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第二百十九話

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『私は誰だ』

 雪の中を歩いている間、ずっと疑問が頭を過ぎっていた。

 何か大事なことをしに来た気もするし、ただ彷徨っているだけな気もする。
 すごく大事なものを守りたい気もするし、既にその大事なものは無くなってしまった気もする。

『ボクは誰だ』

 でもなんだか、もう全部投げてもいい気もする。
 だって何が何だか分からないけど、どうせこの先にはまともな未来なんて存在していない気がするから。

 体中がいたい。
 殴られているような、抉られているような、何か大事なものが失われているような。

 こんな変な腕じゃなかったはずなんだけど、じゃあどんな腕だったのかって言われたら思い出せない。
 俺の小さな体だと……あれ? 何で小さいなんて思ったんだろう、木なんて倒せるくらい大きいのにね。

『あ……』

 爪でつまんでいた小さな瓶の中にある、黄色い粉が尽きた。
 振っても出てこない、わずかな滓が雪の中に舞う。

 誰かと、どこかで拾った気がするそれは、舐めている間だけは痛みを忘れられた。
 誰だっけ。
 強かった気がする。大きな武器を振って、一緒だと楽しかった気もする。

『あ、きつねだぁ』

 ずっとずっと遠く、背後を歩いていた小さな獲物の音を聞き、真後ろ・・・へ首を捻り捕捉する。

 たべないと。



『魔石を集めてきてほしい、ですか?』
『うむ。手持ちはあるのだが、やはり多ければ多いほどいいからな』

 カナリアに告げられた場所は、三人の借りているホテルからほど近いダンジョン。
 レベルも格下であり、戦闘能力が比較的低い琉希でも、一人で十分に対応できるモンスターばかりであった。

 広い草原が主体となったダンジョン。
 サクサクと落ち葉を踏んでは、持ち込んだ岩を叩きつけモンスターを捻り潰していく琉希。

 ずんずんと歩みを進めていく中、ふと地面へ視線を向けた彼女の足が止まった。

「おや……」

 目に飛び込んできたのは少女が何故か好んでいた、ダンジョンとあらばどこでも落ちている奇妙な果実。
 コロンと小さく、誰でも一口で食べてしまえるほど。
 栄養やカロリーも豊富で、ダンジョン内で遭難した時に食物が尽きても、これで食いつないで行ける不思議な存在。
 しかし人が不快に思う感覚を存分に詰め込んだ味は、それこそ命の危機が掛かっていなければ食べようと思わないと噂されている。

 かつて、隠された恩恵を与った時は、噂に違わぬその味に、もう二度と口にすまいと心に誓ったものだが……

「一応、集めておきましょうか」

 琉希はそう呟き、『アイテムボックス』へ新たな希望の実を詰め込んでいった。



「綺麗……」

 ホテルの前へ戻ってきた琉希が目撃したのは、空いっぱいへ浮かぶ、輝く道の文字列たち。
 それはカナリアを中心として渦巻いており、かつてどこかで見たイルミネーションなどとは比べ物にならない程、不思議な煌きを宿した美しい光景であった。

「事前にちょっと作っていたものを流用したのだ、二日どころか一日もいらんかったな。ふっ、まあこれが天才たる所以よ」

 しかしその感動も、自信満々に鼻を鳴らす彼女の言葉に露と消える。

「もう少し謙虚になったらどうですか」
「事実を言ったまでだ」

 彼女への突っ込みももはや慣れたもの。
 琉希自身、あれ、なんか自分のキャラクターと色々と違わないか、と思うところはあるものの、それ以上に息をつかせないほどに吐き出される突っ込みどころが、琉希を突っ込み役の仕事へ縛り付けていた。

 事前に手渡しておいた千円札を自販機へ押し込みながら、琉希へ、先ほどまでカナリアの立っていた、文字の中心へ魔石を置くように指示する彼女。
 カナリアはその魔石を、足で雑に位置調整しながら缶を開け、中身を一気に飲み干した。

