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第百十八話

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 電車内へスマホを投げて放置してしまった事に気付いてから五秒、私の行動は迅速であった。

 切符を改札へ叩き込み扉が開くより速くジャンプ、人並を黒いあいつよりも素早く抜け去り駅を脱出。
 この時点で既に電車は遠く視界ギリギリ、豆粒ほどのそれは高速での移動を開始していた。

「いかめし一つください」
「まいどありっ!」

 まず入り口にいた出店からいかめし弁当を買う。
 運がいい、食べてみたかったんだこれ。

 普通の人ならここで諦めるだろう。
 冷えたいかめしを食らい、駅員へ話を伝え、無事それが戻ってくることを祈りながら帰宅し、いつ来るかも分からないお便りを暗い部屋で今か今かと待ちわび神へ希うこいねがに違いない。

 だが私は違う。

 ぽいっといかめしを『アイテムボックス』へ放り込み、天を仰いでゆっくりと深呼吸をすれば焦りは自然と消えた。
 次の駅までは電車の速度でおよそ10分、田舎特有の一直線に通った線路……当然人はいない。
 ならば答えは唯一つ。

「『ステップ』! 『ストライク』ゥ! 『ステェェップ』ゥ!」

 フルスロットルで駆けるしかないっ!



「はぁ……! はひ……! げほっ! はぁっ!」

 肺が苦しい……ひ、膝が震える……流石にきつかった……!

 ここは地上、モンスターなぞは当然いないが、それでもスキルをフルに使って走り続けるのはやばい……途中からは普通に走る羽目になった。
 だがおかげで圧倒的に早く先回りすることに成功したようで、ホームで五分ほど待ちスマホの回収に成功した。

 そして反対路線へと乗り込み、元の駅まで戻ってくるのに合計20分。
 無駄に時間を喰ってしまった、おなかすいた。
.
.
.



「いかめし一つください」
「あいよ! ……君さっきも来なかった?」
「いやその……今食べちゃって……」

 やはりというべきか、いかめしを売っているおじさんに指摘され、流石に私も恥ずかしさで赤面してしまう。
 最近食べても食べても食べたりないというか、満足感だとか満腹感が全く来ないのだ。
 あれだこれだと食べてもなんか違うというか……もっと食べるべきものがあるような気がしないでもない。

 はっ、まさかこれが成長期……!?
 そうか……そういうことだったのか……! ようやく私の身長が伸びる日が来た、そういうことなのか……!
 これはもっと食べるべきだな、うん。

「やっぱり五つください」
「五つね! 三千円丁度まいどあり!」



 今回向かうダンジョンは砂漠だ。

 おいおいあっつい外から逃げて入るのが砂漠ってアホなんか、そう思わないでもないが、そもそも私の町から一時間程度の距離で行けて、かつ今の私のレベル――1万程度の適正ダンジョンがここしかなかった。
 いや、もう一つあるっちゃあるのだが、そこはそこで雪原らしくどちらにせよ結構環境としてはきついものがある。

 砂漠は日本の夏よりカラっとして過ごしやすいって書いてあったし……大丈夫だよね?
 正確にはステップ気候だとか……ステップというのだからよく分からないがジャンプするのだろう、何がかは知らない。
 まあ塩飴と水はたっぷり買い込んでおいたし、食料もいかめしと、最悪最近食べてないが希望の実を拾って食べれば何とかなる。

「それにしても一万かぁ……いよいよだなぁ」

 適正レベル一万、それはCランクダンジョンという一種のボーダーラインへ足を掛けたということ。
 はっきり言って今回潜るダンジョンの情報はほとんどない。
 Cランク相応の実力があればわざわざDランクダンジョンで楽々金に困らず暮らしていける、それ故大半の人々はこれより先を攻略することは無くなるからだ。
 要するに情報を集める人も、情報を必要とする人が大きく減るため、現存するダンジョンを網羅することはほぼ不可能……大都市圏近くの物は流石に調査されているらしいけど。

 ダンジョンの崩壊だって低ランクの方がその頻度は多い・・・・・・・、崩壊時の危険性は分かっていてもコストだなんだと見過ごされている以上、現状はどうしようもない。

「リュックよし、靴紐も……よしっと」

 掌へ伝わる確かな感覚。

 マジックテープと靴ひもでガチガチに固められた靴は、それこそ足ごと切り飛ばされでもしない限り脱げることはないだろう安心感がある。
 服装はいつもの安物シャツとズボン。
 本当は薄く長い服装の方が日光を遮れていいらしいが、日焼けなら殴れば治る、汗をかいたら水を飲めばいいしそれより服装で少しでも速度が殺されてしまうのが一番いやだ。

 地面へ設置されたダンジョンへの扉は土や草に覆われ、まともに人が入っている形跡はない。
 一瞬カリバーで殴り飛ばせば土や草を全部吹き飛ばせるんじゃないか、とちょっと邪な考えが湧いてきたが、それ以上に扉が壊れたら大問題だとその考えを振り切り、しぶしぶ足で蹴っ飛ばして剥がしていく。

 しかし隙間に土が入り込んでいるようでなかなか持ち上がらない、これだから管理されていないダンジョンは嫌なのだ。

「ふぬぬっ……そりゃ!」

 細い金属の取っ手。
 全力で上に引っ張ればひしゃげてしまいそうなものだが不思議とそんなことはなく、ゆっくり、ゆっくり隙間が大きくなっていく。
 どうにか上まで持ち上げ開けると、入り口から噴き出すように乾いた空気と、叩きつけられた扉によって巻き上げられた土が眼を直撃した。



「……!? ああああめがあああぁぁぁ……」

 ドンッ! ガタガタガタッ!

 どんなにレベルが上がっても人間の構造は変わらない。
 目に物が入れば痛いし、呼吸を止めたら死ぬのだ。

 突然の痛みによろめき躓き、転がり、地下の通路へと私の身体が転げ落ちていく。
 そんな感じで私の『砂上の嘶き』攻略が始まった。
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