もふもふ浄土は浪の下の都にない

的射 梓

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やさしいお兄ちゃんたちが痛いことするわけない

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※虐待描写があります。ご注意ください。



 帰りたくはないけれど、いつまでも帰らないわけにも行かないから帰る。
 まっくらな夜道より、いやでも家に帰ったほうが少しは休めるから帰る。

(あの子みたいにいいわんちゃんばかりじゃないもんね)

 津波のすぐあと、お母さんは新しいお父さんにとつぎなおした。
 新しいお父さんにはわたしより年上の男の子がふたりいた。
 お兄ちゃんが二人もできた。
 だから頼りになるお父さんと優しいお兄ちゃんに囲まれて、とっても幸せなはず・・・なんだよ?

「戻りました」

 帰ると太郎太郎お兄ちゃん、太郎次郎お兄ちゃんが温かく出迎えてくれる。

「ああ? 遅かったじゃねえか。どこほっつきあるいてたんだよ」

「まったくだね兄者。こいつはいつまで経っても要領が悪い。人の子じゃなくて蛇の忌み子だからだろうね。今日は値切られなかったろうな?」

 うんうん、わたしってうっかりさんだからね。
 注意してくれてうれしいな。

「はい。ちゃんと売ってきました」

 町まで行って作物を売ってきたお代を、太郎次郎お兄ちゃんにわたす。
 あれ? いくらかの銭がお兄ちゃんの手からこぼれてしまった。ちゃんとわたしたはずなのに。
 お兄ちゃんは、ちゃんとわたせた分だけをかぞえて言う。

「兄者。こいつまたごまかしてるよ」

「言ってもわかんない奴だな、お前はよ!」

っ」

 太郎太郎お兄ちゃんの雷がおちて、鈍い痛みといっしょに目の前がぴかりと輝いた。

「痛くしてんだよ、分かんねえ奴だな!」

 今度は胴のところを殴られる。
 いたくて耐えられなくって、壁に背中をつけた。
 下で、太郎次郎お兄ちゃんがこぼれた分をひろってべつの袋に入れてるのが見えた。

「ああっ?! 座ってんじゃねえよ、反省しろよお前はよ!!」

 お兄ちゃんの足が飛ぶ。
 わたしはわるい子だからそのまま当たったら痛そうだなと思って、ちょっと体をななめにしちゃった。

「避けてんじゃねえって言ってんだろ!」

「兄者、もう少し静かにしてくれないか。近所に聞こえるよ」

 太郎次郎お兄ちゃんへの返事の代わりに、太郎太郎お兄ちゃんはわたしに足をふり落とした。

「……っ!」



 ねえ、やさしいお兄ちゃんたちがこんなに痛いことするわけないよね?
 わたしも悪いことしたし、反省しないといけないところがあるのは分かるよ。

 お兄ちゃんがわたしにひどいことするわけないから、殴られてるのはわたしじゃないよ?
 痛いけど、この痛いのはきっとわたしの痛いのじゃないよ?
 わたしじゃないわたしじゃないわたしじゃない。
 だから今ここでこうしてるのはわたしじゃない誰か別の子で──



「何へらへらしてんだよ気持ち悪ぃ」

「ごめん、な、さ」

 ちゃんと答えようとしたけれど、あちこち痛くてあまり声が出ない。

「そのへんにしとこうよ兄者。この前みたいにまた使い物にならなくなっても困るしさ」

「けっ」

 お兄ちゃんたちも疲れたのか、ようやく一人にしてくれた。

(あは。ノノちゃんがお兄ちゃんを怒らせるからいけないんだよー?)

 もうちゃんとしてる必要もないから、土間のわらをかぶせたところまで這いつくばってごろんと寝ころがる。
 けどわらが薄くて、はしっこからかきあつめて少しでも厚くした。
 そのうえで何度かころがってみるけれど、ちょうどよい角度が見つからない。
 ほんとうに、体のどこもかしこもが痛い。どこが痛いのかわからないくらい。

 だけどいいことに、眠気が出てきた。
 このままゆっくり眠れて、ずっと目が覚めなかったらいいのにな……。

(でも、おきつね様が助けてくれた命だし、大切にしなきゃね)


  * * *


 ある日、お父さまに呼び出されて村の鎮守さまに行くことになった。

(お父さまもお兄ちゃんもいつになくニコニコしてる……)

 いつも優しいけれど、いつも以上に優しい家族で幸せだなー!
 なんだかもやもやするのは、きっと幸せすぎて普段通りにもどるのがいやなだけだよね!

 鳥居をくぐって鎮守さまの拝殿にあがると、神主のおじいちゃんが飲みものを出してくれた。

「これ、飲んでいいんですか?」

「どうぞ」

 ノノが粗相をしないようにって、お兄ちゃんがギロリって目を光らせて注意してくれる。
 もー。過保護だよね?
 そんなことより目のまえの緑色の飲みものをじっと見た。
 緑色。こけじゃないよね? どんな味がするんだろう。

「おいしい……」

 今までにあじわったことがないくらい深みのある味だった。
 ちょっと熱いからいっきには飲めないけれど、そうじゃなかったらすぐに飲みきっちゃった気がする。
 早く次飲みたい、でももったいないからゆっくり味わいたいと格闘していると、お父さまと神主さんのあいだで話がすすんでた。

「おい」

 お父さまに呼ばれた。

「はい」

 姿勢を正して、こたえた。
 お父さまは悲しそうな顔で言う。

「すまないが、お前を伶莉れいりさまにとつがせることになった」

「伶莉さま?」

 はじめて聞く名前だ。首をかしげて聞きかえしてしまう。

「村の鎮守さまのお名前です。ここのところ天気が悪い日が続いているでしょう? このあいだはがけ崩れで水路が埋まりましたし」

 神主さまがこたえてくれたので、そっちに体をむけて聞く。

「はい」

 お嫁さんになるのと、がけ崩れの話がどうつながるのかわかんない。

「伶莉さまが怒っていらっしゃるのです。そこでどうか、ノノさんには伶莉さまの奥方になっていただき伶莉さまをなだめていただきます」

「あの、聞いてもいいですか?」

 どきどきしながらそれでも聞きたくなってしまう。

「はい、どうぞ」

 神主さんはこころよく受けてくれて、良かった!

「わたし、お兄ちゃんたちのこととか……あ、ううん。やっぱりいいです」

 お兄ちゃんのこととかよく怒らせちゃうんだけど、大丈夫ですかって聞こうと思ってた。
 でもお兄ちゃんたちからすごい冷たい視線を感じたから、やめた。
 大人のいうことは、すなおにきかなきゃだよね!

「こいつなら大丈夫だと思います」

「俺もそう思います」

 太郎太郎お兄ちゃん、太郎次郎お兄ちゃんも大丈夫って言ってくれる。

「心配しなくても、ノノさんはいいお嫁さんになりますよ」

 神主さんも。

 みんな幸せそうだから、お父さまが神主さんに耳打ちしていたのは聞きながすことにした。

「こやつを差し出すのですから、わが一族の今後についてもお頼み申しますぞ」




 こうしてわたしは鎮守の伶莉さまのお嫁さんになることになった。
 うれしいな。旦那さまはどんな人なんだろう。どきどきしちゃうね!

(悪い予感しかしないよ……)

 津波から助かったときに見たお兄さんみたいな人だったらいいけどね。
 そんなことを考えながら、冷気の伝ってくるのを我慢して土間のわらで寝た。
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