上 下
298 / 363

第298話

しおりを挟む
 大切に思っているのに、大切に思っているからこそ、どうしようもなくすれ違ってしまっていた。
 言語で表すことのできない鬱屈とした激情に蓋をする。

 それでも私は……

「それでも……っ! 皆が必死に考えて動いて、そのおかげで私がここにいるのだとしたらっ! 私は皆がしたことを否定したくない!」
「フォリア……」

 『何故』『どうして』、心の底から溢れてくる感情は答えの分かりきった疑問で埋め尽くされていた。
 けどそれを口にした瞬間、全ては瓦解を始める。

 私たちは笑っていた。
 泣きながら笑っていた。

 やけくそかと言われれば、まあ、やけくそだ。
 だって家族も、知人も、物も、そして私たちの世界すらも無くなろうとしてるのだから。
 やけくそでも何でもいい、今を走る気力さえ湧くのなら何でも。

「カナリア、再構築を。あれがここまで来たら私でも全部を防ぐのは無理だから」

 先ほどの光球を、しかし先ほどを超える速度で編み始めていた彼女が鼻を鳴らす。

「ふん、私を誰だと思っている。既に再開しているさ」
「流石、天才だね」
「貴様も随分と分かって来たじゃないか、この私の才能と技術の偉大さをな!」

 大層に胸を張る彼女へ笑おうとしたその時、耳が風切り音を察知する。

「おい!」
「ふんっ!」

 激しい踏み込み。アスファルトが罅割れ、トラックほどの破片がいくつか地面に生まれる。

「よっこい……っしょぉ!」

 指先を隙間へと滑り込ませ全力で放り投げたアスファルト塊が、くるくると激しい回転で飛翔物を巻き込み、そのまま爆音を上げモンスター達のど真ん中へと直撃。
 ついでに巻き込みからうまく逃れたいくつかの飛翔物……よく見ると手のひらほどの羽根だった……を弾き飛ばし、背後のカナリアへ声を張る。

「大丈夫!?」
「ああ、完璧だ! 後二分ばかし稼げ!」

 二分、きっと彼女なりの最短が二分なのだろう。
 ……が、その言葉に顔をしかめる。

 恐らくあの膨大なモンスター達がここまでたどり着くのに、何もしなければ一分もかからない。
 そしてカナリアの魔法陣は今ですら彼女の身長程、最終的には相当巨大なサイズになるだろう。
 つまり的としても当たりやすくなる、私一人で覆い切れるものではない。

 ここまでママや馬場さんのおかげもあり、戦闘は群れへと大穴を穿ったあの一回だけで済んでいる。
 この先予想される戦いのため、出来ることなら一度足りとてスキルを使いたくないのは確かだが、しかし今回ばかりは避けようもない。

 ――直接突っ込んで気を引くか?

 私があそこへ飛び込めば当然群れの動きはしっちゃかめっちゃかになる、スキルを使わずとも撹乱は可能だ。
 カナリアが合図をした瞬間『アクセラレーション』で飛び出せばいい、流石にあの加速した世界で追い付けるモンスターは存在しないだろう。
 これが最適か、一つの問題を除けば。

「おい、無闇に近づくと消滅に巻き込まれるかもしれん! 攻撃をするにしても、なるべく遠距離で済ませろ!」

 姿勢を低くした瞬間、まるで後ろに目が付いているのかと勘繰るほど正確に、ぴしゃりと彼女が警告を飛ばした。

「ですよ……ねっとぉ!」

 目の前に飛んできた羽根達を右手で全て摘み足元へ叩き捨て、苛立たしさに唇を噛む。

 そう、ダンジョンの崩壊において最も恐れるべきは、いつ起こるかもわからない世界の消滅。
 モンスターを中心として起こるそれは、私ですら目視することが出来ないほど一瞬で、その上ありとあらゆるものを吸い込む絶対的なもの。

 モンスターの数が多ければ多いほど、当然その場所で消滅が起こる確率は跳ね上がる。
 あの群れだ、なるべく触れないよう一瞬で仕留めて離れる、などは難しい。
 たとえどれだけ弱いモンスターでかすり傷すら負わない存在であっても、目の前で消滅が起こってしまえばもう終わりだ。

 じゃあどうしろっての!

 じりじりと熱を帯びる後頭部、怒りに声が溢れそうになる。
 多分、私は私が思っている以上に焦っていた。

「……っ、ふぅ……」

 落ち着け……冷静になれ、私。
 何か利用できるものは? 周囲には何がある?

