上 下
126 / 201
第四章 王都防衛戦

126.推測

しおりを挟む
「おれが勇者……?」

 魔王の答えを聞いたエイシェルはわけがわからなかった。確かに勇者ならば勇者の魔法が使えるだろう。知りたいのはその先だ。なぜエイシェルが勇者になってしまったのか。
 混乱する様子のエイシェルを見て魔王が捕捉した。

『落ち着いて、あくまで推測よ。正確なことは分からないって言ったでしょ?でもそれが一番しっくりくるのよ』

 魔王は少し思案した後自論を展開する。

『憶測だけど、たぶん魂にはシリアルナンバーのような一意な情報があるんだと思う。そして、その情報に勇者がついてくる。という感じなのかなと。そして、ジェミニって双子じゃない?一卵性の双子は遺伝情報が同じなのよ。同じことが言えるんなら、つまりジェミニの魔法で魂がコピーされたものがあなたという存在なのかなと。それならあなたが現代の勇者なのと、あなたの中にあいつ、元勇者がいるのも納得ができるわ』

 魔王は思いついたことをばっと話した。魔王としてもずっと考えていたことだ。なぜ魔王と勇者だけでなくアリスとエイシェルの魂もあるのか。考えたところで先程の仮説がとてもしっくりくる。ジェミニの魔法も全ての効果を知っているわけではない為、魂を複製するような隠れた効果だってあってもおかしくはない。魔王はそんなことを考えて整理しながら話していた為エイシェルのことを考える余裕がなかった。

「……えっと、しりある?いちい……?いちらんせい……?」

  自身の存在についてという重要そうなワードが出てきたが、エイシェルは全くついていけなかった。
 魔王はエイシェルが全く分かっていなさそうな事に気付き慌てて説明した。

『えーっと、そうね、分かりやすく言うとあなたは勇者の双子の弟のようなものなの。双子の弟だから勇者の魔法を使えるのよ』

 かなり雑な説明になってしまったが仕方ない。エイシェルがどの程度理解出来るのかが分からない為、若干ニュアンスが異なるが子どもでも分かるような表現を取らざるを得なかった。
 ……と言うのも説明がめんどくさいのだ。恐らくエイシェルたちは根本的に"基礎"が足りていない。魔王が最初に話した内容を理解させるにはそれまでに説明しないといけないことが多すぎるのだ。
 一方、エイシェルは魔王の説明によく分かっていない表情を浮かべるが、そういうものなのだろうと無理矢理納得するようにした。これ以上聞くとしつこいと言われるのではないかという不安が過ぎったからだ。エイシェルにとって質問を繰り返す行為は半ばトラウマになっていた。

 しばらく無言で時間が経ったところでエイシェルはひとつ聞き忘れたことを思い出した。

「そういえば、勇者の魔法に弓が上手くなる魔法ってないのか?」

『弓?聞いたことないけど……たしかにあいつも弓の扱いが異常に上手だったわね……』

 勇者と敵対していた頃を思い出した魔王。その腕前は素直に賞賛に値するレベルの腕前であった。どんな距離でも矢が届く距離であれば狙った的を射抜くのだ。その精度は百発百中と言ってもいい程である。

「そうか……でもそれならきっと何か関係があるんだろうな」

 エイシェルは魔王の話を聞いて弓が急に上手くなったのは勇者の魔法のおかげなのだと確信する。考えてみればいままでいくつも勇者の魔法に助けられた。すぐに試すわけではないが他の魔法についてもきちんと調べて使いこなせるようになろうと密かに思うのだった。
 そんなことを考えているエイシェルの顔はキリッとしており魔王からみてもとても頼もしく見えた。

(いい顔してるわね。あの子ちょろいけど人を見る目はあるってことかしら?)

