疫病神の厄落とし

的射 梓

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きっと、見つけられたいのは

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「なぜ貴女あなたのような若い方が、当店のような地方の店舗で働きたいと思ったのですか?」

浮舟うきふねが聞き返したいです)

 そう思ってしまったけれど、胸の中に留める。
 だって、目の前の彼はどちらかといえば六本木のスタバのようなお店が似合うタイプ。
 りんごのマークのついたノートPCを打つ姿は、およそこの土地には似つかわしくない――なんて、考えてしまう。
 だって、ここは――

「自死を考えて訪れる方もいらっしゃるかと思い、リラックスして過ごせるようおもてなしすることで、少しでも思いとどまっていただけたら――と考え、こちらに参りました」

なんて、わたしはうそぶく。

 本当は――もともと死ぬつもりの人だったら今以上不幸になることも少ないって思っているから。
 自死スポットに来るような人なら、少しばかり不幸な目にっても、仕方ないって思ってくれるかもしれない、というのもあって。

 神様の血を引くわたし――浮舟うきふね千影は、疫病神なのだという。
 わたしのやくは周囲にあまねく広がって――人間関係を破壊するレベルで。
 それでも、生きていかないといけないから――
 そう考えて来たところがここだった。

「へえ……若いのに、達観した考えをお持ちですね」

 でも面接官の方だって、年の頃はせいぜい三十くらいかなと思う。
 ……普段人の顔をあまりまじまじと見ないからよく分からないけど。

 デスクに置かれていた履歴書に、彼の手が伸びた。
 難しい顔をして書類を縦覧したのはわずかな時間だったのに、とても緊張して。

「カフェでのアルバイト経験は長い、か……」

 落ちた、と思った。

 けれど――結果は、採用。


 面接でお世話になった店長――帯刀たてわき春都はるとさんが、創業家一族の御曹司と知ったのは働きだしてからのこと。
 すごく驚いて、反射的に謝ってしまったことをよく覚えている。
 恥ずかしい……。


 奥の部屋を見ると、店長がヘッドセットを片手にディスプレイに向かっていた。
 研修中、わたしについていてくれた時期を除けば、店長は部屋にこもっている時間が長い。
 店長は「店長」という仕事以外にも、グループの情報システム開発の外注管理をしているそうだ。
 ビデオ会議の相手もシンガポールの外注先だとか。きっと聞こえても聞き取れない……。
 そういうわけで、仕事なんてどこでもできるから所属エリアの中心にあるこの店にいると聞いた。

 その店長が、椅子から腰を上げて。
 わたしはびくっとして、扉から離れた。
 別にやましいところなんてないはず、なのに胸がとくとくと波打つ。

「あれ? お花替えてくれたのは浮船さん?」

「はい、浮舟が取り替えました」

 「わたし」じゃなくて名字で名乗るのは、ずっと「浮舟の妹」だったから――というのは二番目の理由。
 一番大きいのは――あまり「女の子」として認識されたくないから。
 もっと中性的な名前なら良かったのかもしれない。
 千影はフェミニン過ぎる、と思う。
 だからって、ちゃん付けで呼ばれるのを拒否するほどでもなくて。

「お疲れさま。浮舟さん、山城さんのお土産みやげまだ食べていなかったでしょう? はい」

「ありがとうございます」

 お礼をして伸ばした手に八ツ橋をぽんと渡されたとき、指さきが少し触れただけで、また、どぎまぎしてしまう。
 仕事柄、手が触れることがなかったわけでもないのに。
 いつもと変わらないはず。
 特段、変わったことなんてないはず――

 いつも通りと思おうとすればするほど、心は言うことを聞かなくなる。
 感情を希薄に保てないと、つらくなるばかりなのに。

「食べない?」

「すみません、浮舟、この時間に血糖値を上げるときつくて。後でゆっくりいただきます」

 そう言って、もらったお菓子をしまってしまった。
 見れば、店長は軽妙な音を立てて八ツ橋を頬張っていた。

(かわいい……)

 だいぶ時間を遣ってしまった気がして、ようやく持ち場へ戻る。
 ホールに戻ると――その人がずっといたことを思い出して、浮ついた気持ちもどこかへ行ってしまった。

 日差しの傾いた店内に、座っているお客様は一人きり。
 その方はスマホを弄るでもなく、本を読むでもなく。
 ただ焦点の合わない瞳でコーヒーをたしなんでいて。
 カップが空になってから口を寄せているところを、何度か見てしまった。

