『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA

文字の大きさ
上 下
185 / 257

第百八十五話

しおりを挟む
「マスターが帰ってくるまで良く磨いておかないと!」

 ここ毎日、赤子が覚えたての言葉を繰り返す様に、園崎さんはその言葉ばかりを口にしていた。

.
.
.

 最初に気付いたのは私からだ。

 印鑑が消えている。
 既に筋肉が確認をしたはずの書類だ、分類されていたはずのそれが何故か机の上に置かれていて、日付がもうギリギリだと催促するウニに首を傾げた。

「いやだから、支部長代理のお前がさねえと出せねえじゃん。ここ支部長いねえんだからさ」

 昨日だだ滑りしたそのネタを、今日になってもまだ続けるのかとため息が出た。
 そんなんだからお前はウニなんだ、たまにはカニに位なってみろと背中を叩いてやりたいほどだ。

 しかしどうにも退く様子がない。

 仕方なしに、黒く重厚な筋肉用の机に仕舞っておいた印鑑を取り出そうと椅子をずらし、鍵を捻ったところでふと、存在すべきものが存在しない違和感に吐きそうになった。

 小物がないのだ。
 当然この机は元々私の物ではない。筋肉のペンだとか小物が色々と入っていたし、私はあくまで代理としてここに座って、隙間に物を置かせてもらっているに過ぎない。
 鍵を持っているのは私だけ、鍵が壊されているわけもなく、はて、それならそこそこたっぷり入っていたはずのそれらは、一体何処に行ってしまったのだろうか?

 しかしまあ、筋肉がどっかで何かをする必要があって持ち出したのだと思ってその時はスルーした。



「あれ、このプロテインデザイン変わったんだ……」

 コンビニ行った時だった。

 書類整備に疲れたし皆に差し入れついでに甘いものでも買い込もうと、ふらふらコンビニの中を歩き回っていたら、小さな違和感がまた喉に引っかかる。
 それは昔ポーションだと思って買ったプロテイン。筋肉が広告に出ていて、うお、あいつCMに出るくらい知名度あるんだなんてちょっと驚愕した覚えもあるアレ。

 確か端っこの方に筋肉いたと思ったんだけどなぁ……

 なにせ半年前のことだ。
 もしかしたら気のせいだったかもしれないけど、なんだか知り合いの姿が消えているのはもの寂しい。
 もしかして在庫に前のデザインの奴まだあるのかも、と店員さんへ聞いてみたが……

「いやぁ、別にデザイン変わってないんじゃないっすかね」
「そう……ですか……」

 と、あまり詳しくない人らしくにべもなく返されてしまった。
 悲しいが所詮はパッケージがちょっと変わった程度。わざわざ延々とそれについて聞き出すのも迷惑がかかると、シュークリームやフルーツサンドを買い占め、その日はおとなしくコンビニを後にした。



 違和感は重なっていった。

 筋肉について書かれていたネットの記事が消えた。
 言及していたブログだとか、スレだとか、或いは小さな呟きすら跡形なく綺麗さっぱりと。
 最強の人物として間違いなく挙げられていたはずなのに、どこにもない。

 どれも一つ一つは薄く、反対側に広がる日常が透けて見えてしまうほど。
 でも一つ一つ丁寧に重ねていくと、くっきり、はっきりとどうしようもない現実が浮かび上がってしまって、私たちはそれから目を逸らしていいのか、それともしっかり見つめるべきなのか決めあぐねていた。

 それでも世界は回り続けていた。
 たった一人が消えたところでなんてことないというように、筋肉が受け持っていた分のBやA級ダンジョンは崩壊し、それも防ぎようのない災害だったとレポーターが絶望に叫び、そして次の日には何もないように日常へ戻る。

 本当にそれは日常なのか? それは私にも分からない。
 多分日常を偽る非日常なのだろうと思うが、今世界に存在するニ十数億人にとっては、昨日と何も変わらないように感じるだろうし、皆の認識がそうだと訴えるのならきっとそれは日常なのだろう。

 消えた、消えた、また消えた。
 あれもこれもどれもそれも、あの人が戦ってきた証拠は消えた。
 あの人が必死に守っていた人たちが、土地が、記憶が、ダンジョンの崩壊によって消えた。
 あの人が守りたいと、もっと守るために協力してほしいと叫んできた痕跡が、何一つ、欠片すら残さずに消えてしまった。

 全部全部消えて行く。
 たった一人が消えただけで、ここまであっけなく状況は悪化していくのかと目を剥くほど、誰も察知することが出来ない世界の変貌は確実に起こっている。
 少なくともこの日本では、筋肉がいなくなってから恐ろしいほど変わってしまった。

