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第八十七話
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「ん……」
不快な意識の浮遊感、直後おなかから伝わってくる鈍痛に顔をしかめる。
蒼炎に染まった空の下、後頭部から伝わってくる土と草の青臭さが、私が未だダンジョンから抜け出ていないことを教える。
全身がだるい、頭もボーっとして働かない。
いや、働かないのはいつものことだった。
「起きたか」
「あ……おん」
「体はどうだ、どこか痛むところは?」
痛むところ……そういえばなんで私寝てたんだろう。
無意識におなかを撫でた瞬間、記憶が鮮明に蘇った。
そう、確か
「あ、あの狼……!」
そうだ、やったと思った瞬間に声を上げたところで噛み付かれて、私……
「大丈夫だ、もう倒した」
そういって彼がポケットから取り出したのは紅蓮の、不思議と内側で炎が揺らめくようにも見える魔石。
おいしそうだ。
話を聞けば私が気絶した後、彼の手で仕留められたらしい。
彼のポーションをかけてもらったおかげで死なずに済んだようだ。
戦えるだなんて言って立ったのに、結局真っ先にやられて迷惑をかけてしまった。
とんだ道化じゃないか。
地面に座ったまま膝を組んでいると、彼が手のひらほどの紙箱を取り出し、こちらへずいと突き出してくる。
中から覗くのは細長く白い何か。
「どうだ、一本」
「いや……」
たばこは嫌いだ。
くさくて、なにより嫌なことを思い出す。
第一未成年だぞ、警官が何してるんだ。
「ココアシガレットだ」
目の前でカリカリ食べ始める男。
お菓子のようだ、紛らわしい。
「もらう」
甘い。
「見ての通りだが……」
「ただいま帰還いたしました。ダンジョンの崩壊は続いていますわ、どうやらあの狼は」
「ボスではなかった、か」
どうやら偵察に向かっていたようでいつの間にか戻ってきた安心院さんの言葉に、続けた私のそれに二人は顔をゆがめ頷く。
木々の色が元に戻っていないことで薄々は気付いていたことだが、確信を得たその瞬間心に昏く重い何かがずしりと引っかかる。
あれですら雑魚の一匹、か。
彼女はなおも渋い顔のまま、ぴんと人差し指を立てこちらへ顔を近づける。
「ただ、いい知らせと悪い知らせがありますわ」
「じゃあ悪い知らせから頼むよ」
「ダンジョンが完全に崩壊しましたわ」
「いい知らせの方はどうだ」
「おかげでダンジョンから抜け出せそうですわ」
どっちも内容変わらないじゃないか。
◇
「これが……」
「ああ。俺も実物は初めて見たが、確かに『崩壊』ってのがしっくりくるな」
まるでガラスが砕けたように世界そのものへ罅が入り、その先に街の景色が見える。
ようやくたどり着いた入り口ではあったが、見慣れたダンジョンへ潜る門完全に消滅してるようだ。
足元へ転がっていた石を投げつければ、当たり前だが外へ転がっていく。
隔離されて明らかに別世界へつながっていたはずのダンジョンと現実、それが完全に陸続きとなっていた。
これが……崩壊。
そしてなにより
「街、ボロボロだね」
「ええ、戦闘痕も深く刻まれていますわね」
「避難指示は早朝からされているからな、一般人の被害者は少ないはずだ」
協会の地下にはこういった時に備え避難用のシェルターがあるらしい。
もちろんそれ以外にもいくつか点在してはいるものの、基本的に最も大人数が収容できるのはそこだと。
石畳はひっくり返されて下の土が見えているし、街灯や街路樹は根元からへし折られている。
何もかもが滅茶苦茶で、凄惨というほかない。
これが昨日まで普通の街として機能していただなんて決して考えられない。映像としてしか見たことのない災害が、目の前でありありと広がっていた。
私がもっと強ければ……一人でどうにかできたのかもしれないのに。
力があれば、力さえあれば。
がれきを踏みつけ三人無言で歩く。
何も音がしない。
人の喧騒も、車のうなりも、モンスターの鳴き声も。
戦いはすでに終わっているのか?
それとも、町を破壊しつくしたモンスターたちはここを抜け出し、活動を他の場所に移したのか?
