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第三章 王都への旅

49.帰路

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エイシェルとアリスは案内所を出ると馬車を探し歩いた。

「しかし、あんなに高いなんてな……。これは陸路濃厚かな」

「そうね……あぁ……船旅……ちょっと憧れてたんだけどなー……」

アリスの父親が毎回乗ってくると言っていたので、いつか自分も乗りたいと思っていたのだが、現実は厳しかった。

「お金が急に降ってくるような事がないと無理かな」

「そうよねー」

陸路であれば今の手持ちの資金で行けるはずである。そのため、2人は陸路で行くことに決めた。
そうと決まれば、早くギルドに戻り依頼の完了報告をして出発しなければ。
そう思い馬車を探すのであった。



馬車は思いの外簡単に見つかった。
どうやら魔物が出る噂を聞いて移動を躊躇っていた人が多かったようで、昨日メルカが魔物の亡骸を持ち帰ったことで安全になった事が知れ渡り、今日旅立つ人がたくさんいたのだ。

そのうちの1つに人を乗せてくれる人がいたため、ありがたく乗せてもらったのだ。
……1人あたり銅貨2枚ではあったが



帰り道はとても順調であった。行きで立て続けにトラブルがあったのが嘘のようである。
エイシェルとアリスは今回は護衛ではなくただの乗客である。そのため、気を張る必要もない。
心地の良い揺れであったことと、連日の疲れから移動中に荷台で揺られながら寄り添うように寝てしまった。




アリスが目を覚ますと日が傾きかけていた。

「ふわぁ……よく寝た……お?」

身体を起こそうとしたら隣から重みを感じる。
隣を見るとエイシェルが寄り掛かるように寝ていた。

(おぉ……!ち、ちかい……)

アリスは連日取り乱していたことで少し耐性がついていた。いつもならテンパってしまう場面だったが、少し冷静でいられるようになっていた。
……心拍数は相変わらずであるが

(……まだ会って4日なのに、すごく濃い4日間だったな……)

アリスはエイシェルの顔を見ながらここ数日を思い返していた。

(最初はわたしから話しかけたんだっけ?……ふふ、あの時のエイシェルってすごくぎこちなかったわね。……まさかパートナーなんて思いもしなかったわ……)

今思えば信じられない確率である。たまたま一緒に依頼を受けた人が探し人だなんて普通はあり得ない。
それこそ運命といえるだろう。

(そして、初めての依頼。山登りで疲れちゃってエイシェルに迷惑かけたっけ……。そのあと魔物に襲われて助けられるし……。でも、あの時のエイシェル、優しくて……かっこよかったな……)

弱っていた中でかけられた優しい言葉。もうダメだと思った時にちゃんと助けてくれる。
……そんなことされたら気にならないわけが無い。もっといえば……

(……料理も美味しいし……!)

アリスは胃袋まで掴まれていた。

(その後はメルカさんの護衛ね。……わたしたち、まだ2つしか依頼受けてないわね……)

ランクDに上がるためには依頼を20個達成する必要がある。冒険者としてはまだまだ先が長そうだ。

(フラムとフルームが加わって、道中楽しかったわね。また一緒に依頼受けられたらいいな……フラムの攻撃はちょっとやめて欲しいけど……)

フラムがことあるごとにアリスをからかうので、余計に調子が狂っていたのは事実だった。

(あとは、猿の魔物を倒して、ハクに出会って……あの時のことは今考えただけでも恐ろしいわ…………それに……)

アリスは猿の魔物との戦いやハクとの出会いを思い出し、ふと考えてしまった。

時々感じていたことだ。アリスは元々使えなかった魔法をあたかも最初から知っているかのように使っているのだ。
しかも当の本人は使えなかった事さえ意識しなければ思い出せないほど身体に馴染んでしまっている。
もはや、アリスがもともと使えていた魔法がどこまでなのか分からない。
そして、それは魔法だけに留まらなかった。

アリスの口から自然と出たハクという名前。当然アリスは見たことも聞いたこともない。
それなのに"ハク程度なら火の魔法で追い払える"という考えが浮かんだのだ。

(…….いったいどこまでが"わたし"なの……?)

