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第百七十一話

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「うん、今日中には帰れると思う」
『そう、本当に頑張ったわね。じゃあ御馳走の準備しておかないと! 何か食べたいものなんてあるかしら?』
「んーじゃあお肉」
『もう少し具体的に言ってもらいたいわ……』
「じゃあ牛」
『えーっと……貴女の期待に沿えるよう頑張るわ』

 まあ確かに牛肉だけとはちょっとアバウトだったかなと思わないでもないが、アリアならきっとおいしいものを作ってくれるだろう。

「そういえばお金足りる?」

 ここに向かう前、アリアには生活費としていくらか渡して来た。
 結構余裕はあると思うがしかし彼女も欲しいものがあれこれと出てくるだろう、もっと渡した方が良かったかと結構気がかりであったのだ。

 しかし彼女の返答は、思いもしないものであった。

『実はパートを始めたの、一週間分は前払いしてもらったから平気よ。貴女ばっかりにお金頼るのも心苦しいし、ね?』
「そんな気使わなくてもいいのに、家事もやってもらってるし」
『気晴らしにもなるし気にしないで、気の合う人とも出会えたし楽しいわ』

 そう、か。
 娯楽と言えばテレビ一台しかない部屋、体が弱っていたとはいえ退屈極まりなかっただろう。

 自分の気の回らなさに落ち込む。

「うん、分かった。アリアが楽しいならいいと思う」



 電話をしてから半日、ボロイ見た目のアパートを前にして漸く帰って来たことに安堵する。
 秋も深まった今、夕方とはいえ周囲は大分暗いものとなっていて、窓の隙間から洩れる部屋の明かりはなんだか落ち着く。

「ただいま……アリア?」

 ドアノブを捩じりドアを開け……隙間から零れる声に私は違和感を覚えた。

 何か騒がしい。

 そんなはずはない、だってこの家にいるのはアリア一人なのだから。
 音が鳴るものだってテレビ位で、数人がぺちゃくちゃとしゃべっているようなことが起こるのはあり得ないのだ。

「『アイテムボックス』」

 ――泥棒か?

 『アイテムボックス』からカリバーを引き摺り出し、勢いよくドアを蹴って部屋へ飛び込む。

「アリ……あ……」
「そこでうちは思ったわけ、ああ、この子を勝手に目標にしようって」
「な、なんとお熱いことで……! あ、フォリアちゃんじゃないですか、おっすおっ」
「フォリア! おかえりなさい!」

 パタン

 ドアを閉じ外の冷たい空気を吸うと、スン、と心が冷静になる。

「なんか……変なのが見えた気が……」

 見たことある二人の少女が、なぜかアリアと机を囲って楽しげに話していた。

 疲れてるのかな。
 まあ一週間しっかり休憩をはさんでいたし格下相手とはいえ、戦い続けてきたわけだし当然か。

 こんな時は美味しいものを食べて寝るに限る。
 アリアも腕を振るってくれると言っていたし、きっと沢山食べて寝れば明日にはすっきり治っているはずだ 、うん。

 さっき見たのはきっと幻覚だ、奥にあるテレビの映像を勘違いしてしまったのだろう。
 だってそうだろう、家の場所なんて二人に一度も教えたことないのに、どうして私の家に琉希や芽衣がいるんだ。
 これは見間違い、目の誤認識に違いない。

 震える手でゆっくりドアを開く。

「フォリアちゃんおっすおっす!」
「うえーい、おじゃましてまーっす!」

 見間違いじゃなかった。

 今日は外でご飯食べよう、久しぶりにウニの友人のラーメン屋でも探しに行こうかな。
 そっと再度ドアを閉じ……ようとして、内側から伸びてきた二人の腕に手を掴まれ、渋々中へ足を踏み込む。

「何で二人が……?」

 至極当然なはずの私の疑問に答えたのは、ニコニコと純粋に嬉しそうな笑みを浮かべたアリアだった。

「実はパートで仲良くなった方が泉都さんのお母さんでね? 昨日おうちにお邪魔したら偶然再会したのよ」

 そうか、確かにアリアは一度私と琉希がお見舞いにいった時病院で会っている。
 彼女の母親と仲良くなったという偶然、しかしそれなら今日ここに居るのもあり得るだろう。

 納得と何とも言えないこの感情に口を窄める。

 しかし平然とポテチを食べているもう一人、つい一週間前に助けたばかりの彼女については別だ。

「二人共貴女の友達だって言ってたから誘ったんだけど……」
「琉希はともかく芽衣は会って一週間しか経ってないし、そもそも一日しか話してない」
「あ、そうそう、芽衣さんは一昨日隣に越して来たのよ」
「うえーい」
「は? え?」

 こ、越して来た……?

「大体越して来たって、芽衣はお兄さんと暮らしてるんじゃなかったの」
「いやぁ、確かに元々一緒に暮らしてたんだけどさぁ……正直兄貴めっちゃウザかったんだよね、何するにしても超小言うるさいし。嫌いじゃないよ? 仲いいよ? でもそれとこれとは別だよねー」
「あぁ……」
「ここ来る前めっちゃ泣いてて笑ったわぁ、警察まで呼ばれたし。マジウケる」

 けらけら笑いながらポテチをつまむ彼女であるが、その言いようからして結構壮絶な事件が起こったんじゃないだろうか。

 確かに、入り口近くに彼女がいないと気付いたときの彼の取り乱しようは凄かった。
 普段のノリは軽いが少なくとも彼女を想う心は本物、一緒に暮らせなくなるとなればその反応もまあ予想できる。

「最終的にフォリっちの近くに住むって言ったら渋々諦めてくれた」
「なんで?」
「家の場所は協会支部に連絡して直接感謝の礼がしたいって言ったら、サクッと受付のお姉さんが教えてくれたんだよねー」
「なんで?」

 何してんの園崎さん。

 ずっと立っているのもなんなので琉希の横に座る。
 そういえば椅子二つしかなかったはずなのに……と思いきや、どうやらこの二つは琉希が持ち込んだらしい。
 『アイテムボックス』をいつの間にか彼女も習得していたようで、どさどさと机の上に積まれるお菓子やゲーム機器。

 こいつ、今日遊ぶ気満々できたのか。

 手早くそれらをテレビにつないだ彼女は、私の両手を挟むように握り締め

「あたしは感動しました……フォリアちゃん同年代の人と絡んでるの全く見たことなかったので、もしかしてあたし以外友達いないのかなって……まああたしだけが独占するのも悪くないんですけど」
「フォリっち……うちをそんな数少ない大切な友達だと思ってくれて……!? 愛してくれて……ありがとう!!!」
「私は何も言ってない」

 片手で瞼を抑え涙を流す迫真の演技をしながらも、ひょいひょいお菓子を食う手は止まらない芽衣。
 ぐいぐい来る二人に対しあまりしゃべるのが得意ではない私一人、状況は絶望的であった。

 駄目だ、話の流れが全て二人に持って行かれる。
 こいつら今日はこの家で完全に遊ぶ気だ、というか芽衣に関しては隣に越してくるまでしてるし。
 そう私が悟るまでさほど時間は必要なかった。

「ああ……うん……もういいや、アリア、取りあえずご飯にしよ」

 そして私は考えるのをやめた。
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