その時、何かがはじけ飛ぶ轟音。
方角は……
「おいおい、協会の方からしたぞ」
「急ぎましょう!」
何かができると決まったわけではない、ボスですらなかった大狼に手間取っていた私たち。
それでも、気が付けば走り出していた。
不快な意識の浮遊感、直後おなかから伝わってくる鈍痛に顔をしかめる。
蒼炎に染まった空の下、後頭部から伝わってくる土と草の青臭さが、私が未だダンジョンから抜け出ていないことを教える。
全身がだるい、頭もボーっとして働かない。
いや、働かないのはいつものことだった。
「起きたか」
「あ……おん」
「体はどうだ、どこか痛むところは?」
痛むところ……そういえばなんで私寝てたんだろう。
無意識におなかを撫でた瞬間、記憶が鮮明に蘇った。
そう、確か
「あ、あの狼……!」
そうだ、やったと思った瞬間に声を上げたところで噛み付かれて、私……
「大丈夫だ、もう倒した」
そういって彼がポケットから取り出したのは紅蓮の、不思議と内側で炎が揺らめくようにも見える魔石。
おいしそうだ。
話を聞けば私が気絶した後、彼の手で仕留められたらしい。
彼のポーションをかけてもらったおかげで死なずに済んだようだ。
戦えるだなんて言って立ったのに、結局真っ先にやられて迷惑をかけてしまった。
とんだ道化じゃないか。
地面に座ったまま膝を組んでいると、彼が手のひらほどの紙箱を取り出し、こちらへずいと突き出してくる。
中から覗くのは細長く白い何か。
「どうだ、一本」
「いや……」
たばこは嫌いだ。
くさくて、なにより嫌なことを思い出す。
第一未成年だぞ、警官が何してるんだ。
「ココアシガレットだ」
目の前でカリカリ食べ始める男。
お菓子のようだ、紛らわしい。
「もらう」
甘い。
「見ての通りだが……」
「ただいま帰還いたしました。ダンジョンの崩壊は続いていますわ、どうやらあの狼は」
「ボスではなかった、か」
どうやら偵察に向かっていたようでいつの間にか戻ってきた安心院さんの言葉に、続けた私のそれに二人は顔をゆがめ頷く。
木々の色が元に戻っていないことで薄々は気付いていたことだが、確信を得たその瞬間心に昏く重い何かがずしりと引っかかる。
あれですら雑魚の一匹、か。
彼女はなおも渋い顔のまま、ぴんと人差し指を立てこちらへ顔を近づける。
「ただ、いい知らせと悪い知らせがありますわ」
「じゃあ悪い知らせから頼むよ」
「ダンジョンが完全に崩壊しましたわ」
「いい知らせの方はどうだ」
「おかげでダンジョンから抜け出せそうですわ」
どっちも内容変わらないじゃないか。
◇
「これが……」
「ああ。俺も実物は初めて見たが、確かに『崩壊』ってのがしっくりくるな」
まるでガラスが砕けたように世界そのものへ罅が入り、その先に街の景色が見える。
ようやくたどり着いた入り口ではあったが、見慣れたダンジョンへ潜る門完全に消滅してるようだ。
足元へ転がっていた石を投げつければ、当たり前だが外へ転がっていく。
隔離されて明らかに別世界へつながっていたはずのダンジョンと現実、それが完全に陸続きとなっていた。
これが……崩壊。
そしてなにより
「街、ボロボロだね」
「ええ、戦闘痕も深く刻まれていますわね」
「避難指示は早朝からされているからな、一般人の被害者は少ないはずだ」
協会の地下にはこういった時に備え避難用のシェルターがあるらしい。
もちろんそれ以外にもいくつか点在してはいるものの、基本的に最も大人数が収容できるのはそこだと。
石畳はひっくり返されて下の土が見えているし、街灯や街路樹は根元からへし折られている。
何もかもが滅茶苦茶で、凄惨というほかない。
これが昨日まで普通の街として機能していただなんて決して考えられない。映像としてしか見たことのない災害が、目の前でありありと広がっていた。
私がもっと強ければ……一人でどうにかできたのかもしれないのに。
力があれば、力さえあれば。
がれきを踏みつけ三人無言で歩く。
何も音がしない。
人の喧騒も、車のうなりも、モンスターの鳴き声も。
戦いはすでに終わっているのか?
それとも、町を破壊しつくしたモンスターたちはここを抜け出し、活動を他の場所に移したのか?
その時、何かがはじけ飛ぶ轟音。
方角は……
「おいおい、協会の方からしたぞ」
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それでも、気が付けば走り出していた。
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