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第三章 カムラ聖堂院

第五十一話 戦いにはならない

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 ロゼは背に携えていた杖を抜き、杖を手に祈りを始める。瞼を下ろし、杖を横にし、魔力を立ち昇らせる。
 10秒つ毎に蛍のような黄緑の光が一つ、また一つとロゼの周りに漂う。この光は妖精だ。

 妖精魔法――それはエルフのみが使える特別な魔法。魔力を消費し、祈りを捧げることで妖精(魔法端末とも呼ばれる)を生み出すことができる。
 妖精は召喚者と感覚を共有でき、さらに魔法も使える小さな魔法使いだ。妖精は魔力の塊であるため、魔弾として使うこともできるし、盾にすることもできる。応用幅はかなり広い。

 妖精の生成スピードと同時に使役できる個体数はエルフの技量に依る。平均的なエルフで1分毎に1体生み出すことができ、同時使役個体数は5体ほど。ロゼはエルフの中でも能力が高いため、10秒で1体生成でき、最大で20体同時に動かせる。

 ロゼは200秒で20体の妖精を生み出し、一斉に散らせた。

「妖精を20体散らせたわ。頬に傷のある男を見つけたら私に連絡するよう指示を出した。妖精の最大時速は200キロ、最小サイズは砂粒ぐらいまでいくから小さな隙間も抜けられる。妖精たちが暗殺者を見つけるのは時間の問題よ」

 小さなロゼが20体散った、と考えていい。

「すげぇな。妖精魔法は何度か見たことあるが、これだけの数の妖精を出してここまで器用に扱えるエルフは初めてだ」
「これでも王女の護衛を任せられるぐらいには優秀だから。ダンザ、あなたが指揮を執ってみんなに指示を出しなさい」
「俺か? 経験で言ったらロゼがリーダーをやるべきだろ」
「私は妖精の操作で手一杯なの」

 ロゼが試すような目つきで見てくる。『この30年近くでどれだけ成長したか見せなさい』とでも言いたげだ。

「ったく、わかったよ。とりあえずロゼはここで妖精操作に集中。ドクト、お前は彼女の護衛についてくれ」
「まっかせなさい!」
「ハヅキ。スピード特化ならジェイクから逃げ切れるか?」
「可能です」
「よし。それなら俺とお前は単独でジェイクを探す。ハヅキはジェイクを見つけても交戦せず、すぐにジェイクから離れて俺たちの誰かに報告すること。異論はあるか?」

 俺はロゼの方を見る。

「いいんじゃない。でも一つ心配なのはあなたよ。あなたはジェイク相手に逃げ切れる足を持ってるの?」

 ドクトとハヅキが「え?」と同時に口にする。

「なに言ってんだ。コイツならジェイクなんてやつ、瞬殺だろう」
「瞬殺できるかはわかりませんが、まず負けることはないですね」
「? 相手はA級冒険者並み……なのよね?」
「あ~……うん、ロゼの言いたいことはわかる。昔の俺の実力を考えればまず勝てないからな」

 昔はオークにすら歯が立たなかった。
 あの頃の俺を知っているロゼからすれば、俺がリザードマンに転生したと言っても、俺の実力を信用できないのは当然。

「でも、信じてくれ。俺は負けないよ」

 俺が自信満々に言うと、ロゼは半信半疑ながらも「わかったわ」と認めた。
 俺たちは三方に別れ、ジェイクの捜索を始める。


 --- 


 クイーン寮の近くにいた。ということは、相手の狙いはクイーン寮に住む誰かの可能性が高い。
 クイーン寮はこの街で最良の寮だ。そこに住む生徒は必然とパラディンクラスの人間が多い。パラディンクラスの一年生、二年生、三年生……もしくはその守護騎士が狙いだろう。中でも王族が多く存在する一年生が濃厚か。そうなると、現在一年パラディンクラスが揃う大講堂の近くにいる確率が高いか? ――いや、まず大講堂の近くにジェイクは居ないだろう。

 もし今日、暗殺を決行するとして、入学式中に襲うことはまずない。腕利きの守護騎士と教師が揃っているからな。あれだけの手練れが揃う大講堂の近くに行くことすら危険だ。
 狙うなら入学式の後だ。解散し、寮に帰る道中だ。大講堂からクイーン寮への道で一番闇討ちが狙いやすいのは――

(ここだな)

 人通りの多い大通り。商店街だ。
 通常、闇討ちするなら人気ひとけのない場所がベスト。しかし大講堂からクイーン寮までの道で人気のない道はない。そうなると真逆の場所、人通りの多い場所が闇討ちに適している。人が多い場所なら人の影に隠れターゲットに近づくことができるし、暗殺後も人に紛れて逃走しやすい。
 あくまで確率が高いだけでここにいるという確証はない。
 俺はレストランの屋根の上に行き、神竜眼の超視力で一人一人の顔を凝視する。素早く、一人当たり0.001秒で顔を判別する。

――居た。

 カフェのテラス席でコーヒーを飲んでいる。頬に傷のあるオールバックの男……間違いない。
 しかし、見つけると同時に目が合った。距離は1キロほどあるが、あっちも俺の存在を認識したようだ。奴も奴で超人的な視力を持っている。
 奴はカップをテーブルに置くと、瞬く間に姿を消した。カフェの店員が食い逃げに一切気づかないほどの速度。周囲の客も、奴が消えたことに気づいていない。目の前で人が消えれば誰でも驚き、大声を出してしまうだろう。だがそれがない。ただ姿を消しただけじゃない、全員の意識が自分に向いていないタイミングで姿を消したのだ。だから誰も気づかない。十数人の意識を同時に把握できるとはな、暗殺者としての技量の高さが伺える。

 俺は屋根を渡り、ジェイクの背中を追う。

 距離を100メートルまで詰めたところで、速度を緩めこの距離を保つ。奴はどんどん人気のない方へ行く。好都合だ。俺も俺で人目のあるところで戦いたくないからな。余計な騒ぎは起こしたくない。
 奴は教会へ入る。俺も後を追い、教会へ入った。
 教会には誰もいない。俺と奴以外いない。

――礼拝堂。

 奴は女神像を見上げていた。俺は奴の背中に近づく。

「この教会は週に二度しか開いて無くてな。今日は休みなんだ」

 奴は俺に背中を向けたまま、話し出す。余程実力に自信があるんだな。

「人が少ない教会が好きでね。神秘さ、神聖さを肌で感じることができる」
「人が多いと感じないのか?」
「ああ。どんな神秘的な場所でも、人間に溢れていれば神々しさを失う。持論だが、神は恥ずかしがり屋なんじゃないかと思ってるんだ。だから人が多い場所にはその神々しさを発揮しない」

 どうでもいい。

「神を信じているわけじゃないが、女神様の前で戦うのは嫌だな。表に出ろ」 
「安心しろ。戦いにはならない。一方的な蹂躙に――」

 俺は奴に一息で近づき、その首根っこを掴む。

「!!?」

 奴が何かしらの防御策をする前に奴を引っ張り、超高速で教会の入り口扉の前に行き、扉に向けてジェイクを投げる。扉に背中からぶつかり、扉を開き、外に飛び出るジェイク。

「つぅ……!!」

 ジェイクは投げ出されながらも空中で姿勢を直し、路地に着地する。
 教会の前の通りは裏通りで、人の気配はない。戦いの場として悪くない。

「色々と聞きたいことはあるが……とりあえずぶっ倒す」

 そう言って俺は刀に手を添える。

「同じく、だ」

 ジェイクは拳を構えた。その顔には先ほどまでの余裕はない。





―――――――

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