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紅&克也編〜2〜
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今日も店の自動ドアが開いて……センサーが感知したその小さなお客様を確認して、紅の顔は思わずにやけた。
「ほら、今日も来たわよ。あんたの愛しの……」
「うるせー」
勝はバツが悪そうにそっぽを向きながら……しかし、顔をやや赤くして、まんざらでもない様子だ。
アーサーでのバイト中も、紅は以前の不機嫌さはなくなっていた。いや、寧ろもう、上機嫌なくらいだ。
それは、そう……恨みたっぷり、大嫌いだったこの男をイジる恰好のネタができたから。
「今日もハムちゃん、見せてくれませんか?」
今をときめく小学生の少女が、頬をそっと桃色に染めて尋ねる。
「あ……ああ」
やはり接客に慣れていない様子の勝は、おずおずと少女の元へ歩いて行った。
「店番は任せてね! ごゆっくり~」
にやにやと目を細めて言う紅を、勝が膨れ面で睨む。しかし紅は、彼のそんな表情など素知らぬ顔で、ペット用品の整理を始めた。
(ふふふ……後でロリコンって言ってやろ! 私の中学生活を台無しにした罰よ)
紅はニッと口角を上げて、小悪魔な笑みを浮かべた。若干、幼稚な気もするけれど、彼女はそうやって積年の恨みを晴らしているのだ。
その小学生は、勝がハムスターに噛まれたあの事件の日から、毎日、アーサーに来店する。そして、薄らと頬を染めながら勝と一緒にハムスターと遊んでいるのだ。
それにしても、あんなヘタレ馬鹿の何処がいいんだか……紅にはさっぱり、理解できない。まぁ、あれで顔はいいから純粋な小学生は騙されてしまうのだろう。
(……って、あれ? じゃあ王子としては、騙されてる純情少女を助けてやらなきゃなんない?)
すっかり王子役が板についた彼女はそう思って、二人の様子をうかがうけれど……
「ねぇ、お兄さん。ハムスター、手に乗せれるようになった?」
「あ……当たり前だろ。俺、ここの店員なんだぞ」
「でも、手、震えてるけど……」
「う……うるせー」
あの事件以来、ハムスターが怖くて触ることのできないヘタレは、そのイケメンな顔もすっかり形無しで。少女を騙すどころか、ただただ、不甲斐ないばかりだった。
「ま、全然、心配することないか」
年上としての威厳が全くない彼の様子を見て、紅は苦笑いを浮かべた。
その時、店の奥の事務所から店長の声が聞こえた。
「三田くん。ちょっと、来てちょうだい」
勝が呼び出されたので、小さなお客様の対応は紅が引き継ぐことになった。少女は少し残念そうな顔になったけれど、紅が掌にハムスターを乗せると、すぐにパァッと目を輝かせた。
「ほら、ハムちゃん。そっと触ってごらん!」
「うん!」
少女がそっと手を出して撫でると、ハムスターは気持ち良さそうに目を細めた。
「あなたが撫でてくれて、ハムちゃんも嬉しいって」
白い歯を見せて、にっこりと優しく微笑んだ。紅のそんな笑顔を見て、少女は赤くなる。
「ねぇ、お姉さん」
「ん?」
少女は澄んだ瞳で紅を見て……少し不安げな表情になった。
「お姉さんは、あのお兄さんの……彼女さん?」
「えっ?」
紅は目を丸くした。
「あのお兄さんって……あいつ? ない、ない。全然、違う!」
「本当?」
眉をひそめ思い切り否定する紅に、少女の表情はパァッと明るくなった。そんな少女に、紅はうん、うんと頷いた。
「そうよ。だって私、あいつなんかとは全然違う彼氏がいるもの」
「そうなんだ。良かった……だって、私、お姉さんには絶対に敵わないから」
少しマセた少女は、安堵の表情を浮かべた。そんな彼女を見て、紅はフフッと微笑む。
「ねぇ、あなた。お名前は?」
ハムスターをその小さな手にそっと渡しながら尋ねる。
「私? 未来(みく)」
「そっか。未来ちゃんにとっては、あいつは王子様なんだ?」
「えっ……」
未来の顔は途端に赤く染まって……だがしかし、小さくこくりと頷いた。
