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第百五十一話

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「おいおい、あの子そんなことしちまってたんかい!」

 額に手を当て驚く和菓子屋の店主。

 もしかして橘さんちの亜都紗あずさちゃんに紹介されたのか? と問いかけられたので、ここに来た経緯を話した結果、別に彼が悪くもないのに謝られてしまった。

「人が来ねえって愚痴ったら『あてに任せとき!』なんて飛び出しちまってよぉ、君たち悪かったなぁ」
「いやまあ、手土産も丁度欲しかったから大丈夫、です」

 それに本当に嫌ならここに来ていない。

 店主へ声をかけた後、二人で店の商品に目を送る。
 こういった店にはあまり入ったことがないのもあり、見たことのない和菓子も多い。
 羊羹のようにも見えるが、はて、この村雨とは一体何なのだろうか。

 和菓子って地味なイメージが強いけど、こうやって眺めると結構鮮やかだなぁ。

「綺麗ですね、宝石みたいです!」

 ただ基本は餡子って感じがする、もう少し酸味とかある物があるといいんだけど。

 しかし見ているだけでも楽しい。
 ちらりちらりと視線を泳がせていると、ふと目が止まったものが一つ。
 柔らかな見た目の多い和菓子の中でとりわけ目立っているのは、摺りガラスのように硬そうな表面のソレ。

「ん? これコハク糖だって。あれ? コハクって確か……」
「そう、琥珀ってのは宝石の一種なんだなぁ。ただ鉱石とはまた違う、むかーしの樹液が固まって化石になったものだけどよ。君たちも一つ食べてみるかい?」
「え、いいの?」

 小皿に出されたのは無色と黄色の入り混じった透明な結晶。
 つまめば指先に伝わってくる、石でも触っているかのように硬い感触。

 本当にこれは食べられるのだろうか?

 砂糖が固まっているのだろうか、サクサクとした表面ともちもちねっとりとした中身。
 しかしただ砂糖を固めただけではないのだろう。きつすぎない柑橘系の爽やかな香りと、ほんの少しの酸味がただ甘いだけでは終わらせない。
 飲み込んだ後も口の中に残るスーッとした感覚。氷のようで氷でない、冷たくないのに清涼感のある不思議な味だ。

「美味しい……」
「ミントとユズですかね? 見た目も」
「そうそう。本当は砂糖と寒天のシンプルな和菓子なんだけどね、人気のない店なりにいろいろ試行錯誤してんのさ」

 はー、なるほど。
 和菓子はどれも甘いだけかと思っていたけど、案外いろんな味を楽しめるんだなぁ。

 よく見ればこのゆず風味以外にも赤や黒っぽいものもあり、様々なフレーバーが用意されているようだ。
 これはいい。糖分の塊だからエネルギー源にも丁度いいし、たっぷり買い占めておけばダンジョン内でも良い息抜きになるだろう。

「これ気に入った。これとこれを一つ……いや、三つずつください」
「あ、あたしもゆず風味二つください! しそ味!? うーん……これも一つ!」
「あいよ!」

 お土産とは別に自分の楽しみも買ってしまった。
 ビニールと小袋がこすれ合う音、そして気になるのは……

「その、なにか……?」

 一体何が不満なのか、先ほど店主と会話してからずっと私の後頭部へ突き刺さり続ける視線。
 もしかして私が何か盗もうとしている様に見えるのだろうか?
 不味い、どうしよう、誤解だ、かっ、金ならある。

「いやいや大したことじゃあないんだけどね? 君のことどっかで見たことあるような気がしてね。どこだったかなぁ」

 しばし裏へ引っ込みわきに抱えてきたのは謎の大きなファイル、趣味で新聞の切り抜きをしているらしい。
 はらり、はらりと捲る度深い皺の刻まれる顔。
 ただ調べ物をしているというのに妙に厳めしい、職人という物はどうしてこう顔が怖いのか。

