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六.夢
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その日の夜は、煮干しを手渡しであげた。
次の日は、佐野君と田んぼで捕まえたイナゴをあげようとして、イナゴがポッケの手をすり抜け僕の部屋を飛びはね、ワタワタした。
その次の日も、そのまた次の日も、ポッケに手渡しでごはんをあげることが日課になっていた。
そんなある日の晩のこと。
いつものように佐野君とポッケにごはんをあげて、自分のごはんをたべて、お風呂に入る。そんな日課を終えて、ケージを見た。
ケージの中では、ポッケのふくろは動かずにじっとしていて、すやすやと眠っている様子だった。
「ポッケ、おやすみなさい」
笑顔で言った後、寝ることにした。
ポッケが眠っているケージの横のベッドの上で、僕もタオルケットにくるまった。
✻✻✻
目を開けると、真っ暗だった。
「あれ、ここは……?」
辺りを見わたす。
僕のほほに、フサフサと毛布みたいなのが当たった。目をこすると、暗がりにだんだんと目がなれてきて……僕の顔の前に、辺りをさぐるように動くヒゲが見えた。
「え、これって……」
ヒゲに近づいた。すると……
「わぁ!」
驚いた。僕の薄っすらと見える目の前には、何と……大きなフクロモモンガの顔があったのだ。その目は、僕の声に反応してひらいた。
「何よ、うるさいわねぇ」
僕は、さらにびっくりした。フクロモモンガがしゃべったのだ。これって、どういう……。
目を覚ましたらしいフクロモモンガは、小さくあくびをした。
「ふぁーあ、ひとねむりしたら、お腹すいちゃった。ねぇ、ごはん食べに行こう」
「ごはん?」
「そう。ほら、ここに入って」
フクロモモンガはお腹を向けた。お腹の毛の中には、ふくろのようにあいている部分がある。
「え、いや、でも……」
「何、もたもたしてるの。あなたはポッケ。私のこどもでしょ。早く、入りなさい」
「うん……」
そっか、そうだった。僕、いつも、お母さんのお腹のふくろに入っていたんだった。
そのふくろに入った。ふかふかの毛皮に包まれたそれは温かくて……『守られてる』ってことが分かって、すごく安心できた。
「じゃあ、これから外に出るわよ」
そういうと、ゴソゴソと動き出した。
ふくろから少し顔を覗かして外を見ていると、僕をふくろに入れたお母さんが穴から出た。何と、そこは……木のうろだったのだ。
お母さんは、そのうろからはなれ、両手を広げた。僕たちは風に乗り、ふわっと飛んだんだ。
「ひゃあー!」
思わず声が出た。ふくろに入った僕も、風をきって飛んでいる。
僕のほほを通り抜ける風が気持ちいい。見る見るうちに、枝が近づいてきて、お母さんが飛び移った。
お母さんは、その枝から木をするすると登った。気がつくと、目の前に大きなくだものがあった。
真っ暗だけど分かる、黄色いくだもの。とろけるような甘いにおい。
「これは……」
「マンゴーよ。いつも食べてるでしょ」
そう言って、お母さんはマンゴーにかぶりついた。僕も、ふくろから出てかぶりつく。
甘い汁が口いっぱいに広がる。
「すごい、美味しい!」
夢中になって食べた。
美味しい、美味しい。
僕はしばらく、食べることに必死になっていた。
どれほどたっただろう。ふと顔を上げると、お母さんはいなくなっていた。
「あれ、お母さん?」
僕はあたりを見渡す。でも、お母さんは見当たらない。
僕は「お母さん、お母さん!」と叫ぼうとした。
でも……
「ワンワン ワン!」
その声しか口から出ない。
どうして?
何で、お母さん、どっか行っちゃうの?
僕を捨てないで!
僕のその言葉は、声にならない。
ただ、『ワンワンワン!』って声しか耳に入らない。
嫌だ、嫌だ。
僕はまだ、一人では生きていけないんだ。
お父さん、お母さん、僕を置いていかないで!
戻ってきて!
