碧い月

いっき

文字の大きさ
上 下
9 / 11

キャンバスの彼女

しおりを挟む
 エレナが命を懸命に燃やしていたそんな日々は飛ぶように過ぎた。それは僕にとってもかけがえのない時間で。このまま時が止まって欲しい……僕達はそう、祈っていた。
 だけれどもやはり、日を増すごとに彼女の体調は悪くなっていった。悪魔は徐々に、美しい彼女の身体を蝕んでいっていたのだ。

 その朝は特に、目を開けても自力では起き上がれないほどに状態は悪かった。
「エレナ……」
 僕は自らの手で、その小さな手を包み込んで彼女をそっと起こした。するとエレナはその青い瞳を滲ませて……僕の顔を見つめた。
「ジョゼフ。お願い……私を抱いて」
「えっ……」
「私……自分が自分でいられるうちに、あなたに抱かれたいの」
 そう言う彼女は力を振り絞るように衣服を脱ぎ捨てて……僕の前に生まれたままの美しい姿を露わにした。

 抵抗はあった。エレナのその、いつにも増して透き通るような肌は僕なんかが触れると壊れそうで……それに、その日の彼女は本当につらそうで。今、抱いてしまったら……彼女の生命は燃え尽きてしまうのではないだろうか。
 僕はエレナに触れるのを、著しく躊躇った。

 しかし……エレナはすがるような目で僕を見つめた。
「ジョゼフ……お願い」
 そんな彼女が愛しくて……その壊れそうな身体をそっと抱きしめた。それはまるで、キラキラと輝く欠片になって散っていってしまいそうで。だから僕は優しく強く……そんな彼女を抱いたのだった。


 その夜は、ベッドに腰掛ける彼女を描いた。
「今の私を描いて欲しい……」
 そうねだったエレナは、怖いほどに美しく妖艶で……椅子に座った僕はキャンバスに、そんな彼女の生まれたままの姿を描いた。
 筆を走らせるたびに、月の光に照らされた彼女はまるで、ダイヤが散りばめられているかのように異なる輝きを放って、それはキャンバスの上で収束して……僕が今まで描いた中で最も美しい絵となった。

 キャンバスの上に彼女の全てを表現した僕はぐったりと手を下ろした。その絵をベッドのエレナの方に向けると……彼女はとても幸せそうに、長い睫毛の目を細めて微笑んだ。

「ねぇ、ジョゼフ。永遠って……あると思う?」
 窓から射す青白い光に照らされて、そっと目を細めた。ベッドに腰掛ける彼女はガラスのように儚くて粉々に砕け散ってしまいそうで……だから僕は、この腕でそっと抱きしめた。優しく静かに、決して壊れてしまわぬように。

「あるよ。だって……エレナの体温。この匂い、この温もり……そして、生命の輝き。僕は絶対に忘れない。何があっても永遠に……」
 僕の口から出たその言葉は、彼女の美しい瞳と心を温かく濡らした。

 碧い月の輝く夜だった。
 それはいつまでも消えることなく、二人で窓の外を眺める僕たちを冷たく照らして、だけれども僕たちにはその冷たさがこの上なく心地よくて。

(このまま、時が止まって欲しい)
 僕達は切に、そう願った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

1と0のあいだに

いっき
ライト文芸
この世界には2種類の種族がいる。 お腹から生まれた「人間」と呼ばれる者たちと、 試験管から生まれる「人型」と呼ばれる者だちだ。 手首のバーコードは「人間」ではない証。 彼ら「人型」は何らかの目的のために生み出され、 目的のために散っていく。 私の名前は「れい」 年の頃は30手前の人型で、 人間の青年「いち」の恋人係として出荷された。 試験管で作られた私達には感情がないとされる。 でも、私は「いち」の事を愛してしまったんだ。 優しくて、純粋で、情熱的で、愛しい「いち」。 彼を助けるためにすべてを投げ出して、私は一度死んだ。 全ての記憶を失って私は、私でなくなった。 そして、偽りの恋人ごっこが始まる―。

目撃者

原口源太郎
ライト文芸
大学生の澄玲は同じサークルの聖人に誘われて山の中の風景を見に行った。そこで二人は殺人の現場を目撃してしまう。殺人犯に追われる二人。警察では澄玲と聖人が殺人の犯人ではないかと疑われる。

ChatGPTに鬱小説を書かせるまで私は諦めない。

月歌(ツキウタ)
ライト文芸
ChatGPTは鬱小説を書くのが苦手なようです。でも、私は鬱小説が好きなのでChatGPTを調教しながら、最高の鬱小説を書かせたいと思っています。 このお話は、 私とChatGPTとの愛と調教の物語。 単なる遊びです。軽く読んでくださいwww

可愛い後輩とフツメン人気配信者の恋

夜月連
ライト文芸
主人公の 黒木 佑(クロア)は人気配信者であり人気声優で日常にも満足していた...だが彼には悩みがあり そう一度も彼女が出来たことがないのだ

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

もう一度『初めまして』から始めよう

シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA 母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな) しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で…… 新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く 興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は…… ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

処理中です...