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第二百五十話

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 時を戻す、と言っても、全ての状況が初期化されたわけではない。
 むしろ積極的に協力してくれる国家の多くが消滅した上、それらの大半は先進国であったため、事態はより深刻な方へ進んだと言って良いだろう。

 そしてカナリアは再び協力を仰いだ。

 一週目の世界で生き残った、間違いのない協力者を。
 そして二度目の世界で出会った人々を。
 三度目の世界では多くの実力者が犠牲になっており、新たに出会うことなどほぼできなかったものの、生き残った者たちを募って戦い抜いた。

「何度も作戦を変えた、だが奴も間抜けではない。己の国で進めた研究、この世界の無知な人々、ありとあらゆる手で私たちの手をかいくぐっては、完全に仕留めることが出来ず時を戻された」

 そもそもかの世界はあれだけの塔を築き上げ、制御できるほど魔法に対しての研究が進んでいる。
 数の優位などない。

 三回、六年の時を戻され、そして今が四週目。

「組織を作り上げても無駄だ、そんな気は三週目の途中からしていた。組織が大きければ大きいほど、強力な人間を集えば集うほど、クレストの目につきやすくなる。こちらも対策を散々講じてはいるものの、一方的に異世界から魔天楼を崩壊させ、こちらを消滅させることの出来る奴にとってはゴミ以下の悪足掻きに過ぎない」

 低く軋んだ音が地下室に響く。

 パパの椅子に座り込んだ彼女は両手で顔を覆い、絞り出すように吐き出した。

「今まで通り、定期的に魔天楼が破壊されていったのなら、あと一本か二本砕かれた時この世界は消滅する。そもそも罅割れは元通りに治っているわけではない、消滅と共に潰れて無理やり閉じられている状態だ。局地的に穴を開けられては閉じているのだから、当然脆弱性は増す」

 私の思い描いていた終焉は、この家からでも見える巨大な青の塔、『碧空』が崩壊することで日本語と消え去ってしまうというもの。
 だが真実は、日本が消えてしまうなんて甘っちょろいものではなく、もっと広大なものであった。

「この週が最後なのだ。もう失敗は許されない、今までの週のように無駄にすることはできない」
「カナリア……」

 全てが無駄だったとは、私は思わない。

 きっと一週目や二週目、三週目で立ち上がった人たちが居たからこそ、今私たちはこうやって生きることが出来ている。
 もし恐怖に負けてクレストと戦うことを諦めていたら、きっと四週分、つまり二十四年もこの世界は残っていなかっただろう。
 名前も声も性格も知らない人たちの犠牲があったからこそ、こうやって私は意識をもって歩き回れている。

 だが、きっと今の彼女にそのことを言っても無駄なのだろう。

「そのために私は組織を作り上げることを止め、深紅の剣を創り上げた」

 深紅の剣は見た目こそ小さいものの、魔天楼と同じ構造をしている。
 即ち差し込んだ存在から無理やり魔力を吸い上げる、巨大な汲み上げ機とも言えるだろう。

「そういうことだったんだ……カナリアはこれで、クレストの魔法を……」
「ああ……剛力という男に手渡すつもりだった。奴はそこそこ話が通じる人間だ、証拠さえ見せつけてしまえば私情を捨てて動く」

 私の体質が特殊だからこそ特に害がないが、本来この剣を突き刺された上でフル稼働した場合、その存在は魔力の一切を抜き取られるだろう。
 すなわち、それは魔法の封印でもある。

 ことあるごとに彼女は終わりだ、と呟いていた。
 ああ、確かにこうやって話を聞いてみると、なるほど、確かに終わりだ。
 二度と創り出すことの出来ない剣を使ってしまった時点で、この週で組織を創り上げていなかった彼女に、クレストへ抵抗する術は存在しない。

 だが彼女の作戦は、もっと前の時点で失敗していたと言えるだろう。
 いや、失敗というのは私にとっても、あまり聞いていて心地の良いものではない。
 彼はそのレベルから、広い範囲でダンジョンの崩壊を食い止めていたし、なにより、何も知らずに過ごす日々はとても平和で……っ。

 彼の死はそれだけ私に……いや、私たちには大きなものであった。


「筋肉は……剛力は死んだよ」


 鼻で笑う声が響いた。
 しかしそれは次第に大きくなり、くつくつと喉を鳴らす笑いに代わる。

「貴様、嘘が下手くそだな! 頭が凝り固まった聖職者でも、もう少しまともなものを考える頭があるぞ! まあ? この私を元気付けようと下らない冗談を必死に考えたのであろう点は評価をくれてやってもいいが? ちょいとばかし安直が過ぎるな! もう少し表情筋と脳みそを鍛えた方が良いぞ!」

 うざ。

 どうやらカナリアは暗い雰囲気に耐え切れなくなった私が、下らない冗談を飛ばしたと考えたようだ。
 キリリと、無駄にキメ顔で口早に語り出した彼女へ、『アイテムボックス』から取り出したスマホを叩きつける。

 私がいくら説明しようとも彼女は納得しない、自分の目で確認してもらった方が良いだろう。

「くふふ……フゥーッハッハッハッハッハッハァ!」
「――っ!?」

 しかし私のスマホを暫く弄った彼女は、突然奇声を上げて笑い始めた。

「電波が通じん!」

 そう、ここは地下室。
 ガチガチのコンクリートで囲まれたここでは、スマホの電波など通すわけもない。
 その上何故かカナリアはドヤ顔、椅子にふんぞり返っている。

 謎の敗北感が私を襲う。

「……取りあえず大体の話は分かったし、外出ようか」

 パパの分厚い本とガラスのペンを『アイテムボックス』へそっと置き、椅子へふんぞり返る彼女の手を引いた。
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