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第百五十三話

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「えー、それが……でして……なんですよ。そこで彼女のことなのですが、ここ最近のことをほとんど覚えていないということで」
「はあ」
「やはりそのですね、身近な方に暫くはしっかり付き添っていただきたいのが、こちらの正直なところでして」
「はい」
「連絡が付く方も他に見つからないとのことで、彼女を引き受けていただければ幸いなのですが」
「はえ」
「よろしいでしょうか?」
「はあ」

 ん?

「いやぁ良かった! 複雑な事情がおありのようで心配していたのですが、互いに憎からず思っているようでしたので切り出して正解でした! ではまた一週間後よろしくお願いします!」

 ハシっと両手を掴まれブンブン振り回すと、先生は私が引き留める暇もなく部屋から飛び出してしまった。
 唖然としたまま立ち尽くす私。

「は? 何が?」

 よく分からないので適当に聞き流していたが、なんかすごい大事なことを聞き流してしまった気がする。

「え? フォリアちゃんがあのアリアさんを預かるんですよね? 知り合いの方なんですよね?」
「何でそうなったの?」
「自分で頷いたんじゃないですか!」

 自分で頷いた……?

「え、嘘でしょ?」

 住所不定だぞ私。



「ってなっちゃってさぁ……ほとんど話したことない人と暮らすことになっちゃったし……どうしよ」
「なんでオレに話すのソレ? 今仕事中なんだけど」
「どうせ人来ないしいいじゃん、ウニだって暇でしょ」
「いやまあ暇だけどさぁ……」

 記憶喪失という、何かの物語でしか聞いたことのないような症状のアリアさん。
 彼女には恩もあるし、私も別に今はお金に困る生活なんてしていない、別に彼女の面倒を見るなんて大したことではない。
 聞きたいこともあるし、いつかは分からないが記憶が戻るまでなら構わないだろう。

 が、しかし一つ大きな問題があった。

「あの人の住む場所どうしよう……ホテルに住んでもらうとかかなぁ」
「よく分かんねえけど、一緒に住めば?」
「私家ないし……」

 ふむ……そろそろ良い時期なのかもしれない、のかなぁ。

 施設を出てから半年、今まで私はどこか家に住むということをしてこなかった。
 そもそも最初の頃は一気に払えるお金という物がなく、今では一人暮らしなどしても掃除などが面倒くさいし、洗濯などは頼めばしてくれたのが大きい。

 分かっている、このままではあまりよろしくないということは。

 借りたり、買ったり。
 何かを行う度求められる『住所』、『届け出』、行動に必ず付きまとう、住所不定という私の身の上は結構な足枷だ。
 住所に関わることを行う度突き刺さる隠しきれない奇異の視線は、人に変な目で見られるのを慣れている私だが、やはり気持ちのいいものではない。

「私、やっぱり家に住んだ方が良いのかなぁ」
「今更過ぎてなんも言えねえ……最初はオレたちの家に住ませるかって話もあったんだぞ」
「そうなの?」

 意外だ。
 そんな話も態度も一ミリも見せてこなかったぞ、本気で言っているのだろうか?

「そりゃ、お前みたいなのそこらでフラフラ歩いてたらヤバいだろ。ただすぐ強くなっちまってセキュリティガチガチのホテルに住み始めたから、まあいいかって話無くなったけどな。第一今のお前に手出したら大概が物理的にミンチになるだろうし」
「するわけないでしょ」
「たとえだアホ!」

 突然大きな声を上げ、ハシっと書類を叩きつけるウニ。
 たぶんカルシウムが足りてないんだと思う、可哀そうに。

「お、アホネコ」

 戯れていた私たちの雰囲気を感じ取ったのか、どこからか現れた黒猫が軽快に机へ飛び乗り、ふてぶてしい鳴き声を上げ丸くなった。
 首元に揺れるのは小さな鈴。私たちが選んで買ったのがちゃんとついている、なかなか似合っているじゃないか。

 どうやら近頃は手入れをしっかりされているらしく、なめらかで心地の良い毛皮に軽く手を這わせる。
 この自分が世界の中心とでも思っているネコ様は、私の腕へ一瞬目をやり、何もすることなく首を机へ横たえた。
  ネットで見た撫で方は正解のようだ。


「最近は変なデカい化け物の目撃情報あるからあんまり外出したくないんだけどな、こいついつの間にかフラッと出て行っちゃうんだよ」

 一瞬手元の猫が震えた気がした。

「なにそれ、ウニなりのギャグ?」
「夜の街とかダンジョン内とか、いろんな場所で目撃されてるんだってよ。見つけたら捕まえるか倒すかしておいてくれ」

 単なる田舎の都市伝説……って訳でもなさそうか。

 ちょっとした会話で出てきた話ではあるが、もし本当に噂話でとどまっているのならわざわざ倒せなんて言わないだろう。
 少なくともちょっと見かけたって訳ではなく、遭遇した人がいる……それも何人も。

「ふーん……モンスターなのかなぁ?」

 何となく呟いたが、これは正直はっきりNOといえる。
 もしモンスターなら一日か、それ以下か詳しいことはまだ分からないが、すぐに『消滅』するはずだ。
 それがダンジョンの崩壊と世界の消滅。

 例外の可能性、消滅しないモンスターも存在する。
 これも剛力たちは考えたことがあったらしいが、やはりこれもNOだ漏斗結論づいていた。

 『ダンジョンの崩壊』によって世界には大量の溢れたモンスターがいるはずだが、『野良モンスター』という物を見たことはない。
 今まで私は全て駆逐されていたのかと思っていたが、よくペットが逃げたなどというのでも大概が見つからないというのに、広大な場所へ逃げたモンスターすべてを倒しきれるわけがない。

 それなら相当数のモンスターが世界には存在していて、被害もとんでもないことになる……はずだが、『野良モンスター』の存在を確認した情報はどこにもなかった。
 未だ協会が見つけていないダンジョンは多く、そのうちの相当数は既に崩壊していることが間違いないにも拘らず、だ。

 これが示すのは単純。
 崩壊によって溢れたモンスターたちは、すべからく周囲を巻き込んで消滅しているということだ。

 よって数日間にわたって表れているこの謎生物Xはモンスターではない、別の何かということになる。

「違うんじゃねえの? モンスターなら人襲ってるだろうけど、すぐ逃げるらしいし」
「ふーむ……分かんない!」
「それな!」

 どうせ考えても分からない。

 会話が止まり手持無沙汰な手。ウニは下を向き何やら書き込んでいるし、こうなってしまえばちょっと話しかけにくい。
 釣り竿のようにまっすぐ張った猫の髭をびんびんと引っ張りつつ、彼へも愚痴を投げる。

「お前はどうおもう? 私、どっか住んだ方が良いのかなぁ?」
『ウ゛ニ゛ャっ』
「びゃあああ目があああ」
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