真っ暗闇の中、僕は声も出せずに泣き叫んだ。
その時……向こうの木の枝から、目を青白く光らせたフクロウが僕をめがけて飛んできたんだ。
食べられる、嫌だ……。
「お父さん、お母さん、助けてぇ!」
✻✻✻
「ワンワンワン!」
はっと目が覚めた。汗をぐっしょりとかいていた。
「ワンワンワン!」
ポッケが、ふくろの中からけたたましく鳴いていた。僕は、ポッケのふくろを取り出した。
ポッケには、お父さんもお母さんも……守ってくれる人はいない。
一人なんだ。
不安なんだ。
怖いんだ。
ふくろを胸に抱え、手でさすった。
「ポッケは、一人じゃない。僕がいる。お願い、怖がらないで」
僕はふくろに優しく話しかけた。胸に、ポッケのほのかな温かさが伝わってきた。
その夜、ポッケが鳴きやむまで僕はふくろをさすり続けたんだ。
次の日、僕は昼過ぎに目が覚めた。おやつの時間に佐野君が家に来て、一緒に夏休みの宿題をした。
夕方、一緒にポッケのごはんを用意した。ササミとブドウとヨーグルト。ポッケの好物だ。
「ほら、ポッケの好きなササミだよ」
ケージに手を入れると、いつもと違いポッケが巾着の口からピョンと飛び出した。
僕はびっくりしたが、ふと思い立ってササミを手の平の上に置いた。
すると、どうだろう。
ポッケが手の平に乗り、ササミを両手で持って食べたのだ。
「やったじゃん、洋介。やった、やった!」
佐野君は、大はしゃぎだ。
僕も、言葉にできないほどうれしかった。
その日から、ポッケは僕の手に乗ってくれるようになった。手の上でクックッと言いながら、おいしそうにごはんを食べる。それに、ふくろをケージから出しても、前のように大脱走しなかった。僕の服につかまり、肩、腕へ移り手の平に乗ってきてくれる。
僕はポッケのふくろに長いひもを取り付けて首からぶら下げ、いつも一緒にいるようになった。
ポッケは、初めは無愛想な奴だと思っていたけど、僕と一緒なんだ。本当は怖がりで寂しがり屋で甘えん坊なんだ。
ポンのいなくなってぽっかりあいた心の穴には、今はふくろから顔をのぞかせたポッケがいる。
地蔵盆も終わったある日、ポッケのふくろをぶら下げた僕は、佐野君と一緒に涼子ちゃんの家に行くことにした。
ポッケのことは何より早く報告したかったが、それ以上に、思うことがあった。
僕たちは、ポッケと同じだ。まだ子供で、だから……お父さんとお母さんに守ってほしいんだ。それは、僕たちよりずっと大人に見える涼子ちゃんにとっても同じはずなんだ。
夏休みは、もう残り一週間になっていた。でも、涼子ちゃんたちが行ってしまう前に、どうしても伝えておきたいことがあったんだ。
次の日は、佐野君と田んぼで捕まえたイナゴをあげようとして、イナゴがポッケの手をすり抜け僕の部屋を飛びはね、ワタワタした。
その次の日も、そのまた次の日も、ポッケに手渡しでごはんをあげることが日課になっていた。
そんなある日の晩のこと。
いつものように佐野君とポッケにごはんをあげて、自分のごはんをたべて、お風呂に入る。そんな日課を終えて、ケージを見た。
ケージの中では、ポッケのふくろは動かずにじっとしていて、すやすやと眠っている様子だった。
「ポッケ、おやすみなさい」
笑顔で言った後、寝ることにした。
ポッケが眠っているケージの横のベッドの上で、僕もタオルケットにくるまった。
✻✻✻
目を開けると、真っ暗だった。
「あれ、ここは……?」
辺りを見わたす。
僕のほほに、フサフサと毛布みたいなのが当たった。目をこすると、暗がりにだんだんと目がなれてきて……僕の顔の前に、辺りをさぐるように動くヒゲが見えた。
「え、これって……」
ヒゲに近づいた。すると……
「わぁ!」
驚いた。僕の薄っすらと見える目の前には、何と……大きなフクロモモンガの顔があったのだ。その目は、僕の声に反応してひらいた。
「何よ、うるさいわねぇ」
僕は、さらにびっくりした。フクロモモンガがしゃべったのだ。これって、どういう……。
目を覚ましたらしいフクロモモンガは、小さくあくびをした。
「ふぁーあ、ひとねむりしたら、お腹すいちゃった。ねぇ、ごはん食べに行こう」
「ごはん?」
「そう。ほら、ここに入って」
フクロモモンガはお腹を向けた。お腹の毛の中には、ふくろのようにあいている部分がある。
「え、いや、でも……」
「何、もたもたしてるの。あなたはポッケ。私のこどもでしょ。早く、入りなさい」
「うん……」
そっか、そうだった。僕、いつも、お母さんのお腹のふくろに入っていたんだった。
そのふくろに入った。ふかふかの毛皮に包まれたそれは温かくて……『守られてる』ってことが分かって、すごく安心できた。
「じゃあ、これから外に出るわよ」
そういうと、ゴソゴソと動き出した。
ふくろから少し顔を覗かして外を見ていると、僕をふくろに入れたお母さんが穴から出た。何と、そこは……木のうろだったのだ。
お母さんは、そのうろからはなれ、両手を広げた。僕たちは風に乗り、ふわっと飛んだんだ。
「ひゃあー!」
思わず声が出た。ふくろに入った僕も、風をきって飛んでいる。
僕のほほを通り抜ける風が気持ちいい。見る見るうちに、枝が近づいてきて、お母さんが飛び移った。
お母さんは、その枝から木をするすると登った。気がつくと、目の前に大きなくだものがあった。
真っ暗だけど分かる、黄色いくだもの。とろけるような甘いにおい。
「これは……」
「マンゴーよ。いつも食べてるでしょ」
そう言って、お母さんはマンゴーにかぶりついた。僕も、ふくろから出てかぶりつく。
甘い汁が口いっぱいに広がる。
「すごい、美味しい!」
夢中になって食べた。
美味しい、美味しい。
僕はしばらく、食べることに必死になっていた。
どれほどたっただろう。ふと顔を上げると、お母さんはいなくなっていた。
「あれ、お母さん?」
僕はあたりを見渡す。でも、お母さんは見当たらない。
僕は「お母さん、お母さん!」と叫ぼうとした。
でも……
「ワンワン ワン!」
その声しか口から出ない。
どうして?
