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第百六十七話

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 間違いなく叩き込んだ、そう思った。

 黒い肉へ確かにカリバーはめり込んだ。その感覚は慣れた、強烈な一撃を叩きこめた時の手ごたえ。
 そう思ったのに。

「は?」

 肉を潰し進んでいたカリバーが、突然止まった。
 衝撃を吸収し和らげたわけでもない、いきなり肉全てが硬質化したのだ。

 その時、今まで前進しようとしていたエネルギーはどこへ向かうだろうか。
 答えは単純……カリバーそのものが弾き返され、衝撃は全て私の身体へ。

 無意識のうちに捻った首が、左手に握られこちらへ戻って来たカリバーを避ける。
 しかし体まではどうにもならない、いつもは頼もしく思える相棒の一撃が、鎖骨へ食らいつき、鉛筆を折るかのようにへし折っていった。

「げぇ……っ! あ……が……?」

 地がはじけ飛び、この身が激しく叩きつけられる。

 衝撃は耐えがたいもので、つい肩をかばおうとした右手。
 しかし私の肩に触れたのは、右手の平で……

 あ、あれ? みぎてって、こんなにかんせつたくさんあったっけ?

「あ、あああああ! はひ……ひんじゃう……ぽー……しょ……」

 いたい、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいっ!
 のまないと、くすりのまないとしんじゃう……だりぇかたしゅけて……!

 口の箸から唾液が漏れた。
 痛みに吐き気と涙が止まらない、私の意志なぞどうでもいいと、体が勝手に生理的な行動を起こす。

 死。
 
 絶対的な恐怖に震え、無理やり動かしている左手から取り落としたポーション。
 生存本能が地を這い、地べたを這いずって土を飲み込み、瓶ごと噛み砕く。

 普段は飄々としようとしても、ギリギリまで平然と振舞っていても、死まで数秒となった今、私はなんと生き汚い生物なのだろう。

 私はまだ死にたくなかった。
 こんなに自分に価値がないと思っているのに、あんなに別に死んでもいいなんて言っていたのに、本当に死にたくない。

「くふ……ぅ……はぁ、はぁっ! くそっ」

 痛みが引き、ようやく冷静が戻ったころ、白かったコートは己の血とのたうった泥にまみれ、赤黒く汚らしい物体と化していた。

「はぁ……はぁ……っく……はぁっ」

 やられた。
 同レベルのモンスターですら容易く屠るこの一撃、たとえいくら耐久の高い私であれ、無防備に受けてこれを耐えることは厳しい。
 必殺ではあるが、今のように跳ね返されれば私自身を潰す諸刃の剣。

 もし頭で受けていたら……っ

 浮かんだ予想の未来に血が引く。

「冷静に……れいせいにならないと……っ」

 今のままでは勝てない、攻撃が通用しない。

 たまたまそこに転がっていた希望の実を無自覚に握り締め、鼻をくすぐる心地いい香りにたまらず噛み砕く。
 ダンジョンや私に襲い掛かる現実とは真逆の甘い・・味、なんと幸せな味だろう。

 一回酷い怪我を負ったからだろう、今まで募っていた不安が一気に噴き出す。

 私は幸せになれればよかったのに、そのために探索者になったのに。
 こんなつらくて苦しいことを知るためじゃない、背負うためじゃないのに。
 豪遊なんてものじゃない、普通の生活、普通の幸せが欲しかっただけなのに。
 美味しいものを食べて、お古じゃない好きな物を着て、友達と何かをして、いつかパパや、ママと――

「ああああああッ!」

 私の頭を叩きつけられた巨木が激しい音を立てへし折れる。

 違う、今考えるべきなのはそんな・・・くだらない事じゃない。
 あいつを倒して、ダンジョンの崩壊を食い止めて、皆を助けること。
 余計なことは考えるな。あの体の内部へどうにかして攻撃を通す手段を考えるんだ。

 これは、自分で選んだ未来だろ。
 フォリア、お前が戦うって決めたんだ。
 溢れるモンスターという絶望、世界の消滅という悪夢の災害、筋肉や園崎さん、協会の人たちと食い止めるって決めたんだろ。

 そんなのをどうにかしようとしてるんだ……

「――こんなところで止まってられない……!」

 頬に垂れた涙を覆う狐の面。

 これは隠しているんじゃない、ただ高速移動するのに必要なだけだ。
 私は戦う。力をつけ、必要となるその日に振るうために。

――――――――――――――――

種族 ゲイズ・ロイディア
名前 

LV 61000
HP 998275/1028476 MP 281173/302851
物攻 210384 魔攻 172562
耐久 220841 俊敏 48926
知力 308321 運 22

――――――――――――――――

「はは……ひゃくまん、行っちゃったかぁ」

 何か少しでも情報を漁れないかと発動した『鑑定』しかし遂に大台へ乗ったナマコのHPに心が折れる音がした。
 渾身の一撃もまともに通っていない、たったの四万弱。
 そもそも着地の衝撃によるダメージも合わせれば、私の攻撃はほとんど0に近いのかもしれない。

 下から天を仰いでも答えは見つかりそうにない、か。
 あ、そうだ。

「ん……よし、いけそう」

 そういえばこの前かぎ縄を作ってもらったのを思い出し、アイテムボックスから引きずり出す。
 手のひら大の大きなフックは十分な重みがあり、ブンブンと振り回せば安定して回転してくれた。

「『アクセラレーション』、ほっ!」

 思い切りぶん投げ、軽く引っ張った瞬間手に伝わるしっかりとした瞬間。
 表皮はやはり柔らかいらしい。鋭く尖ったフックの先がナマコの表面へぶっ刺さり、ピンっと紐が張る。

 加えて『アクセラレーション』のおかげで相手の動きはもはや止まって見える、背中の上によじ登るのは大して難しいものではなかった。

「どうにか乗っかることはできたけど……」

 デカすぎる。

 上り終え、改めて思う。
 不気味なテカリを湛えた、まるで分厚いゴムのようなナマコの体表。
 ひどく揺れて不安定な立ち台ではあるが、滑りにくい表面のおかげで気を付けていれば振り落とされることはない。

 しかし表面の弾力と内部の硬度、二つを併せ持ったこいつにどうやって攻撃を通せばいいのか、全く思いつかないぞ。

 少しでも弱点はないのか、ぬめらかな表面に顔を当て探る。

 どこか一つでも弱いところが見つけられればいいのだ。
 そうすれば高速で近付き攻撃を叩きこんでのヒット&アウェイ、私の攻撃力ならそう何度も繰り返さなくて済む。
 というか何度も繰り返してはいけない、そんな余裕はないのだから。

 ぐっ、ぐっ、と押し込む度感じる奥の硬さ。
 体表には特に弱点などないのだろうか? やはり前か後ろ、どっちか忘れたがキャビア器官だったかキュウリ器官だったかを叩くしかなさそう……でもあれ着地してすぐに仕舞われちゃったしなぁ。

 その時、手元に今までと異なる感覚が伝わって来た。

「お、ここ柔らか……ぁ?」

 グリグリと日光を受け輝く光彩。

「なっ、これはっ、目……!?」

 瞬間、今までなかったはずの無数の瞳が黒い表面へ一斉に花開き、ぐりん、とこちらを見つめた。

 ああ、なんかヤバいの開いちゃったかな。
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