。理解して助けようとしてくれる。そんな人が現れたら……ね?』

 惚れてしまう。魔王が最後まで言わなくても分かりきったことだった。

 そんな状態でのエイシェルの言葉はアリスの心を支配するには十分すぎた。

「ずっと一緒にいてくれるか?」

「ぁぅ……………………はい」

「ほんとか!?」

 エイシェルは思わずアリスを抱きしめる。エイシェルとて内心ビクビクしていたのである。
 告白する覚悟を決めたとはいえ、どう反応するかはアリス次第だ。場合によっては関係が悪化してしまう。そんなリスクがあったにも関わらずエイシェルは告白したのだ。

 アリスを抱きしめた時エイシェルは体に痛みを感じた。どうやら嬉しすぎてアリスのことを強く抱きしめすぎたようだ。

 「あぁ、ごめん痛かったな。相手の痛いのが分かると加減ができるからいいな」

 エイシェルがそう笑いかけるとアリスはとんでもないことを言い出した。

「……もっと強く抱き締めて?どんなに痛くしてもいいから。……生きてるって感じたいの……」

 アリスの目がとろんとしている。そんな目で言われてしまうと今度はエイシェルの理性が吹き飛びそうになる。

「あ、アリス……!?」

 もう理性なんて捨ててもいいかなとエイシェルが暴走しかけたその時、大きな声が飛んだ。

『お前ら状況を考えろよ!!!?』








 魔王の説教で落ち着きを取り戻したふたりは顔を真っ赤にしている。ただ、その顔はどこか満足そうで不安なんてものは感じられなかった。
 そこでエイシェルが改めて問いかける。

「おれが守るから。一緒にみんなを助けに行こう」

「えぇ!……さっきはごめんなさい。もう大丈夫。わたしはもう迷わないから」

 アリスが答えるとエイシェルは満足そうに頷く。そしてふたりはブレスを吐き続けるドラゴンの元へと急ぐのだった。






 ドラゴンの元へ近づくにつれて冒険者の遺体がそこら中に見られる。しかし、今のアリスはもう迷わない。
 亡くなってしまったのは悲しいしどうでもいいなんて思わない。せめてこの死が無駄にならないようにと願うのだった。



 ふたりが戦場に到着した頃、ドラゴンは空を飛んでいた。あろうことかフラムが襲われていたではないか。助けに入ったであろうフルームも気絶しているようだ。
 そこでドラゴンが下にいる他の人たちを襲おうとしているのが見える。そして、限界を迎えているはずのフラムがみんなを助けようと最期の魔力を使おうとしているのが分かった。

 それはいけない!エイシェルとアリスはそれぞれの役割をなにも言わなくても理解して行動していた。

「大丈夫だ」

「え……?」

 エイシェルはフラムに魔力を使わさないように声をかける。エイシェルを見た時フラムは驚いた顔を浮かべている。しかし、その顔はすぐに安心したそれへと変わるのだった。

「アースウォール!!」

 魔法を唱えるアリス。ドラゴンのブレスからみんなを守るように魔法を使う。
 仲間に命の危機が迫っていた。それはこの場を見れば分かるだろう。エイシェルは少しだけ心配になりアリスへ問いかける。

「アリス、もう大丈夫か?」

 するとアリスは力強く答えるのだった。

「えぇ。……遅くなってごめんなさい。あとは任せて!」
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