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第百六十二話

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 電車で揺られて二十分、私たちの町よりだいぶ綺麗で大きな駅にたどり着いた。

「えっと……あの人かな」

 改札には結構な数の人がいて、果たして誰が迎えの人なのか分からない。
 ……と思っていたのだが、なんか物凄い目力のある人がこっちへのそのそと歩いてきた。
 服装からしてもポッケの多く、普通の生活では使わないようなものをぶら下げているので、恐らくあの人が迎えの人なのだろう。

 こ、怖い……
 ぬべっとした半目から溢れる殺意、完全に何人か殺してる。
 本当にこの人で合ってるのだろうか、話しかけたら突然殺しに来たりしないよね?

「う……その、私はきん、剛力さんの代理で……ほら、コートも……」
「ちっす! 君が話に出てた子だろ、ちっちゃいし可愛いねぇ! コート似合ってるよ、これ終わったら俺とお茶しない? おすすめの猫カフェあるんだけど、俺奢っちゃうからさぁ!」



 呉島大悟、聞く気もないのに彼はそう名乗った。

 今回向かうのはランクも低く、なんかよく分からない謎の装置のおかげで崩壊の兆候を察知できたようで、急いで向かう必要はない。
 とはいえ何があるか分からない以上、普段のダンジョンの様子や、よく出てくるモンスターの特徴などを聞いておきたいのだが……

「取り残された人は?」
「いやぁ占いで今日は大凶って出ちゃってさぁ、あ、俺スキルで占い出来ちゃうのよ、君も占っちゃう? 運命占っちゃう? 絶対当たるけど悪いの出ても許してくれよなぁ!」

 キレそう。

 こいつ話がまともに通じない。
 聞いてもいないことペラペラしゃべり出すし、全くと言っていいほど私の話に返事をしてくれなかった。

「いやぁ海自クビになってから探索者やってたけど、本当にダンジョンって崩壊するんだなぁ! テレビだけの話と思ってたよ、やっば、マジヤッバ!」
「あのさ、ちょっと黙ってくれない?」
「かー! 厳しい! 結城先輩超厳しい! でも海自の教官の方が厳しかったね! 迫力が違うよ、正直指導中何度かちびったもんね!」

 言ってもこうだ、話にならない。
 結局ぺらぺらとしゃべる彼の言葉を聞き流しながら歩き続け、ようやく件のダンジョンへたどり着いた。

「あの、協会から来ました、剛力さんの代理で……結城です」

 テープ前に立つ警官に話しかけた瞬間、その場にいた人の無数の視線が私へと突き刺さった。
 警官も一瞬なんだこいつという目をしたものの、私の着ているコートを見てハッと意識を切り替えると、どうぞと黄色いテープを持ち上げ私を奥へ導く。
 園崎さんの言う通りだ、この協会のコートは、こと緊急の現場では無類の力を発揮してくれるようだ。

 ついでに呉島までついてきた、こいつもう帰ってほしい。

 立ち入り禁止のテープと、ぎりぎりのところで密着する無数の野次馬。
 以前の崩壊を筋肉と食い止めた時もそうだったが、何故危険だと言われているのにこう集まってくるのか。
 ダンジョンがいざ崩壊したらどうするつもりなのだろう、一般人なんてまともに逃げる余裕すらなく殺されてしまうのに。

「結城先輩かっこいいっすね! 顔知られてるって奴? もしかしてちっこいけど偉い感じなの? めちゃんこお近づきになりてぇ、俺にも権力下さい!」

 呉島のマシンガントークはとどまることを知らない。
 思ってもいないようなことを延々と話し続ける彼、きっと一割も内容があればいい方だろう。
 琉希の方がまだマシだ。

 しかしこんなんでも一応協会の関係者、つまみだしたり殴り飛ばすのは駄目だということくらい、流石の私にもわかる。

「この街って協会ありますよね? 支部長っていないんですか?」
「それがどうやら長いこといなかったようで……先月発覚したばかりで、まだ後任が決まっていないそうです」

 こんな大きな街で、支部長がいないなんて奇妙だ。
 ダンジョン崩壊を察知できる機器まで整っていて、私の住む町の数倍は規模があり、大きな駅まで整っているというのに。

 もしかして、あの先月の消滅に出向いていたのか……?

 あり得る。
 位置的にはこちらの方が近いし、確かあの時筋肉は電話先の相手に地区が違うなんて言っていた。

 見えていなかった事実に気付き、拳を固く握りしめる。

 名も知らぬ人、声も聞いたことのない支部長。きっとそんな風に、誰にも知られることなく消えて行った人が沢山いるのだろう。
 彼か、それとも彼女か分からないその人が守っていた街、今回だけだとしても私が引き継いで守る。

「分かりました、それなら……」

 えっと、まずこういう未然に崩壊を察知できた時は、どうするんだっけ。

 脳裏に浮かぶ分厚い本。
 ほとんどはまっさらであまり覚えきれていないが、ペラペラページを捲っていくことで、ぎりぎりこのことについては文字が浮かび上がって来た。
 そう、基本のマニュアル通りに行くなら……

「ダンジョン内に取り残された人は?」
「発覚が昼頃だったので、もしかしたら数人はいるかもしれません」
「――私が突入してボスを倒すので、何方か取り残された人をボス倒すまで護衛できる方いますか」
「じゃあ俺が立候補しちゃおうかなぁ~? 他にやりたい人いないよな? な? 結城先輩よろしくオネシャッス!」
「は?」

 本気で言ってんの?

 勘弁してほしい。
 たとえダンジョン内で別れるとはいえ、こいつが近くにいると考えるだけで気が滅入る。
 ただでさえよくしゃべる相手は苦手なのに。

「おっと、その前に……」

 空気が一瞬鋭く固まった。

 なんといえばいいのか分からない、しかし慣れた感覚。
 よく的中する嫌な予感・・・・というやつで、それは先ほどまでふざけた態度を取っていた呉島から漂ってきていた。

 所謂メイスというやつだ。

 表情も大して変えず、彼はさも当然のようにその大きな武器を振りかぶり、躊躇いなく私へまっすぐ振り下ろして来た。

「本当に先輩強いんすか……ぁ……?」

 だが遅い。
 恐らくわざとだ、一応当たらない様力を抜いているのだろう。

 正面から受け止めようとも思ったが、警官の人が驚いてこちらへ手を伸ばそうとしていたので、挟まれても大変だからと早めにメイスを叩き落とす。

「こんな時に何考えてるの? 邪魔するなら帰って、他の人に当たったらどうするの」

 苛立ちが募る。

「……おいおい、めっちゃ強いじゃねえか。こりゃ降りてきて正解だった、あんたの指示には全面的に従わせてもらいまっせ!」

 ニンマリと差し伸べられた彼の手。
 何一つ理解できないので、もう一度それを叩き落とし一人ダンジョンへ踏み入れる。

「あ、ちょ、先輩待ってくださいよ!」

 本当こいつなんなの?
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