上 下
78 / 363

第78話

しおりを挟む
『ケェッ?』
『ココ?』

 木の影から真ん丸な奴らがひょっこりと顔を出し、くりくりとつぶらな瞳でこちらを見る。
 せめて腰くらいの高さならまだかわいげがあるのだが、どいつもこいつも数メートルの巨体で爆走して来るのだから、愛おしさのかけらも感じない。
 ぶっとばしたい。

「まだ出てくるの……!?」

 苛立ちにため息でも一つ吐いてやりたい気分だが、そんなことをする暇もない。
 気の抜けるような鳴き声だが既に同じ声を上げる存在を数時間殺して来たので、いい加減にうんざりしてきた。

 広大な森。たとえ共食いをしていたとして、それでも次から次へ湧いてくるモンスターは一向に尽きることがない。
 こんな状況だというのにレベルが上がる度、どこかふわふわとした、非現実的な感覚に襲われる。
 うまく事の進まない現状に間違いなく心は苛立っている……はずなのだが、自分の心が自分のものじゃないみたいに、愉快な感情が勝手に湧き出してくる。
 これがランランハイハイというやつか? 自分の感情が気持ち悪いと思ったのは初めてだ。

 疲れて変になってるのかな……

 固まった眉間をほぐしぎゅっと相棒の柄を握る。

 幸か不幸か、ダンジョン崩壊の最初も最初、出だしに遭遇することができたおかげで、今のところ敵のレベルに対応しきれないということはない。
 もちろん相手のレベルにばらつきがあるのはそうだが、こちらだって数か月頑張って戦ってきたので多少のレベル差なら何とか覆せるし、なにより相手のレベルが上がるほど私のレベルも加速的に上昇する。
 これは『スキル累乗』と『経験値上昇』の組み合わせができるからこそで、普通の人ならこうはいかなかっただろう。

 だが遭遇するモンスター……ほとんど巨大ダチョウだが、蛾はレベル差があるダチョウに一方的に食われている……自体のレベルも、猛烈な勢いで上がってきている。
 きっと丸ごと食べているので、私同様に経験値か魔力を余すことなく吸収して、すべてレベルアップにつながっているんだと思う。
 要するに滅茶苦茶ギリギリの状態なのだ、戦う手を止めると相手のレベル上昇速度が上回ってしまうから。

 私と同じようなレベル上昇をする存在がここまで厄介だとは思ってもいなかった……

 泣きたい。
 めっちゃ泣きたい。
 インチキレベルアップも大概にしろ、ずるをしてレベルを上げるなんてずるいぞ。
 大体モンスターがレベルアップするとかダメだろどう考えても、大食いでカレー食べてるときに突然カレーがどんどん辛くなったら困るでしょ。

 何よりもきついのは敵の体が大きくなることで、殴ろうとまともに攻撃が入らないこと。
 『巨大化』と『累乗ストライク』の併用はMP的にも、肉体的にも消耗が激しく、治るとはいえ使う度に走る全身への激痛は、精神的にもこちらを疲弊させてくる。

「くっ……『巨大か……」

 唱えた瞬間からずしりと来るはずの重さは、そのわずかな片鱗すら見せてはくれなかった。
 いや、重さだけではなく、スキルを使ったとき特有の、体へ何かが巡る感覚もない。

 MPが切れたんだ……!

 ステータスを開くまでもない、疲労で鈍くなった頭でもそれは直感で理解できた。

 多少睡眠をとったとはいえ二日間戦い続けた結果、レベルアップでは回復しないのもあって、ついにスキルを一回発動するだけのMPすらも切れてしまった。
 何より私は『スキル累乗』によって重ね掛けした分だけ、消費するMPが跳ね上がる。
 ここまで持っただけマシかもしれない。

 にしたってこれはいかんね、どうしたものか。
 失敗前提、死ぬ覚悟。ダンジョン崩壊が起こった場合間違いなく死ぬとは思っていたが、あっさり死んでたまるか。
 私はまだ、やってないことが星の数だけあるんだから。

 一瞬ぶれた意識の間隙を縫い、一斉に鳥たちは全身へ炎を纏い、地を駈けた。
 こちらへ驀進する炎の塊。体は大きくなろうと何の問題もなく、ダチョウの技は扱えるらしい。

「しぃ……っ!」

 ギリギリではあったが直前に気付くことで、地面を転がりながらの回避は間に合った。

 激しい熱波が背中を駆け抜け、髪が熱に犯される匂いが鼻を衝く。

 ズゥゥ…………ン

 勢いを抑えきれなかったのだろう、
 私が数人手を広げたって覆えそうにない大きな幹も、その巨体による突進にはひとたまりもなく、メキメキと嫌な音を立てへし折られる。
 しかしそれをものともしない。纏わりついた木屑を身震い一つ、無傷ではい出てきたダチョウは長い首で辺りを見回し仲間と何やら合図を取ると、再び獲物わたしをただまっすぐに見据えた。

 『経験値上昇』にかけた『スキル累乗』を一旦解除して魔石を確保、即砕いてぶん投げて全力ダッシュ……かな。
 多少ダメージを食らうのは前提で行くしかないよね……嫌だなぁ、痛いの。
 あの赤と白の肉が裂け、罅が入った骨が軋み、筋肉が震えて痛みを伝える感覚は永遠に慣れることはなさそうだ。

 よし、行くぞ。ぶっ飛ばすぞ。

「う……お、お、おぉぉぉ!!」

 震える膝を押しつぶす勝鬨、疲労を吹き飛ばす絶叫……を上げた瞬間、突然横から何かが駆け抜けてきた。

「行け安心院!」
「かっ、確保ぉぉぉぉぉぉッ!」
「ほげぇっ!?」

 どこかで聞いたことのある男の声と、どこかで見たことのある巻かれた黒髪。
 誰かが猛烈な勢いで腹に突き刺さってきたと思ったら、さっきまで私を喰おうと睨みつけてきた鳥たちの頭が次々に爆散した。

 え、なにこれ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

ダンジョンブレイクお爺ちゃんズ★

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
人類がリアルから撤退して40年。 リアルを生きてきた第一世代は定年を迎えてVR世代との共存の道を歩んでいた。 笹井裕次郎(62)も、退職を皮切りに末娘の世話になりながら暮らすお爺ちゃん。 そんな裕次郎が、腐れ縁の寺井欽治(64)と共に向かったパターゴルフ場で、奇妙な縦穴──ダンジョンを発見する。 ダンジョンクリアと同時に世界に響き渡る天からの声。 そこで世界はダンジョンに適応するための肉体を与えられたことを知るのだった。 今までVR世界にこもっていた第二世代以降の若者達は、リアルに資源開拓に、新たに舵を取るのであった。 そんな若者の見えないところで暗躍する第一世代の姿があった。 【破壊? 開拓? 未知との遭遇。従えるは神獣、そして得物は鈍色に輝くゴルフクラブ!? お騒がせお爺ちゃん笹井裕次郎の冒険譚第二部、開幕!】

処理中です...