 よくないことが起きる気はしていた。

 だからといって何か話しかけたりということもできなくて。

 ただ、無関心を装って背景に溶け込んでいるだけで。

 その人が無言で会計を済ませてお店から出たところで――いてもたってもいられなくなって。

「申し訳ないです、銀行に行ってきてもいいでしょうか? 浮舟、家賃の振込忘れてて」

 店長は、深く問いただすこともなく返事をくれた。

「ん? ああ、どうぞ」

 駆け足でドアを開けて、たぶんさっきのお客様だろうと思う人の後を追う。
 しばらく背中を追って、遊歩道で見失って――
 少しだけ探して、そこで引き返した。

(きっと、考えすぎだよね)

 それから定時までは、不安な気持ちが半分と、見ず知らずの人を追いかけていったことについて恥ずかしい気持ちが半分とで。
 どっと疲れてしまって、定時ぴったりで上がらせてもらうことにしてしまった。

 この時期は、まだ今の時間は日が落ちきっていなくて少し明るい。
 それも、定時で上がったからだけれど。
 風が葉を揺らす音が涼しげに響いて、少し立ち止まる。
 こんなにも心地よい風なのに――森の奥に目が向いてしまうと、気分が重くて。

(あの道……)

 どうしても気になってしまって――先程のお客様を見失った道に、足を踏み入れた。

 何ができるわけでもないのに。

 気にしたって仕方ないのに。

 気にしなければいいのに――けど、足が勝手に奥へ奥へとわたしを運んでいく。
 もう暗くなってきたし、そろそろ引き返そうかな――と思ったところで。

 ぷらん、とぶら下がっているものを、見つかってしまった。

 直視なんてできないけれど、吊られているものは、きっと――!

「見てはいけないよ」

「きゃあああああ!!」

 後ろから何者かに目隠しをされて、あたり一面に悲鳴を響き渡らせてしまった。
 それはもう、喉がつぶれるんじゃないかっていうくらい叫んだと思う。
 足がガクガクと震えて、ふら……とバランスが崩れる。
 このままだと転んじゃう、と思ったところで。

 地面は予想よりも遥かに近いところにあって、それに――痛くなくて。

「軽いな。浮舟さん、ご飯食べられてる?」

「……!」

 食べてます、と答えようとしたけれど、はくはくとするばかりで声が出なくて。
 背中の彼――帯刀さんに抱きとめられたところで、意識を失った。
 その日のことはそれ以後よく覚えていない。


「あの日は、ありがとうございました。なんで浮舟のこと見つけられたのですか」

「様子がおかしかったからね。勝手に後を付けさせてもらって申し訳ない。でも、こういうところだし、もし浮舟さんに何かあったら僕にも責任があるでしょう」

「申し訳ありませんでした……」

 店長の言うとおりだ。
 こういうところで道を外れて森の中に入ったりしたら、世をはかなんでなんて思われても、仕方ない。

「まあ、浮舟さんが無事で何よりだよ」

「でも」

「ん?」

「でも……もう少し早く見つけられていたら、助かったかも、しれないです」

 少し間が開く。
 ほんの少しなのに――胸が苦しくなる。
 昔から、間違ったことを言ってしまったかもという瞬間は苦手だ。
 それがたとえ、不正解なんてない問いであっても。

「でも、浮舟さんのおかげで仏さんも綺麗なまま実家に帰れたんだ。それはむしろ誇らしく思っていいと思う」

「でも」

「あのさ、浮舟さん」

 少し、店長の声が低くなって。
 食い下がったりしなければ良かったと思うけれど、もう、遅い。

「……はい」

「人の力になりたいと思ったら――自分のできることと誰か別の人に解決してもらわないといけないことを区別して、できることだけをやることだ」

「はい」

「浮舟さんはできるだけのことはやったんだから、気にしなくても大丈夫」

 そんな言葉でほっとしてしまう自分が――かえって浅ましく思えてしまえて。

「ありがとう、ございます」

「そろそろ僕はミーティングの時間なので、では浮舟さん、午後もよろしく」

「はい」

 いつもどおりに、持ち場に戻って。
 そう――何事もなかったみたいに。
 本当に、何事も。

 実際、帯刀店長に慰めてもらうほど落ち込んでいないのだ。
 わたしは感受性にとぼしいのだと思う。
 人の力になりたい、とか。
 もっとがんばれば助けられたかもしれないのに、とか。

 そんなの、口ばかりで。

 結局――

 きっと、見つけられたいのは自分だ。
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