紅~いつもの街灯の下で

いっき

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紅&克也編~1~

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 家へ帰ってからも、克也の胸を心臓がバクバクと叩いていた。
 まさか、その日も紅と話せるなんて、思ってなかった。それも、彼女の方から声を掛けてくるなんて……。
 さっきまでの時間はまるで夢の中の出来事のようで。ふやけた気持ちのまま、居間で母親と妹と夕食をとった。

「ねぇ、克也。勉強の方ははかどってる?」
「うーん、まぁまぁかな……」
「まぁまぁって、あんた……」
「ちょっと、お母さん。兄貴も花の高校生なんだし。勉強以外にももっと色々、気にすることあるわよ」
 母親の問いにどうも歯切れの悪い返事をする克也を、中学生になる妹がフォローした。

 実際、勉強の方はまぁまぁ……そうとしか答えようがなかった。
 教室でも休み時間も勉強ばかりしている割には、画期的に伸びているわけではない。まぁ、そりゃあ、成績はクラスの中ではトップクラスなんだけれど、ほとんどが真面目に勉強していないような奴らばかりだし。
 張り合いも目標もない克也の成績は、どうも伸び悩んでいたのだった。

「だけど、あんた。国公立に入るためには今からコツコツと勉強しないとダメよ。高一からもうすでに競争は始まってるんだからね」
 いつもと同じような母親の言葉に、「はい、はい」と適当に返事をして克也は部屋に戻った。




 授業の間の休み時間の教室は、いつもと変わらない。
 クラスの中心は河田が陣取っていて、いい意味で『目立つ』奴ら……斎藤に長谷、藤岡とつるんで、煩わしいくらいの雑談に華を咲かせている。そして、紅……彼女もまるで昨日、克也と話していた時の表情が嘘のように無表情に、彼らの中で、ひたすらにむすっとしてスマホをいじっていた。

(あいつ……笑ったら、もっともっと可愛いのに)
 そんなことを考えて、ぼんやりと紅を見た。ペットショップで少女に話しかけていた時の満面の笑顔。前日、自分に見せてくれた、はにかむような笑顔。
 それって……学校の外でないと、見せてくれないものなのだろうか。
 だとしたら、自分はラッキーだったのかな……。
 彼女の無表情でむすっとした……それでも美しいその顔をぼぉっと眺めていた時だった。
「おい、こら。何こっち、見てんだよ、ガリ勉!」
 河田のそんな怒声が聞こえて。
(しまった!)
 克也は思った。
 彼ら……クラスの中心にいるグループとは、関わらないようにしていた。常に避けて、目も合わせないようにしていた。だけれども、ついうっかり、紅をじっと見てしまってた……。

「何だよ、何か、文句でもあんのか?」
 河田が克也の席まで歩み寄り、いつものように椅子をガタガタと揺らした。
 どうやら、紅を見ていた、ということには気付かれていないようだ。そんなことに、克也はせめてもの安堵を覚えた。だって、そんなことに気付かれていたらまた、どんな嘲笑を受けて……紅にもどれだけ迷惑をかけるか分からないから。

 ガタガタと椅子を揺らしつづけるそいつ……河田を極端に無視した。
(早く、戻って立ち去れ。早く、早く……)
 克也はそんなことを念じて……周りから聞こえる嘲笑やひそひそ声なんかも気にせず、自分の席から微動だにせずにじっとしていた。
「おい、何だよ。また、シカトか? ガリ勉」
 河田はもうそろそろ、絡むのにも飽きがきたような感じだった。
(そうだ、立ち去れ。早く、早く……)
 もう少しの辛抱……とばかりに、克也も無視を続けた。そんな時だった。

「ちょっと。下らないことはやめなよ」
 凛とした声が河田にかけられた。
「えっ……」
 その声の主を見て……誰もが、その意外なことに目を丸くした。
「紅……」
 そう。克也に絡んでいた河田を止めたのは、そのグループの紅だったのだ。
「な、何だよ、紅。文句、あんのか?」
 予想だにしないことに河田はたじろいだが、紅は凛とした表情を崩さない。
「下らないことはやめろ、って言ってんのよ。みっともない」
「な……何でお前、急にそんなこと言い出すんだよ。今まで、何も言わなかったくせに」
「見てて、見苦しくて仕方ないのよ。何? 何も抵抗しない奴にちょっかい出しまくって楽しい?」
 紅は綺麗に整った眉毛を吊り上げて、毅然とした態度ではっきりと責め立てて……そんな彼女に、河田は怯んだ様子だった。
 やがて、普段は見せない紅の振る舞いに、教室中がざわざわと騒ぎ始めた。

「も……」
 もう、いいよ。やめてよ、紅……。
 そう、克也が言おうとした時だった。
「ちぇっ、分かったよ。……ったくもぅ、あー、白けた」
 そんなことをブツクサ言いながら、河田は去って行った。

「あ……ありがとう」
 小声で礼を言う克也の顔を、紅は不機嫌そうに睨んだ。
「あんたも。ホントは強いんだから……あんなカスにいいようにやられるな!」
 紅もまた、小声で囁いて。またスマホをいじりながら、さっさと教室を出て行ったのだった。

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