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キャンバスの彼女
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エレナが命を懸命に燃やしていたそんな日々は飛ぶように過ぎた。それは僕にとってもかけがえのない時間で。このまま時が止まって欲しい……僕達はそう、祈っていた。
だけれどもやはり、日を増すごとに彼女の体調は悪くなっていった。悪魔は徐々に、美しい彼女の身体を蝕んでいっていたのだ。
その朝は特に、目を開けても自力では起き上がれないほどに状態は悪かった。
「エレナ……」
僕は自らの手で、その小さな手を包み込んで彼女をそっと起こした。するとエレナはその青い瞳を滲ませて……僕の顔を見つめた。
「ジョゼフ。お願い……私を抱いて」
「えっ……」
「私……自分が自分でいられるうちに、あなたに抱かれたいの」
そう言う彼女は力を振り絞るように衣服を脱ぎ捨てて……僕の前に生まれたままの美しい姿を露わにした。
抵抗はあった。エレナのその、いつにも増して透き通るような肌は僕なんかが触れると壊れそうで……それに、その日の彼女は本当につらそうで。今、抱いてしまったら……彼女の生命は燃え尽きてしまうのではないだろうか。
僕はエレナに触れるのを、著しく躊躇った。
しかし……エレナはすがるような目で僕を見つめた。
「ジョゼフ……お願い」
そんな彼女が愛しくて……その壊れそうな身体をそっと抱きしめた。それはまるで、キラキラと輝く欠片になって散っていってしまいそうで。だから僕は優しく強く……そんな彼女を抱いたのだった。
その夜は、ベッドに腰掛ける彼女を描いた。
「今の私を描いて欲しい……」
そうねだったエレナは、怖いほどに美しく妖艶で……椅子に座った僕はキャンバスに、そんな彼女の生まれたままの姿を描いた。
筆を走らせるたびに、月の光に照らされた彼女はまるで、ダイヤが散りばめられているかのように異なる輝きを放って、それはキャンバスの上で収束して……僕が今まで描いた中で最も美しい絵となった。
キャンバスの上に彼女の全てを表現した僕はぐったりと手を下ろした。その絵をベッドのエレナの方に向けると……彼女はとても幸せそうに、長い睫毛の目を細めて微笑んだ。
「ねぇ、ジョゼフ。永遠って……あると思う?」
窓から射す青白い光に照らされて、そっと目を細めた。ベッドに腰掛ける彼女はガラスのように儚くて粉々に砕け散ってしまいそうで……だから僕は、この腕でそっと抱きしめた。優しく静かに、決して壊れてしまわぬように。
「あるよ。だって……エレナの体温。この匂い、この温もり……そして、生命の輝き。僕は絶対に忘れない。何があっても永遠に……」
僕の口から出たその言葉は、彼女の美しい瞳と心を温かく濡らした。
碧い月の輝く夜だった。
それはいつまでも消えることなく、二人で窓の外を眺める僕たちを冷たく照らして、だけれども僕たちにはその冷たさがこの上なく心地よくて。
(このまま、時が止まって欲しい)
僕達は切に、そう願った。
だけれどもやはり、日を増すごとに彼女の体調は悪くなっていった。悪魔は徐々に、美しい彼女の身体を蝕んでいっていたのだ。
その朝は特に、目を開けても自力では起き上がれないほどに状態は悪かった。
「エレナ……」
僕は自らの手で、その小さな手を包み込んで彼女をそっと起こした。するとエレナはその青い瞳を滲ませて……僕の顔を見つめた。
「ジョゼフ。お願い……私を抱いて」
「えっ……」
「私……自分が自分でいられるうちに、あなたに抱かれたいの」
そう言う彼女は力を振り絞るように衣服を脱ぎ捨てて……僕の前に生まれたままの美しい姿を露わにした。
抵抗はあった。エレナのその、いつにも増して透き通るような肌は僕なんかが触れると壊れそうで……それに、その日の彼女は本当につらそうで。今、抱いてしまったら……彼女の生命は燃え尽きてしまうのではないだろうか。
僕はエレナに触れるのを、著しく躊躇った。
しかし……エレナはすがるような目で僕を見つめた。
「ジョゼフ……お願い」
そんな彼女が愛しくて……その壊れそうな身体をそっと抱きしめた。それはまるで、キラキラと輝く欠片になって散っていってしまいそうで。だから僕は優しく強く……そんな彼女を抱いたのだった。
その夜は、ベッドに腰掛ける彼女を描いた。
「今の私を描いて欲しい……」
そうねだったエレナは、怖いほどに美しく妖艶で……椅子に座った僕はキャンバスに、そんな彼女の生まれたままの姿を描いた。
筆を走らせるたびに、月の光に照らされた彼女はまるで、ダイヤが散りばめられているかのように異なる輝きを放って、それはキャンバスの上で収束して……僕が今まで描いた中で最も美しい絵となった。
キャンバスの上に彼女の全てを表現した僕はぐったりと手を下ろした。その絵をベッドのエレナの方に向けると……彼女はとても幸せそうに、長い睫毛の目を細めて微笑んだ。
「ねぇ、ジョゼフ。永遠って……あると思う?」
窓から射す青白い光に照らされて、そっと目を細めた。ベッドに腰掛ける彼女はガラスのように儚くて粉々に砕け散ってしまいそうで……だから僕は、この腕でそっと抱きしめた。優しく静かに、決して壊れてしまわぬように。
「あるよ。だって……エレナの体温。この匂い、この温もり……そして、生命の輝き。僕は絶対に忘れない。何があっても永遠に……」
僕の口から出たその言葉は、彼女の美しい瞳と心を温かく濡らした。
碧い月の輝く夜だった。
それはいつまでも消えることなく、二人で窓の外を眺める僕たちを冷たく照らして、だけれども僕たちにはその冷たさがこの上なく心地よくて。
(このまま、時が止まって欲しい)
僕達は切に、そう願った。
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