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第百四十六話

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「じゃ、じゃあ園崎さんって……異世界人なの!?」
「そういうことになるな。ただ正確には人となんかの種族のハーフらしい」
「まあ私も流石に小さすぎる頃の話だから、正直なところあんまり覚えていないんだけどね、単純な人間ではないみたい」

 普段は隠しているらしい羽をパタパタと動かす彼女。

 触らせてもらったが確かに暖かく、見えないように軽く抓れば痛みも感じていた。
 間違いなく本物だ。
 電気で動くちゃちなおもちゃでも、何か魔法的なあれの幻想でもない。

「異世界人の姉弟……しかもなんかが混じってる……」
「異物混入みたいな言い方やめて、物凄い体に悪そうじゃないの」

 筋肉の語った話はどれもこれも荒唐無稽なものばかりだった。
 いたって真面目な顔で私、人じゃないのと言われるとなんだか笑える。

 普通異世界人なんて言い出したら、まず真っ先に九割の人間はその人の頭を疑うだろう。
 はっきり言って正気じゃない。中二病か、ヤバい薬をやっているか、どちらにせよそれとなく距離を取るに違いない。

 だが、私はその存在を知っている。
 たった二度だけだが、一人の記憶を垣間見るような体験をしたことがあった。

 異世界が二つ、三つと無数にあるのか、或いは彼女の言う異世界と私の見たものが同一の物かは分からない。
 しかしその存在を今更疑う必要もないだろう。

「分かった、信じる」
「や、やけにあっさり信じるのね……」

 言い出した本人が困惑した口調とはこれ如何に。

「嘘なの?」
「いやいや、勿論本当よ? 私嘘なんてついたことないもの」
「それがもう嘘だろアホ」

 軽く小突かれる彼女。

 なるほど、ただの職場の上司というには距離が近いと感じていたが、筋肉が彼女たちを拾ったということならおかしいところはない。
 古道具屋の橘さんが言っていた話ともずれはないし、確かに育て親的な存在でもあるのだろう。

 恐らく筋肉の話は全部本当だ。
 何か話していないところ、隠しているところはあるかもしれないが、少なくとも口に出したところに綻びはない。

 彼は私が異世界の存在を知っているなんて分からないし、騙すのならこのあほらしい顔を大真面目に話すことはないと思う。
 少なくとも私ならまだありそうな話をする。
 普通仕事場の人間が異世界人だとか、彼女は人間じゃございませんなんて真顔で言うのは、右手に魔王が封印されているとか言っちゃう系の人以外には無理だ。

 信じよう。
 彼が何か悪意を持って動いているわけでもなく、私を誤魔化すために嘯いているわけではないと。

「そして彼女の能力が……結城、この広辞苑から好きなページを一枚切り取れ」
「は? あ、うん」

 筋肉によって本棚から無造作に引き抜かれた分厚い本、知らない人はいないであろう辞書の代名詞である広辞苑。
 ずいずいと手渡され受け取るも、紙にも拘らず腕へずっしりとくる重さに驚く。
 言われた通りガバリと適当に開いたページは、どうやら『な』について細かく書かれてるようだ。

 なんかこうも高そうな本を破るのは気が引けるなぁ。

 手のひらサイズの小さな本ですら500円もするのだ、こんな大きなもの一体いくらするのか、考えるだけでも恐ろしい。
 全く、本ってのはどうしてどれもこれも高いのだろう、値段を見るだけで買う気がうせる。
 まあ私は文字読むと頭痛くなるから、そもそも自主的に買うことなんてないけど。

「ぬーん……えい!」
「じゃあソレ、スマホで撮影しとけ。端から端までしっかりと入れろよ?」

 覚悟を決めてべりべりと切り取り机の上に乗せると、言われた通りにしっかり写真を撮る。

 大した時間はかからない、表と裏を合わせて2、30秒もあれば終わった。
 私が写真を撮り終わったのを確認した彼は紙片を拾い上げると、彼女の胸元へ押し付け頷く。

「よし、美羽」
「はい」

 紙を受け取った園崎さんは端からぺりぺりと切り取り、もっちゃもっちゃと口元へ運び始めた。

 確か彼女は本を食べられるのだったか。
 ここまでは大した驚きはない。初見であれば目を剥く光景だが既に知っているし、私は時々協会の裏で食べているのを見かけていた。

「彼女の能力はちょっと変わっていてな、戦いに使えるものではない。紙や葉っぱなどの媒体へ書かれている文章の内容によって味を感じ……」

 完全に食べ終わった園崎さんは、筋肉の机から紙を掴み無造作に放り投げると、目にもとまらぬ速度で空中へペンを走らせる。
 インクが跳ね、紙は繰り返し叩きつけられたように虚空を踊った。

「完全に記憶することが出来る、勿論アウトプット……別の紙面へ書くことも可能だ」

 最後、彼女の動きが止まったと同時に筋肉がそれをつまみ上げると、真っ白な紙は一体どこへ行ったのやら、見ているだけで頭が痛くなるほど連ねられた文字達。
 縦横大きさきっかり、整然と並んだ文字はまるで印刷されたようだ。

 恐らくそれを成し遂げたであろう彼女は口角と眉を吊り上げ、ふふんと鼻を鳴らした。

「どうかしら?」
「えーっと、綺麗に書くの早いね」

 メモ取る時とか困らなそう。

「そこ!? 内容よ内容、ほらさっき撮った画像と比べて!」

 ばしばしと紙を叩くので、なるほどそういうことかと合点がいく。
 小さな文字を拡大し、ちまちまと文字を確認。

 なす、なすか、なすかん、なすこん、なすなえ……

「おお、そのまんまだ」

 これは魂消た、一言一句間違わずに書かれている。
 もちろん彼女にじっくりと紙面を覚える時間なんてない、渡されてすぐに貪り始めたのだから。

「すごい」
「でしょ? 多分これ私の人間じゃない方の種族の特性なのよね。ちなみにもう少し食べれば本全体の内容も把握できるわ、全部食べる必要はないの」

 面白い能力だ。

「何か役に立ったことあるの?」
「テストでカンニっ、勉強で凄い役に立ったわね」
「最初は本が破けてるのを見つけていじめかと心配したんだがな、それでこいつの能力が発覚したんだ」

 能力発覚の経緯がしょうもなすぎる。

 子供の頃から本人は能力を自覚していたらしいが、筋肉が知ったのは割と最近らしい。
 勿論ウニも彼女の能力について話は付いているそうなのだが、彼には似た能力もなく、ちょっと力が強いだけの人間だそうだ。

「血の濃さじゃないかしら? ほら、私は翼あるじゃない? でもキーくんは何もないのよ」
「ふぅん……」

 異世界人ってのは変わってるんだなぁ。
 いや、でも異世界からしたらこの世界も変なものなんじゃないだろうか。

 と、異世界への興味は尽きないが、それ以上に私には気になっていることがあった。
 それは……

「ねえ、広辞苑ってどんな味するの?」
「そうね、面白みもなく真面目で素朴な……甘食あましょくね。甘食って知ってる?」
「知らない、甘そうなのは分かるけど」
「もそもそぱっさぱさして口の中の水分をすべて持っていく、ホットケーキを乾かしたみたいなお菓子よ」
「まずそう……」
「これが牛乳と一緒に食べるとおいしいのよねぇ、今度見つけたら買ってきてあげるわ」

 広辞苑は甘食なるものの味がするらしい。
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