何で、お母さん、どっか行っちゃうの?
僕を捨てないで!
僕のその言葉は、声にならない。
ただ、『ワンワンワン!』って声しか耳に入らない。
嫌だ、嫌だ。
僕はまだ、一人では生きていけないんだ。
お父さん、お母さん、僕を置いていかないで!
戻ってきて!
真っ暗闇の中、僕は声も出せずに泣き叫んだ。
その時……向こうの木の枝から、目を青白く光らせたフクロウが僕をめがけて飛んできたんだ。
食べられる、嫌だ……。
「お父さん、お母さん、助けてぇ!」
✻✻✻
「ワンワンワン!」
はっと目が覚めた。汗をぐっしょりとかいていた。
「ワンワンワン!」
ポッケが、ふくろの中からけたたましく鳴いていた。僕は、ポッケのふくろを取り出した。
ポッケには、お父さんもお母さんも……守ってくれる人はいない。
一人なんだ。
不安なんだ。
怖いんだ。
ふくろを胸に抱え、手でさすった。
「ポッケは、一人じゃない。僕がいる。お願い、怖がらないで」
僕はふくろに優しく話しかけた。胸に、ポッケのほのかな温かさが伝わってきた。
その夜、ポッケが鳴きやむまで僕はふくろをさすり続けたんだ。
次の日、僕は昼過ぎに目が覚めた。おやつの時間に佐野君が家に来て、一緒に夏休みの宿題をした。
夕方、一緒にポッケのごはんを用意した。ササミとブドウとヨーグルト。ポッケの好物だ。
「ほら、ポッケの好きなササミだよ」
ケージに手を入れると、いつもと違いポッケが巾着の口からピョンと飛び出した。
僕はびっくりしたが、ふと思い立ってササミを手の平の上に置いた。
すると、どうだろう。
ポッケが手の平に乗り、ササミを両手で持って食べたのだ。
「やったじゃん、洋介。やった、やった!」
佐野君は、大はしゃぎだ。
僕も、言葉にできないほどうれしかった。
その日から、ポッケは僕の手に乗ってくれるようになった。手の上でクックッと言いながら、おいしそうにごはんを食べる。それに、ふくろをケージから出しても、前のように大脱走しなかった。僕の服につかまり、肩、腕へ移り手の平に乗ってきてくれる。
僕はポッケのふくろに長いひもを取り付けて首からぶら下げ、いつも一緒にいるようになった。
ポッケは、初めは無愛想な奴だと思っていたけど、僕と一緒なんだ。本当は怖がりで寂しがり屋で甘えん坊なんだ。
ポンのいなくなってぽっかりあいた心の穴には、今はふくろから顔をのぞかせたポッケがいる。
地蔵盆も終わったある日、ポッケのふくろをぶら下げた僕は、佐野君と一緒に涼子ちゃんの家に行くことにした。
ポッケのことは何より早く報告したかったが、それ以上に、思うことがあった。
僕たちは、ポッケと同じだ。まだ子供で、だから……お父さんとお母さんに守ってほしいんだ。それは、僕たちよりずっと大人に見える涼子ちゃんにとっても同じはずなんだ。
夏休みは、もう残り一週間になっていた。でも、涼子ちゃんたちが行ってしまう前に、どうしても伝えておきたいことがあったんだ。
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