「うん……初めて会った時には、お兄さんがハムスターに噛まれてびっくりしたけど。でも、次の日からも、すごく頑張ってハムちゃんのことを教えてくれて。あんな痛い想いをしたのに……って思うと、すごく優しい人なんだなって思って。毎日、お兄さんに会えるのが楽しみで仕方ないの」
そう言って、未来は俯いた。
(あなたに次の日からも頑張って教えたのは、私がそうするように言ったから、なんだけどね)
純真な少女を見て、紅は苦笑いした。
でも、勝はあの件以来、彼なりに一生懸命にハムスター達に向き合っていたし、以前とは別人のように仕事も真面目にやるようになっていた。その点は紅も評価していたので、未来の前でわざわざ彼のことを悪く言う必要もないかな……と考えた。
だから、紅は未来の掌にいるハムスターを撫でながら、彼女とそっと目線を合わせた。
「ねぇ、未来ちゃん。あいつが未来ちゃんにとって、本物の王子様かどうか……それは、これからのあいつ次第よ」
「えっ?」
紅の言葉に未来はきょとんとした。
「私にとっては、あいつはいい奴でも何でもない。でも、未来ちゃんにとっては本当の王子様かも知れない。それは、私にも分からないわ。だから、あなたはこれからもちゃんと、あいつがどんな奴なのか見て。それで、判断しなよ」
「う、うん……」
そこまで力説してしまって……紅がふと我に返ると、未来は戸惑いの表情を浮かべていた。
(ありゃあ……こんな小さな娘相手に私、何言ってんだろ)
そんなことを考え、ポリポリと頭を掻く。
以前のクールさは何処へやら。きっと、白雪姫で王子役を演じたりだとか……克也を巡って色々なことがあった所為で、紅自身も何処かしら変わったのだ。
(私も、変な風にナイズされてしまったなぁ……)
そんなことを考えて苦笑いした。でも、紅はそんな自分が嫌いではなくて……だから目を細めて、未来ににっこりと微笑みかけた。
「まぁ、あいつのことは兎も角……私、未来ちゃんのことは応援してるからね。頑張りなよ!」
「うん……ありがとう!」
その小さくて可愛らしいお客様も、紅につられてにっこりと笑った。
その時。店長から解放されたのか、勝がハムスターコーナーに戻って来た。
「あら。用は済んだの?」
「あぁ、待たせたな」
先程の話でさらに意識したのか、未来はさらに真っ赤になって俯く。紅はそんな彼女の背をポンと押し、ニッと明るくウィンクした。
「じゃ、後は任せたわよ。ロリコンのお兄さん!」
「なっ……! 誰が、ロリ……」
慌てて否定しようとする彼に、思わず吹き出して。その日の分の憂さを晴らした紅は、上機嫌でカウンターへ戻ったのだった。
「ほら、今日も来たわよ。あんたの愛しの……」
「うるせー」
勝はバツが悪そうにそっぽを向きながら……しかし、顔をやや赤くして、まんざらでもない様子だ。
アーサーでのバイト中も、紅は以前の不機嫌さはなくなっていた。いや、寧ろもう、上機嫌なくらいだ。
それは、そう……恨みたっぷり、大嫌いだったこの男をイジる恰好のネタができたから。
「今日もハムちゃん、見せてくれませんか?」
今をときめく小学生の少女が、頬をそっと桃色に染めて尋ねる。
「あ……ああ」
やはり接客に慣れていない様子の勝は、おずおずと少女の元へ歩いて行った。
「店番は任せてね! ごゆっくり~」
にやにやと目を細めて言う紅を、勝が膨れ面で睨む。しかし紅は、彼のそんな表情など素知らぬ顔で、ペット用品の整理を始めた。
(ふふふ……後でロリコンって言ってやろ! 私の中学生活を台無しにした罰よ)
紅はニッと口角を上げて、小悪魔な笑みを浮かべた。若干、幼稚な気もするけれど、彼女はそうやって積年の恨みを晴らしているのだ。
その小学生は、勝がハムスターに噛まれたあの事件の日から、毎日、アーサーに来店する。そして、薄らと頬を染めながら勝と一緒にハムスターと遊んでいるのだ。
それにしても、あんなヘタレ馬鹿の何処がいいんだか……紅にはさっぱり、理解できない。まぁ、あれで顔はいいから純粋な小学生は騙されてしまうのだろう。
(……って、あれ? じゃあ王子としては、騙されてる純情少女を助けてやらなきゃなんない?)
