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第二十話 希望の実食べてみた!

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コンビニに入ったはいいが、バットを買った以外買い物というものをそもそもしたことがない私。
 バットは入り口近くに立てかけてあったし、手に取ってすぐ買うだけで済んだ。
 しかし果たしてコンビニのどこに、何があるのかが全く分からない。

 どうしよう、ふらふらと見回して歩いていたら、万引きと間違えられないだろうか。
 警察呼ばれたり、果てには今持ってる十万円が盗んだものだと思われたらどうしよう……!?

 考えるほどに揺れ動く頭、落ち着かずに動き回る手。
 不味い、分かっているのに挙動不審になってしまう。
 このままだと逮捕……!?

『あの子が万引きなんてするとは思ってもいなかった』

 目線を隠された筋肉が、ネットニュースで取り上げられているのが脳裏に浮かぶ。
 違う、私は何もしていない。
 筋肉の見た目の方が、私の何倍も犯罪チックじゃないか。
 あああどうしよう、一回出た方がいいのだろうか。誰か、そう、園崎さんか筋肉でも引き連れて……!

「ねえ君」
「ひゃい!? わっ、私はまだ、な、何にもまだしてない!」
「何言ってんのよ……アンタ、あたしが拾った子よね?」
「……あっ」

 声をかけてきたのは、穂谷さんだった。
 元気そうでよかったわ、と、笑顔で背中をバシバシ叩いてくる。
 太ももに差した無数のナイフ、動きやすいように関節や胸のみ装備で守っているあたり、私と同じで俊敏の高いステータスだろう。

 希望の実で復活した後気絶した私を、わざわざギルドまで運んでくれた彼女。
 ずっと戦っているのであまり曜日感覚というものがないが、今日は土曜日らしく彼女も探索に来たらしい。

「あんた随分と挙動不審だったけど、もしかして……だめよ、スライムじゃ稼げないのは分かるけど。そんなことするくらいなら、うちで養ってあげるからやめなさい」
「ち、ちがう! 実は……」

 やはり傍目から見ても相当アレな動きだったらしい。
 別に隠すこともないし、変な疑問を持たれるのも嫌なので、ナメクジ肉を見せつつこれをギルド裏で焼くからライターか何かが欲しいと素直に伝える。

 ようやく納得がいったようで、手を引かれてレジにまで連れていかれた。
 ライターの類は子供が下手に扱って火事になることがあるので、そもそも陳列されていないらしい。
 気をつけて使うのよ、と、購入後に何度も言われた。

 完全に子ども扱いされている気がする。

 まあいい。
 運よく彼女と出会ったおかげで、追い返されることもなくライターを手に入れることが出来た。
 早く肉を食べよう、おなかすいたし。

「しかしあんた……服ボロボロね」
「戦うから仕方ない」
「いや、それにしても酷過ぎるわ。あの筋肉禿達磨は見てて心が痛まないのかしら……今から時間ある?」
「ある……けど……」

 警戒している私に苦笑して

「別に取って食うわけじゃないわ。妹のお古だけど服とか靴余ってるから、サイズ合うやつ持って行きなさい」
「え……」

 お古と言われて思い浮かぶのは、よれよれのびのび、サイズが合わないだぼだぼの服たち。
 今私が来ている奴だって、私の身長に合うものがないので小学生用の謎な猫が描かれたやつだ。
 好意はありがたいが、流石に気が引ける。
 お金もあるしきれいな服が着たい。

 しかし何を勘違いしたのか、子供は遠慮するなとずいずい詰め寄る穂谷さん。
 その肉も調理してやるからと押され、結局断り切れずに彼女の家へ行くことになった。

 どうしよう。



「ほら上がった上がった」
「……お邪魔します」
「じゃあご飯作ってくるから、そこで座ってなさい!」

 穂谷さんの家は大きな一軒家だった。
 玄関に並んでいる靴とかもピカピカだし、ボロボロで泥まみれのスニーカーを横で脱ぐのが恥ずかしい。
 場違いだと言われている気分になる。

 しかし彼女はそんなこと気にも留めていないようで、大きなソファに案内されると、そこで待っていろと小走りで去ってしまう。
 あまりにどんどん変わっていく状況にどうしたらいいのか分からず、ソファの端っこで三角座りをして待つ。
 私なんかが足を伸ばしていると、敷かれた綺麗なカーペットを汚してしまう気がして。

 大きな木製の壁掛け時計、いくつも並んだ、幸せそうに笑う姉妹や家族の写真。
 高い天井といい、私なんかが入ってはいけない隔絶した生活環境だ。
 いや、私も昔は一軒家に住んでいた……気がする。だが父が居なくなってからだったか、それも売り払ってしまって……

 昏い記憶に浸っていた私の意識を、穂谷さんの明るい声が引き上げる。

「なんちゅー座り方してんのよ……ほら、普通に座りなさいったら。あのよくわかんない肉、イカっぽいわね!」
「わぁ……!」

 彼女が突き出してきたのは、トマトベースのパスタ。
 湯気と共にいい香りが漂ってきて、見ているだけでおなかがすく。

 本当はこんな手間のかかったものを作ってもらう気などなかったのだが、フォークを差し出されてしまえば辛抱たまらなかった。
 受け取り、はぐはぐと無言で口の奥へ押し込む。
 美味しい。
 ただ焼いただけのナメクジ肉とは大違いで、トマトや玉ねぎのうまみと共ににんにくの風味が後押しして、食べれば食べるほどフォークが止まらなくなる。

 どんどん食べていくと、一緒に食べていた穂谷さんがまだ食べられるかと聞いてきたの頷けば、奥からフライパンを持ってきておかわりまでくれた。

「ゆっくり食べなさい、むせるわよ」
「うん」

 冷たい水の入ったコップを机の上に置かれる。
 気が付けば皿は空っぽで、久しぶりの満足感だけが残っていた。

「……普段何食べてるの」
「希望の実」
「希望の実ぃ!? あのクッソ不味いって言われてるやつ!? あんた本当に大丈夫!?」
「食べなれると耐えられる」

 彼女にポケットから、一つ手渡す。

 訝しみながらもそれを受け取った穂谷さんは、ぽいと口に放り込んでかみ砕いた。
 あ、慣れてないのにそれは……

「!?」

 その瞬間、彼女の顔から表情が消え、顎が全開に。
 さらにかみ砕かれた希望の実がごろっと転がり落ちた。

 三分ほど待っただろうか、突然穂谷さんの体がぶるぶると震えたかと思うと、そのまま一気に部屋から走り去る。
 遠くで水音がするので、多分トイレか洗面所に行ったのだろう。
 私は母の下にいた時生ごみを漁ったりして変なものを食べていたおかげで、悪食スキルが育つ程度には味に強い。
 しかし恐らく何もない彼女には、耐えることは不可能だ。

 ぼうっと外を眺めながら、彼女が返ってくるまで待ちつつそう思った。
 食べるくらいなら餓死すると言われる不味さは、伊達巻ではないのだ。
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