アリスは底知れぬ恐怖を感じた。自分でない何かに乗っ取られてしまうんじゃないかと、そう思ったのだ。

どこまでが自分の力なのか分からない。知らない考えが浮かぶ。そのうち知らない記憶すら当たり前のように自分の記憶と思うようになるかも知れない。
……もしかすると気づかないだけでもうそうなっているかも知れない。
果たして、"わたし"はどれだけ残っているんだろう。アリスは急に不安と恐怖に押しつぶされそうになった。



アリスが一人考え込んでいると横から重さがなくなるのを感じた。
エイシェルが起きたようだ。

「ご、ごめん。もたれかかって寝ちゃってたみたいだ……」

エイシェルが顔を赤くして謝る。そんな姿がアリスにとってかけがえの無いものに感じられ、これからこの感情も無くなってしまうんじゃないかと考えた。

……そう考えてしまい自然と涙が溢れる。

「あ!え!?ご、ごめん!おれなんかやっちゃった?!」

「え?」

エイシェルは自分のせいでアリスが泣いたのかと思い焦って謝った。アリスは自分が涙を流していることに気付かなかった。

「あれ?……なんで涙が……大丈夫。エイシェルはなにも悪くないよ」

「じゃあ、なんで……。おれでよければ話してくれないか?アリスがおれに言ってくれたみたいに……おれも頼ってもらいたい」

エイシェルはアリスの言葉で救われた。同じようにアリスが苦しんでいるなら助けになりたいのだ。

「……わたし、時々自分が知らない魔法を使っているみたいなの。自分が知らないってことも分からないくらい自然に。……それに、ハク。知らないはずのことが頭に浮かんできたり、自分じゃない……と思う……考えが浮かんだり。知らない誰かがわたしを乗っ取ろうとしてないかと思ったら怖くなって……わたし……ほんとうのわたしってどれだけ残ってるんだろうって……考えたら……」

アリスは自分の不安をエイシェルに曝け出した。エイシェルが頼って欲しいと言ってくれたことが嬉しくて、この嬉しき気持ちが本物なのか不安で、とにかく聞いてもらいたかったのだ。

涙を溢しながら話すアリスの言葉を聞いて、エイシェルが答える。

「……アリスはアリスだよ。体力がなくてすぐヘタれたり、すごく頭の回転が早いと思ったらどこかぬけてたり、いつも気づいたら叫んで逃げてたり、美味しいものの為なら見境がなかったり」

エイシェルが話し出す。ただ、アリスが聞いているとただ悪口を言われているだけな気がしてならなかった。エイシェルが何を言いたいのか分からずそのまま聴き続ける。

「……仲間思いで頼もしかったり、おれを助けてくれたり、たまにするいたずらが可愛かったり、笑顔がキラキラしてたり、一緒にいて楽しかったり。全部おれの知ってるアリスだ。昔を知らないからどれが本当かなんてのは分からない。けど、今おれが知ってるアリスは出会ってからなにも変わってない。おれはおれが知っている今のアリスのことがす……すごく頼りになると思う。それでも不安なら早くこの魔法を解く方法を探そう。おれも全力で力になるから」

エイシェルはアリスを励ますために言葉を続けた。そして肝心なところでヘタれた。勢いで溢れそうになった思いを仕舞い込んだのだ。
それでも全てエイシェルの本心からの言葉だった

「エイシェル……ふふ……なによそれ……ふふふ……」

アリスはエイシェルが必死に励まそうとしてくれる姿を見ておかしくなった。
アリスは自分が変わってしまうんじゃないかと不安だったが、自分をよく見てくれる人がいるんだと分かると気持ち楽になった。
それに、エイシェルの言う通り、不安なら不安を取り除くように行動すればいい。もともと目標の一つであったため、やる事は変わらない。遠回しに今まで通りでいいんだと言われた気がしたのだ。

「……ありがと。元気出た。……ふふふ……わたしってエイシェルにとって"すごく頼りになる"存在なのね?わたしも頼りにしてるぜ相棒!」

アリスは満面の笑みでちょっとふざけた返しをしながらサムズアップする。
……ふざけないと顔から火を吹きそうなくらい顔が赤くなりそうだったから

(エイシェル、わたしのことす……ってつまりそう言うことよね……?)

結局考えてしまい顔が真っ赤になる。しかし、気付いたら周りが夕日で赤く染まっており、顔の赤さは分からなかった。
そして、辺り一面には夕日に染まり、まるで炎のように風で揺らめく草原が広がっていた。

「わあぁ!エイシェル!見て!すごく綺麗!!」

アリスはその光景に感動する気持ち半分、照れ隠しの気持ち半分で草原を見る。

「……あぁ、とても、きれいだ……」

エイシェルは夕日に染まる草原をアリスの後ろから見ていた。
アリスの髪が風になびき、とても絵になる光景であった。
エイシェルの感想がなにに対してかは言うまでもない。

各々景色を楽しんでいたら町が見えて来た。
やっと帰って来たのである。

色々あった港町への護衛依頼だったが受けることで新しい出会いもあり、絆も深めることができた。
これからもきっといろんな出会いがある。その出会いを大切にしていこうと改めて思った2人であった。
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