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第二百二十三話

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「……勝手にしろ! 貴様が死んだら速攻であいつを殺してやる、生き返った後で文句言うなよ!」

 カナリアが背後へ回った瞬間、琉希へ一直線に巨腕の一撃が見舞われた。
 普段通りならばきっと避けられなかった一振りであったが、想像以上に目で追えていることに琉希自身も驚きつつ、間一髪のところで地面へ転がる。

 ――これなら……!

 二撃は既に振られていた。
 しかし琉希はそれも岩に張り付き空へ逃げると、今度は自分で交互に出す岩の上を跳び回り、再びフォリアへの呼びかけを再開した。

「貴女は何かをする度毎回嫌なことがある、無駄なことをするくらいなら何もしたくないって泣いてましたけどっ、それは本当にただ嫌な事だけが起こっていたんでしょうかっ!?」

「自分について調べたことありますか! ネットの記事や新聞は!? そりゃ有名人と比べたら劣るかもしれませんけど、着実に、確実にあなたを応援する人は増えてるんです! 貴女に助けられて、感謝して、応援してる人がどんどん増えてるんですよ!」

 日々迫りくる事に追われていた彼女。
 なんならスマホという一般的に普及している利器すら、半年前ほどに漸く手に入れた彼女にとって、エゴサーチなどと言う行為はまず思い浮かびすらしないのだろう。

 だが琉希とて一般的な女子高生。
 少なくとも自分は親友と思っている相手がそういったサイトに掲載されれば、ついつい調べてしまうものだし、なんなら他の友人にあたしはこの子の知り合いなんだぞと写真を見せびらかし自慢すらしていた。

 勿論掲載された記事や、それにつくコメントが全て好意的なものではない。
 穿った偏見、探索者という戦闘へ従事する職業への侮蔑、本人の容姿への野次。
 いくら社会綺麗な外面の寛容を掲げようとも、相容れない相手へ拒絶感を覚える人種は少なからず存在し、時として彼らは冷酷な言葉を吐き付ける。

 だがそんなのは一部だ。

 騒がしくがなり立てる少数の裏には、きっとそれ以上に、たとえ積極的に言葉には出さなくとも、応援し続けている人たちがいる。
 彼らは常日頃から隠し持った感情を口にしているわけではない。もしかしたら忙しない日常の中で、応援していたという事実すら忘れてしまっている、一見すれば全くの他人と見分けのつかない人々なのかもしれない。
 だが一度話してみれば直ぐに思い出し、歩み寄ってくれるはずだ。

 そしてフォリアは、きっとそういう人と出会ったことがある。

「無駄じゃない! 貴女のしてきたことは何一つ無駄じゃなかった! 一見ただ状況が悪くなったようにしか見えなくても、きっと一歩ずつ前に進んできたんです! だからこんなところで死なないでくださいっ、こんなくだらないことで……こんな状態でッ!」

 フォリアしか知らない真実がある。
 他人には絶対に口に出来ない、信じてもらうことすら出来ない話がある。

 そんな、うんざりするような現実に直接立ち向かうには、社会的な力もない彼らの声は非力かもしれない。
 だがその声には力がある。
 前を向き、歩み、背中を押すための確かな力が。

 怪物は何も口にしなかった。
 爬虫類然とした無機質な瞳で、ただ淡々と腕を振るい、地を切り裂き、乱雑に大穴を開けていくだけ。

「……ぐぅっ……!」

 怪物の背丈からすれば軽く爪が引っかかった程度ではあるが、その程度でも琉希のわき腹はがっぽりと抉り取られ、雪の上には汚い深紅の花が咲いた。
 石ころのように吹き飛ばされ、何度も地面を転がり、それでも回復魔法を何度も飛ばして、ふらふらとゾンビのように立ち上がる。

「アリ……ア……さんだって……貴女を待ってるはず……なんです……! 寝たままだけど……ずっと……ずっと会いたがってるはずなんです……!」

 内臓が傷付いたのか、口内を噛み千切ってしまったのか、ぶわりと広がる鉄さびの匂いに琉希の意識が飛びかけた。
 しかし地面へ靴を擦り付け、目前に立つ少女・・の瞳を見据えると、ジグザグと這うように地面を走り抜ける。

 彼女の心に最早目前へ迫る死や、圧倒的な存在である異形へ立ち向かう恐怖はなかった。

 怪物を前に恐怖が凍り付いた? 失敗した時を考えていない、ただ愚かなだけ?
 そんなことはどうでもいい。

 恐れようと、怯えようと、あるいは奮起しようと、きっと己がすることは何一つ変わらないのから。

「アリアさんだけじゃない……和菓子屋のおじさんだって、協会の人たちだって、芽衣ちゃんだって……」

 跳躍。

 だが届かない。
 跳びあがった彼女の目を追いフォリアが立ち上がり、剛腕を真横へ振り払った。

「私だって……っ!」

 苦し紛れだろうか、琉希を遮るように召喚された岩は、当然のように容易く殴り飛ばされる。
 暴虐と言うほかない圧倒的な一撃は、岩の奥に隠れた琉希すらも叩き潰し……

「いっぱい、いっぱい居るんですよ、貴女を待ってる人が……っ!」

 ――いや、違う。

 琉希は生きていた。
 フォリアの視界からは遮られて見えなかったが、もう一枚の岩、その頂点に左手で捕まり足をかけ、右手でフォリアのカリバーを握り締めていた。

 彼女は一瞬姿が隠れた隙で自身へ『リジェネレート』を何重にもかけると、己へ襲い掛かるであろう衝撃に備え歯を食いしばった。

 剛力で殴り飛ばされた岩が、恐ろしい勢いで琉希のいる岩、その下半分へ衝突する。

 野性的なシーソーだ。

 膨大な質量を持った岩が恐ろしいほどの速度によって射出され、更にそのエネルギー全てが琉希の身体へ集中する。
 骨がへし折れ、血反吐を吐き、意識が飛びかけた。

 慣れない負荷、最近慣れた死にかける感覚。

 だがその度に己へ課した回復魔法と、短な時間では話しきれないほど大きく熱い感情が意識を叩き起こし、一層のことカリバーを握る掌へ力がみなぎった。
 継続して発動する回復魔法の輝きが、彼女の背中を追う軌跡となる。

 ギリリと、固く握られたグリップが叫びをあげた。


「だからっ、目を覚ませよ! 結城フォリアあああああああああああああああああああああアァァァァアァッ!!!」
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