すっかり王子役が板についた彼女はそう思って、二人の様子をうかがうけれど……
「ねぇ、お兄さん。ハムスター、手に乗せれるようになった?」
「あ……当たり前だろ。俺、ここの店員なんだぞ」
「でも、手、震えてるけど……」
「う……うるせー」
あの事件以来、ハムスターが怖くて触ることのできないヘタレは、そのイケメンな顔もすっかり形無しで。少女を騙すどころか、ただただ、不甲斐ないばかりだった。
「ま、全然、心配することないか」
年上としての威厳が全くない彼の様子を見て、紅は苦笑いを浮かべた。
その時、店の奥の事務所から店長の声が聞こえた。
「三田くん。ちょっと、来てちょうだい」
勝が呼び出されたので、小さなお客様の対応は紅が引き継ぐことになった。少女は少し残念そうな顔になったけれど、紅が掌にハムスターを乗せると、すぐにパァッと目を輝かせた。
「ほら、ハムちゃん。そっと触ってごらん!」
「うん!」
少女がそっと手を出して撫でると、ハムスターは気持ち良さそうに目を細めた。
「あなたが撫でてくれて、ハムちゃんも嬉しいって」
白い歯を見せて、にっこりと優しく微笑んだ。紅のそんな笑顔を見て、少女は赤くなる。
「ねぇ、お姉さん」
「ん?」
少女は澄んだ瞳で紅を見て……少し不安げな表情になった。
「お姉さんは、あのお兄さんの……彼女さん?」
「えっ?」
紅は目を丸くした。
「あのお兄さんって……あいつ? ない、ない。全然、違う!」
「本当?」
眉をひそめ思い切り否定する紅に、少女の表情はパァッと明るくなった。そんな少女に、紅はうん、うんと頷いた。
「そうよ。だって私、あいつなんかとは全然違う彼氏がいるもの」
「そうなんだ。良かった……だって、私、お姉さんには絶対に敵わないから」
少しマセた少女は、安堵の表情を浮かべた。そんな彼女を見て、紅はフフッと微笑む。
「ねぇ、あなた。お名前は?」
ハムスターをその小さな手にそっと渡しながら尋ねる。
「私? 未来(みく)」
「そっか。未来ちゃんにとっては、あいつは王子様なんだ?」
「えっ……」
未来の顔は途端に赤く染まって……だがしかし、小さくこくりと頷いた。
「うん……初めて会った時には、お兄さんがハムスターに噛まれてびっくりしたけど。でも、次の日からも、すごく頑張ってハムちゃんのことを教えてくれて。あんな痛い想いをしたのに……って思うと、すごく優しい人なんだなって思って。毎日、お兄さんに会えるのが楽しみで仕方ないの」
そう言って、未来は俯いた。
(あなたに次の日からも頑張って教えたのは、私がそうするように言ったから、なんだけどね)
純真な少女を見て、紅は苦笑いした。
でも、勝はあの件以来、彼なりに一生懸命にハムスター達に向き合っていたし、以前とは別人のように仕事も真面目にやるようになっていた。その点は紅も評価していたので、未来の前でわざわざ彼のことを悪く言う必要もないかな……と考えた。
だから、紅は未来の掌にいるハムスターを撫でながら、彼女とそっと目線を合わせた。
「ねぇ、未来ちゃん。あいつが未来ちゃんにとって、本物の王子様かどうか……それは、これからのあいつ次第よ」
「えっ?」
紅の言葉に未来はきょとんとした。
「私にとっては、あいつはいい奴でも何でもない。でも、未来ちゃんにとっては本当の王子様かも知れない。それは、私にも分からないわ。だから、あなたはこれからもちゃんと、あいつがどんな奴なのか見て。それで、判断しなよ」
「う、うん……」
そこまで力説してしまって……紅がふと我に返ると、未来は戸惑いの表情を浮かべていた。
(ありゃあ……こんな小さな娘相手に私、何言ってんだろ)
そんなことを考え、ポリポリと頭を掻く。
以前のクールさは何処へやら。きっと、白雪姫で王子役を演じたりだとか……克也を巡って色々なことがあった所為で、紅自身も何処かしら変わったのだ。
(私も、変な風にナイズされてしまったなぁ……)
そんなことを考えて苦笑いした。でも、紅はそんな自分が嫌いではなくて……だから目を細めて、未来ににっこりと微笑みかけた。
「まぁ、あいつのことは兎も角……私、未来ちゃんのことは応援してるからね。頑張りなよ!」
「うん……ありがとう!」
その小さくて可愛らしいお客様も、紅につられてにっこりと笑った。
その時。店長から解放されたのか、勝がハムスターコーナーに戻って来た。
「あら。用は済んだの?」
「あぁ、待たせたな」
先程の話でさらに意識したのか、未来はさらに真っ赤になって俯く。紅はそんな彼女の背をポンと押し、ニッと明るくウィンクした。
「じゃ、後は任せたわよ。ロリコンのお兄さん!」
「なっ……! 誰が、ロリ……」
慌てて否定しようとする彼に、思わず吹き出して。その日の分の憂さを晴らした紅は、上機嫌でカウンターへ戻ったのだった。
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