 所々抉れた道路、へし折れた街路樹や街灯、元協会本部であったビル、家の残骸。
 

 木……は無理、柔らかすぎる。
 二千レベル程度のでっかいダチョウですら粉砕してきたのだ、まともに通じるわけがない。
 ならば……

「まずはこれでお試しかな」

 横に建てられていた街灯の根元へ足がめり込む。
 子気味の良い音を立て千切れる内部の配線、一層力を籠めれば街灯は容易く外れた。
 そして捩じり切り取られた街灯の根元を二度、三度と踏み付け、平たく潰していく。

 あまり投擲は戦いで使ったことがないけど……まあ、こんだけ馬鹿みたいにいるなら、適当に投げても当たるでしょ。

 ぐるりと回した首から、コキパキと音が上がる。

「よ……っこいしょぉ!」

 少し力を籠め過ぎたせいで握っていた場所が指型に抉れるが、しかしそれが上手く回転を掛けることに一役を買ったようで、凄まじい回転を纏い槍投げよろしく一直線で滑空する街灯。
 突き刺さり、貫通し、無数のモンスターが空中で魔石へと姿を変える。

「もいっちょ!」

 更に空中の魔石は放たれた追撃の街灯に叩き潰され、砕け散り……盛大な爆風の連鎖を生み出した。

「おぉ……」

 思わぬ結果、見事なまでの大爆発に思わず拍手をしてしまう。

 異常なまでに過密したモンスター達との戦闘による思わぬ副産物。
 それは魔石同士が連鎖的に爆発を起こすことで、私のように魔法が使えなくとも遠距離から起爆、広範囲へのダメージが狙える事であった。

 勿論魔石自体が頑丈なのもあり余程レベル差がないと起こりえない現象ではあるが、これは運が良い。

「ハァッ! せあっ!」

 それから私は手当たり次第に投げた。
 電柱、家の屋根、コンクリート塊、踏み割ったアスファルト。時々カナリアの方向へ飛ぶモンスターの攻撃を遮り、ひたすらに。
 そして周囲にまともにダメージを与えられそうなものが無くなったことに気付き、ふと手を止めた。

「やっぱり……っ」

 流石に、厳しいか。

 そもそも投擲に向いている物があまりない。
 ほとんどが砕かれたり千切れたりしてしまっているのだ。最低限のサイズとして軽自動車以上、それ以下のサイズではまともにダメージを与えることも叶わない。
 その上投擲の衝撃で砕けないことも重要だ。多くの物は地震の衝撃で罅などが入ってしまっているので、投げた途中で分解してしまうものも多い。

 私の視線が向いたことに気付いたのだろう、カナリアが小さく首を振る。

「まだだ」

 投げられるものは、ある。

 ただしここから離れれば、という言葉が付くが。
 当然だ、私は周囲にあるものを投げていたのだから、場所を移動すればまだ使えそうなものはある。

 しかしそれはカナリアから距離を取るということ。
 離れれば魔法陣の護衛は叶わない、間違いなく攻撃を防ぎきることはできないだろう。

 最後に残されたものは……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

ブラフマン~疑似転生~

臂りき
ファンタジー
プロメザラ城下、衛兵団小隊長カイムは圧政により腐敗の兆候を見せる街で秘密裏に悪徳組織の摘発のため日夜奮闘していた。 しかし、城内の内通者によってカイムの暗躍は腐敗の根源たる王子の知るところとなる。 あらぬ罪を着せられ、度重なる拷問を受けた末に瀕死状態のまま荒野に捨てられたカイムはただ骸となり朽ち果てる運命を強いられた。 死を目前にして、カイムに呼びかけたのは意思疎通のできる死肉喰(グールー)と、多層世界の危機に際して現出するという生命体<ネクロシグネチャー>だった。  二人の助力により見事「完全なる『死』」を迎えたカイムは、ネクロシグネチャーの技術によって抽出された、<エーテル体>となり、最適な適合者(ドナー)の用意を約束される。  一方、後にカイムの適合者となる男、厨和希(くりやかずき)は、半年前の「事故」により幼馴染を失った精神的ショックから立ち直れずにいた。  漫然と日々を過ごしていた和希の前に突如<ネクロシグネチャー>だと自称する不審な女が現れる。  彼女は和希に有無を言わせることなく、手に持つ謎の液体を彼に注入し、朦朧とする彼に対し意味深な情報を残して去っていく。  ――幼馴染の死は「事故」ではない。何者かの手により確実に殺害された。 意識を取り戻したカイムは新たな肉体に尋常ならざる違和感を抱きつつ、記憶とは異なる世界に馴染もうと再び奮闘する。 「厨」の身体をカイムと共有しながらも意識の奥底に眠る和希は、かつて各国の猛者と渡り合ってきた一兵士カイムの力を借り、「復讐」の鬼と化すのだった。 ~魔王の近況~ 〈魔海域に位置する絶海の孤島レアマナフ。  幽閉された森の奥深く、朽ち果てた世界樹の残骸を前にして魔王サティスは跪き、神々に祈った。  ——どうかすべての弱き者たちに等しく罰(ちから)をお与えください——〉

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

処理中です...