 魔王がそんなことを思っていると、ふといたずらをしたくなってきた。そこで、そうだと言わんばかりに魔王が話しかけてきた。

『そういえばエイシェルはあの子に言って欲しい言葉とかないの?』

「突然なんだ?質問の意図がよくわからないんだが……」

『だって私の声あの子と一緒でしょ?何か言って欲しいセリフとかないのかなって。今なら特別にどんな言葉でも言ってあげるわよ』

「そんなこと言われてもな……」

 魔王の提案にパッとしない様子のエイシェル。アリスはアリスであり、魔王は魔王と割り切っている為そんなこと言われても何が良いのか分からなかったのだ。……この時までは。

『……別に、みんなに対して無防備なわけじゃないもん』

「そ、それは!?」

『エイシェルが後ろ向きたくないんならそれでも良いよ?』

 少し前にアリスが暴走した時のセリフをまんま再現する魔王。エイシェルはアリスが暴走した為と割り切って、気にしないようにしていた。だが、アリスの声で、しかも口調までアリスに寄せて再現されると気にならないわけがない。
 そんなわけでエイシェルは魔王の術中にハマるのだった。

『ねぇ、どうする?』

「ど、どうするも何もアリスがここにいるわけじゃないから……」

『あー!いたら見る気だったんだ!エイシェルのえっち!』

「ち、ちがっ!?そういうつもりで言ったんじゃない!」

『じゃあ見たくないの?……ふーん、私の身体に興味ないんだ……』

「いや、そんなことは……って何言ってんだおれは……」

『ふふふ……素直でよろしい!……見せるのはエイシェルだけだからね?』

「お、おぅ……(ごくり)」

「なにしてるのよおおおおおおお!!?」

 魔王がノリノリで演じていると乱入者が現れた。お風呂上がりのアリスが顔を真っ赤にして部屋に飛び込んできた。



 部屋に飛び込んできたアリスは浴衣を着ておりとても涼しげで……いるが慌てて入った為少し着崩れていた。その姿を見たエイシェルは目を見開いて驚く。先程の魔王との茶番もありかなり意識してしまっているのか、エイシェルにとってアリスの姿は視覚的暴力と化していた。

「っ!?み、みんなが戻ってきたならおれは風呂に行ってくる!!」

 エイシェルはその視覚的暴力に耐えられず部屋を飛び出して行った。

「逃げたね」

「逃げたわね」

 アリスの後ろから遅れて部屋に戻ってきたフラムとフルームが飛び出したエイシェルとすれ違う。ふたりは顔を真っ赤にして飛び出したエイシェルと着崩れて所々怪しいアリスの姿を見て納得するのだった。
 肝心のアリスはそんなことを気にする余裕もなく魔王へ説教をしていた。
 昨日、魔王が仲間になったばかりだというのにアリスと魔王の言い争いが何回あったか。アリスを除く3人は早くもこの状況に慣れているのだった。



「まったく……わたしの声を悪用しないでよ……ましてやわたしの声でエイシェルを誘惑するなんて…….」

『悪かったわよ。つい魔が刺したの。……ただ、誘惑うんぬんは自分の姿を見てからにしたら?』

「え?」

 アリスは部屋に置かれていた鏡で自分を見た。そこには浴衣が着崩れており、いろいろあぶない姿のアリスがいた。

「なっ!?な……な……」

「走って行くから……」

「だ、だって……早く謝ろうって思ったから」

『エイシェル顔真っ赤にしてたわね』

「もしかして色々見えてた?」

「っ!!!?……もうお嫁に行けないよ……」

「……嫁ぎ先だから問題ないんじゃ」

「そういう問題じゃない!!というか嫁ぎ先って何よ!?」

 結局、エイシェルが風呂から上がり戻ってくるまで騒ぐ女性陣。戻ってきたエイシェルにアリスが顔面ぶつけたことを謝ってその場を終わらせるのだった。
 その後何事も無く男女で部屋を分かれて就寝する事になった。フラムとフルームが冗談で言っていたアリスをエイシェルの部屋へ送る話は自重された。
 というのも魔王が悪ふざけをしたせいでアリスが凹んでいるのだ。ここで追い討ちをかけるのは流石に可哀想であるとフラムとフルームはアリスを元気付けることに専念するのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...