紅~いつもの街灯の下で

いっき

文字の大きさ
上 下
16 / 57
結奈&晴人編

しおりを挟む
 遠藤 晴人(はると)はその深夜、同人誌即売のイベント帰りだった。
 自分の書いた小説を本にして、即売会で売る……それは彼の密かな趣味で、会場には創作仲間もいた。そのイベント自体は夕方に終わったのだけれど、その後も創作仲間同士で互いの小説の回し読みなんかをしていたので、帰りがすっかりと遅くなってしまったのだ。

「でも……いくら何でも遅くなり過ぎたかな」
 彼はもう日付変更間近の時間を指している腕時計を見て、苦笑い混じりに呟いた。
 だけれども、イベントで遅くなるのは毎度のことで、LINEを送っていたので、親もそのことについては了解済みで。
「ま、いっか。夏休みくらい」
 彼はそう呟いて、その日のイベントでの高揚感をまた頭の中で反芻していた。

 学校の近く……公園を照らす街灯の辺りに差し掛かった時だった。
「えっ……」
 彼は一瞬、固まった。
 街灯の灯りに照らされて、まるで放心しているかのようにぼんやりとしている……儚げなほどに美しい女性がいる。金髪に透き通るほどに白い肌をした彼女は白人と見紛うほどに綺麗で、晴人は一瞬、心を奪われた。
 しかし、よく見ると……その女性に見覚えがあった。普段とは違う化粧をしており、格段に大人っぽく見えるけれど。彼女はクラスメイトの……
「藤岡……さん?」
 恐る恐る掛けたその声にゆっくりと振り返った結奈は、晴人をじっと見つめた。その瞬間、彼は金縛りに遭ったように動けなくなった。
 少し茶色がかった結奈の瞳は透き通っていて、晴人の意識をすっと吸い込んで。
 驚いた……こいつって、こんなにも綺麗だったんだ。
 それは、彼女がいつも教室で見せていた……チャラチャラとしたグループの中で馬鹿みたいに笑い合っている姿からは、想像もつかない表情だった。

「遠藤……?」
 結奈の声で晴人はふと我に返り、結奈の格好を見た。着ているのは翡翠色の綺麗なワンピース……だけれど、所々破れており、血が滲んでいた。
「転ん……だの?」
 何か事情がありそう……そう思いながらも取り敢えず尋ねると、結奈は無言で頷いた。
「ちょっと、付いて来て」
「えっ?」
 晴人は結奈と共に、街灯に照らされた公園のベンチに腰掛けた。

 晴人は背負っていたリュックのポケットを開けて絆創膏の箱を取り出した。
「貼りなよ」
「えっ……」
「応急処置」
「うん……」
 結奈は絆創膏を取り出した。しかし、手が震えて上手く剥がせないみたいで……だから、晴人はそっと手を差し出して、彼女の代わりにそれを血の滲む傷口に貼り始めた。結奈は彼のその行為を無言で受け入れて、それは、普段見ている彼女からは想像もつかないほどに素直な反応で。
(こいつ……本当に藤岡だろうか?)
 晴人は急に不安になって、結奈の顔にそっと目を遣った。

(震えてる……)
 街灯に照らされた結奈の歯はガタガタと、肩と手も小刻みに震えていた。真夏とは言っても真夜中のこの時間はやや冷んやりとするほどで、肌寒いのかも知れない。それに、彼女の服はところどころ、破れていて素肌が見えていて。晴人はドキドキしながらも、自らのジャケットを脱いで彼女の肩に掛けた。
「えっ……」
「貸すよ。転んだとこ……破けてるし」
「うん……ありがとう」
 やっぱり、教室で見ている彼女とは様子が違う。教室ではいつも、派手な面子とケラケラと笑い合っていて……地味な晴人には到底、声を掛けることが出来なかった。自分みたいな地味な生徒を見下して、馬鹿にしている……そう、思っていた。それなのに、今日の彼女はこんなに素直に、晴人のしたことに御礼まで言ってくれている。
(……というか、今まで、声を掛けようと思ったこともなかったなぁ)
 そんなことを考えながら彼女を見るとまだ手が小刻みにガクガクと震えていて。夜の闇にぼんやりとした街灯の下ではよく分からなかったけれど、何だか、顔色も真っ青なように見えて……晴人は急に彼女のことが心配になった。
 だから、ゆっくりと自分の手を出して、彼女の手にそっと重ねた。
 結奈は少し驚いた顔でこちらを見たけれど、拒もうとはしないで……だけれども、その手は少し冷たいような気がして。
 結奈の手が温まって震えが治まるまで、晴人はずっとその手の温もりを彼女に与え続けたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...