「ね、ねえ、園崎さん……」
「……やめて」

 筋肉はきっと、世界の消滅に巻き込まれて死んだ。

 きっともう取り返しはつかない。
 今世界最強と呼ばれている人ですらレベルは六十万らしい。筋肉のレベルはついぞ知ることはなかったけど、その人の名前が上がらなかったのだから、そこには圧倒的な差があったのだろう。

「もう、筋肉は……」

 ――いない。

 はっきり言って私にもあまり現実感がない。

 五万レベルを超す、今の私ですら一対一、頑張っても一体二くらいが限界のモンスターを数匹相手にして、一瞬でかっ飛ばして勝ってしまったような人だ。
 弟子になると勝手に張り付いてから本気になった姿を見たことはないけど、常に余裕に溢れ、怪我一つ負うことなくモンスターをはったおす姿を知っていれば、あの人が死んでしまうとは決して納得が出来るものではなかった。

 今にもひょっこりと現れ

「よっ」

 なんて右手をひらひらしながら、適当な挨拶をして白い歯を見せてくれる、そんな気がずっとしている。

「フォリアちゃんに……一年もあの人と付き合っていないアンタに何がわかるの!? 好きな食べ物すら知らないくせに、どうして死んだって言い切れるの!? 私はずっと見てきた、ずっとずっと子供の頃から傍で見てきた! 怪我して、苦しんで、何度も何度も倒れて、それでも人のためにって立ち上がってここまで戦ってきたのを横でずっと見てきたの! その私が死んでないって言ってるんだから死んでるわけない! そう簡単に、何も言わずに死ぬはずがないの!」

 興奮のまま私の肩を握りしめ絶叫した、彼女の瞳孔は開き切っていた。

「ごめん……そうだよね、帰ってくるよね」

 私がそう頷くと、園崎さんは雑巾を片手に執務室を後にする。
 彼女のことを心配したウニやその幼馴染の橘さんが彼女を休めるよう言ってくるが、私もそういって彼女を止めても勝手にやってくるのだ。
 レベルもそこそこあり下手に閉じ込めても飛び出してくるので、どうしようもなく今はやりたいようにやらせるしかない。

 ウニは筋肉の事を覚えていない。
 アホネコも覚えていない。
 時々執務室に乱入してきて、菓子を貪りながら筋肉と雑談をしていた探索者の人たちも、誰ももう何も覚えていない。

 でも、ふと手を伸ばしたり、何もいない場所で身振りをしては、自分が何をしているのか分かっていない顔をして首を捻る。
 笑顔で部屋に乱入してきては、何しに来たんだっけと私に聞く。

『知らないよ』

 私がそういうと皆笑って、いやーごめんねと扉を閉じ帰っていく。

 確かにそこにいた。
 皆が完全にまるで何もなかったかのように振舞ってくれたら、私ももう少し楽だったのかもしれない。
 でも必ずみんなの心の中には大小彼の存在が根付いていて、忘れているはずなのにかつてのまま振舞い、私に絶対忘れさせない、常に想起させてやると囁いてくる。

 私が座るには大きすぎる革張りの椅子。
 靴を脱ぎ三角座りで太ももに顔を埋めると、どうしようもない感情が溢れ出して来た。

「私だってどうしたらいいのか分かんないよ……」

 筋肉は強い。それに何かするたび豆知識だとか、経験から来る色々なことを教えてくれた。

 強くて頭のいい奴が、組織と協力して世界の消滅に立ち向かう。

 私ごときが何かできると思ってもいないし、そんなすごい奴らが手を組んで対策するって言ってるんだから、きっともう大丈夫だと思っていた。
 私はその間筋肉が防いでいたダンジョンの崩壊を出来る分肩代わりして、そうすればあっという間に解決してしまうと信じていたのに。

 何も言わずに消えてしまった。

 手掛かりは何一つなく、私たちに出来ることもなにもない。
 筋肉ですらどうしようもなかったダンジョンの崩壊と消滅、経験も知識もない私たちで一体どうやって対処できるというのか。
 この先待つのはただ世界の消滅を目の当たりにしながら、根本的な解決方法も分からず、ただひたすら発生したダンジョンの崩壊を食い止めるだけ。

「いっつも俺に任せとけば大丈夫みたいな態度取ってたくせに……」

 やっぱり筋肉は嘘つきじゃないか。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト) 前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した 生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ 魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する ということで努力していくことにしました

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

処理中です...