 この顔と夜に出会ったら腰を抜かすかもしれない。

「ああ、もしかして君たち二人共、近所にある花咲のダンジョン崩壊止めた子たちかい?」
「ふふ……そう、大体この子が一人で抑えました!」
「いやそんな胸張って言わんでも……琉希も頑張ってたと思うよ。えっと、よく分かりましたね?」

 彼が指さしたのは一枚の写真。
 どうやら一面に記載されていたらしいそれは、私と琉希がピースをしているものであった。

 う、これに写っている私、表情がなさすぎる。

「地方新聞で見たからよぉ、特に金髪の君はよう目立つ! 最近は他の街や県に行って剛力さんと戦ってるらしいじゃないの! 本当ありがとな、君たちのおかげで今も商売が出来てるからよ!」
「え……うん、えへ」

 突然褒められ何を言っていいのか分からず、適当な返事をしてしまった。

 は、恥ずかしい……!

「ダンジョンってのはどうにも無くすことできひんし、近くにあるってのは普段気にしとらんくとも、ちょっとした拍子に怖くなるでなぁ。近所に実力者がいるってのは安心感があるね!」
「実力者……私が……」
「今更何言ってるんですか!? フォリアちゃんゴリゴリのゴリ実力者ですよ!?」

 普通に生きていただけなので、思ってもいない方向からあれこれ言われてしまうと、一体どう返事をすればいいのか分からなくなってきた。

「探索者ってのは危険も多いし今はまだ偏見もあるけどな、君みたいな若い子を応援しとる人、わざわざ口には出さないけど多いと思うからね。おじさん戦うことも指導もなんも出来んけど、おまけならできるけん贔屓にしてくれよな!」
「結局店の宣伝じゃん……」
「そりゃ商売だからね! まあいいじゃないか、ほら! 新発売の融けないアイス! 屑で固めてあるんだ、これは頑張った二人へのおまけだよ!」

 すっと突き出されたのは中に小豆や果物が浮かんだアイス、半透明な見た目はかなり美しく、これは中々話題になりそうであると私にもわかった。



「いやー、フォリアちゃんと一緒にいるとお得ですね! 歩く無料引換券ですよ!」

 一つ、病人でも食べやすいと買った水羊羹の入った袋を揺らし、二人病院への道を歩く。
 日照りは強烈に肌を焼くほどだが、口元へ運んだアイスが身体を冷やし、生ぬるいと感じる夏の風もどこか心地がいい。
 確かに彼がうたった通り、こんな状況でもアイスはその四角い見た目を保ったまま、手のひらにちょっと雫が伝うだけだ。

 三度垂れそうになったそれを軽く舐めとり、しゃくしゃくと食べ進めていくと、甘く煮られた小豆やプチプチはじけるミカンの果汁が口の中に溢れ忙しい。

「なんか不思議な触感ですねぇ、葛使ってるんでしたっけ」
「うん、もちもちシャリシャリしてる」

 ただ一つ問題点は、美味しいのでわざわざじっくり味わおうと思うでもなければ、融け切る前に食べきってしまうだろうということだろう。
 これではもっと大きいのでもすぐに無くなってしまう。

 それにしても、応援してる人もいる、か。

 食べ終わった木の棒を咥え、無数の葉が揺れる空を見上げる。

 探索者になって何かをするとき、嫌な思いをすることは結構あった。
 でも思い返すと、結構それ以上にいいこともあった。
 それは物理的に良い思いをしたってことじゃなくて、誰かから感謝されたり、精神的な満足感に繋がることだ。

 轢かれかけた子を助けた時の親の態度はちょっとあれだったけど、運転手の人の態度は苦手なタイプではあったけど、嫌なものではなかった。
 和菓子屋の人もそう。偏見もあるけど、それを引っぺがして私自身の行為を見てくれる人も結構いるらしい。

 そっか、案外世の中ってのは嫌な人ばっかじゃないんだなぁ。
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