 周囲に甘ったるい香料の匂いが漂う。

「ふぃー、やはりドクトールペッパーは美味いな! 貴様らの作り出した発明の中で一二を争うくらいだ、誇っていいぞ!」
「私それ嫌いなんですけど……」
「なっ、お前味覚大丈夫か!? この知的な香り漂う至高の飲み物を!? 嫌い!?」

 なぜそこまでドクトールペッパーへこだわりを持つのか分からず、妙な執着に困惑する琉希。
 清涼飲用水と言うのは時として妙な狂信者を生み出すものだが、どうやら目の前の駄目エルフも完全に魅了されてしまったうちの一人だったらしい。
 そういえば異世界にジュースが存在するのか、普段の生活はどんなものなのか、といったこともふと疑問に浮かび興味を引かれたが、そんな事より重要なことがあると首を振る琉希。

 二本目のジュースを購入し、今度はゆっくり飲み干す彼女へ本題を話す様催促をする。

「む、ちょっと待ってろ……これでよし、っと」
「ひゃぁ!?」

 規則正しく魔石を並べ終えた彼女が、無造作に爪先で地面を叩いた瞬間、宙を舞っていた無数の文字が一点へ収束を始めた。
 スキルなどという紛い物ではない、一から全てを組み上げ、思うがままに世界を改変する真の『魔法』。

 光の奔流は加速していき、そのあまりの眩い輝きに目を覆ってしまった琉希が目を開いた時には……

 カナリアの腕には、三つの真っ赤な腕輪が握られていた。

「うむ、魔力は足りたようだな。それにしても……ひゃぁ!? ってお前なんだ今の声! 恥ずかしくないのか!? あは、アハハハだだだあだっ!?」
「……さっさとそれの説明してください」

 アームロックを極められたカナリアは、琉希へ関節技を解除するように訴える。

 渋る琉希。
 しかしこのままでは話が進まないと、仕方なしに解かれた腕に一応の回復魔法を、何とも雑に投げられながら彼女は説明を開始した。

「この腕輪で魔法を発動すれば、発動者の前に光の魔法陣が形成される。その中に踏み入った者が、発動者の魔力量に応じて体内の魔力を引き抜かれることになる」
「あれ? と言うことはこれ、他人から治療を施すことも出来るんですか?」

 琉希の質問へ深々と頷くカナリア。

「うむ、そっちの方が汎用性が高いからな」

 そういって管の中身へ口をつける彼女へ、琉希がおずおずと話を切り出した。

「あの……私にも一つもらえますか?」
「ああ、最初からそのつもりだ。実はこの治療法、時間が経つと体内に魔力が戻ってしまってな。その代わり以前よりは貯まる量が減るから、繰り返し施術をすることで許容値にまで戻すのだ」

 ダメもとでのお願いであったが、あっさりと手渡されて拍子抜けする琉希。
 もしこれがダメならば、カナリアから魔蝕を抑える魔法を習おうと思っていたばかりに、これは嬉しい誤算と言えるだろう。

 ――これで、もし駄目だった時でも……

「発動は魔法の基礎が分からぬ貴様でも分かりやすい様に、声と動作で出来るようになっている」
「あ、それはわざわざありがとうございます。お礼に飴いりますか?」
「子供か! だがいる! んぐ……腕輪を片手で抑えながら、『リアライズ』って言えば発動するようになってるから、『アイテムボックス』にでも仕舞っといて今後定期的に使うようにな」

 

「なるほど……有難うございます」
「ああ。ふぅ……流石に疲れた……少し休ませてくれ。そうしたら出発しよう」

 そういってホテル内へのそのそと戻っていく彼女。

「おっと……」

 カナリアを見送る琉希であったが、不快な浮遊感とおぼつかぬ足元に、思わず膝をついてしまう。

 ざらりとしたアスファルトが頬に触れた。

 実際機能するかはともかくとして、漸く完成した希望の光。
 しかしこれを完成させるまでに丸一日、そしてカナリアに出会うまでも戦闘の連続であり、緊張が緩んだせいか一気に疲労感が現れたらしい。

「あたしも……ちょっと休みましょうか……」
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