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第百五十話

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 あれから一週間、私は相変わらず協会の椅子に座り、虚構の日常を垂れ流すテレビを見ていた。

 横で机に突っ伏し、こちらのお面いなりんを弄っているのは琉希。
 この前偶然彼女の考えと若干一致した事を話してしまったせいで、ロシアへの勧誘が止まらない。

「涼しいしロシア行きましょうよぉ、見るだけ! 見るだけですから! マトリョーシカ買わなくていいですから!
「やだ、この前もこのお面買う羽目になったし、絶対向こう行ったらあれこれ買うの目に見えてる。そもそも私住所不定でパスポート持ってない」
「……えーっと、泳いでいくとかですかね?」
「どう考えても捕まるでしょ」

 琉希に引っ張られては、ゴムなぞ付いていないのにビヨンと勝手に元の場所へ戻るお面。
 結構な大金をはたいて買ったので、アイテムボックスに転がしておくことも勿体なく、結局いつも額の横へ付けることにした。

 悔しいことにこれ、結構目立つ大きさの割には勝手に動き、視界を遮らない様になっていて邪魔にならないのだ。
 どうやら私の魔力をほんのちょっとだけ使い思考を読むというか、意に従って移動するらしい。
 無駄な機能満載だ。

 会話が途切れ机に突っ伏した瞬間、ポケットの電話が激しいバイブレーションと共に、陽気でちんけな音楽を流し始めた。

 通知は不明、一体何処の誰か?
 疑問はマイクから吐き出された言葉で崩れる、以前彼女を運んだ病院からであった。

「え!? あの人が目を覚ました!?」
『ええ、はい。それでですね、彼女について一つ話しておきた』
「今から向かいます! それじゃ!」

 何か言っていた気がして電話の画面を見直すが、既に指は通話を切ってしまっていた。
 まあ何か必要なことがあれば向こうで聞けばいい、気を取り直してポケットへ仕舞い込むと席を立ちあがる。

 この時を待っていた。

 かつての礼を言いたいし、そして気になるのは彼女、以前にダンジョンの崩壊を事前に察知していた。
 もしかしたら何かダンジョンについて、世間一般より詳しく知っている可能性は大いにある。
 聞き出せれば僥倖、しかしそれ以上に私たちと協力してもらうことが出来れば、それは大きな戦力になるだろう。

 まあ結局のところ一番はただ話してみたいというだけなのだが。
 ちょっとした緊張に無意識でつばを飲み込む。

 何を話そう。まず最初にはお久しぶりですだろうか? いやでも私のこと忘れてたらどうしよう、誰だ貴様とか言われたらちょっと泣くかもしれない。
 いやまて、まずはお土産でも持って行って……ああでもまともに食事できないのか、噛まずに食べられるものならいいのかな。もう一回病院に電話をかけて何を持っていけば良いのか……いや忙しいだろうしそんなことを電話するのも……ネットで調べればいいのかな?

「――ぉーい、ドーブルィジェーニーこんにちはー! どうしたんです?」

 が、横の彼女が足の動きを止めさせた。

「え? ああ、この前ちょっと気絶してる人拾って病院に運んだんだけど、その人が目覚ましたって」
「はぁー……行き倒れって奴ですかね? 変わった人もいるんですねぇ」
「え……う、うん、そだね」

 私はなにも言わないぞ、言えば負けてしまう。

「暇なので私もついていっていいですか!?」
「別にそれくらい良いけど、面白いこと何にもないと思うよ?」
「面白いものはあるのではなく見つけるものですよ! 面白いと思えばそう、服の毛玉の形をスケッチするのだって最高の娯楽に成り得るのです」
「それは……深いね」
「ええ、東京海底谷より」

 しみじみと頷く、何が深いのかは分からない。

「やっぱり病院だし、何かお土産とか買っていった方が良いのかな?」
「そうですねぇ、倒れる程なら食べやすいものの方が良いかもしれません。王道は果物とかゼリーでしょうか?」
「ほんならあての馴染みに寄って行ってくれへんか? 暑すぎて人が寄らんらしくてなぁ、腕は間違いないから、な?」
「わ!? うぇ、橘さん……なんでここに」

 突然、後ろから私たちの肩へ腕を回し顔を突っ込んできたのは、私へゴミを売りつけた凄腕商人。

 どうやらウニに会いに来たらしい。
 夏休みということで大学もなく、しかし友人たちは何か用事が埋まっていたとは本人の談。
 また怪しいものでも売りつけられるのかとうんざりした私の頬を突き、しかししゅるしゅると目に見えて彼女の顔が曇る。

「そんな嫌そうな顔せんでもええやん……ちょっと傷ついたわ、いい和菓子屋紹介しようと思っただけやのに……」

 え、うそ、そんなに落ち込むの!?

 いつも飄々とした態度をとるものだから、他人の評価や感情などさほど気にしないタイプの人間だとばかり思っていたので、普段とは異なる想定外の反応に面食らう。
 まさかここまで落ち込みやすい人間だったとは、人は見かけや態度によらないものだ。

 とぼとぼ入口へ歩きだした彼女。

 何故だ、何故私がここまで罪悪感を覚えなくてはいけないんだ。
 元といえばゴミを売りつけた彼女が悪いはずなのに、なぜここまで強烈な罪悪感に苛まれなくてはいけないのだ。

「ええんや、あては唯良い店を広げたかっただけなんやけど……嫌がってる人へ無理に広めても、店の名に傷がつくだけやもんな……」
「わ、分かったって! その店で何か買っていくから!」

 肩を掴んで彼女を呼び止めると、にかっと白い歯が浮かんだ。

「おおきに!」
「フォリアちゃんちょろいですねー」

 くそ、また騙された。

 全てわかって準備していたらしく、胸元から取り出され机の上に置かれた簡易的な地図を見下ろし、そろそろ詐欺対策の教室にでも勉強しに行くかと悩む私であった。
 この人いつか痛い目見ないかな。
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