時パスタ

おおぎや ちあき

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第一章

蕎麦の屋台

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定男が目覚めたのは、雀の鳴き声と陽だまりの温もりからだった。

あれ? なんだ
ここは…  
畳の薫りがして、薄っぺらい布団で寝ている自分を見つめた。

これは一体?
ここはどこだ?
それにこの浴衣は?
身につけていたのは何とも薄汚れた感じの着物だった。

たしか昨夜は、大学時代の同期と飲んでいて、かなり酔いが回って…
あー、その後の記憶がなあ。
ここは一体 どこなんだ!

あーら、お目覚めかい
地味な着物を着て、髪を結った若い女にかまどのようなところから声をかけられた。

小股が切れ上がったというか、小柄な和風美人というか、好みのタイプだ。
うなじが綺麗な女。

あんた昨夜酔っ払って、うちの屋台の前で寝ちまったんだよ。
声をかけてもうんともすんとも言わなくて仕方ないからうちに連れてきたんだよ。
覚えてないのかい?
ああ、着てた変な着物はそっちに置いてあるから。

そ、そうなんですか
ご迷惑おかけしました。
酔ってて何にも覚えてないもので。
で、あのう、ここはどちらなんでしょうか?

どちらってあたいのうちだよ
場所かい?
神楽坂を入った横丁の長屋だよ

神楽坂?
確か昨夜はそういえばその辺りで飲んでたな…
長屋?  はてな?
あのうお聞きしますが、あなたが言った屋台と言うのは何ですか?

あれま、全く覚えてないんだねえ
蕎麦だよ、蕎麦屋の屋台
あんた妙な格好をして、うちの屋台で蕎麦食べて酒飲んだんだよ。
何だか、江戸時代の蕎麦屋はさそ美味かったに違いないとか、その時代の新蕎麦を食ってみたいとか、わけのわからないこと言ってたよ。

その時 ガラガラと引き戸を開ける音がして、5歳くらいの小さな女の子が入ってきた。

おっかさん ただいま

ああ、うめ おかえり ありがとよ。

うめと呼ばれた女の子が、おっかさんと呼んだ目の前の女に何やらお碗に入った物を渡した。

ああこの子は娘のうめ
私の名は、ゆき
お前さんは?

あ、自分は定男です。
定男

あんた どっから来たんだい?
変な格好して
この辺りの人じゃないよね?
髪だっておかしいし
うちはどこなんだい?

うちは、えーとうちは埼玉 です。

埼玉? どこだいそこは?

えっ、あいや、北の方だけど。

北って、奥州街道かい?
歩いて来たのかい? ここまで。

いや、電車で来ましたけど。

電車? なんだいそれは?

おっかさん ご飯にしようよ
娘のみよが話の中に入り、定男は訳がわからないままに起き上がった。

顔洗ってきなよ、家出て左に行くと井戸があるから。

定男は何か全てが変だと思いながらも木戸を開けて外に出てみた。

眩しい初夏の陽射しが眩しくて、ゆっくりと目蓋を上げると、
おい、嘘だろこれ、
出た道は舗装されてなく、土埃が立った。

ほんとに長屋続きだ。
木と障子の時代劇に観る長屋の風情がそのままリアルに目に映る。

こんなことって、
あるのこれは、ひょっとしてタイムトラベルってやつか?
それともパラレルワールドに来てしまった?
横丁の先に見えた井戸まで来て貞夫はこの現実を直視しなければいけないことを認識するのだった。
とりあえず顔を洗った。
朝日は既にかなり高い位置まで登っていた。
両側は、平屋続きの長屋で、目覚めた家もその中の一軒である。
まあ、後でゆっくり考えてみよう。
そろりそろりと元の家に戻った。

うめから手渡されたものを手に取り、ゆきは貞夫に聞いた。
何にもないけど朝ごはん食べていくでしょ?
えっ、あ、ああ じゃあ遠慮なく。
遠慮するほどのものはないから安心して。
ゆきは、うめが買ってきた豆腐を包丁で賽の目にして鍋に入れた。
その横で、目刺しだろうか鰯を焼く匂いがしてかまどから煙が立ち込めている。

あのう、ちょっとお聞きしますが、今は何年ですか?
ん? 元号かい? 安政7年じゃないか。 知らないのかい?

安政 7年 えーと、安政 安政の大獄があったな あれは確か江戸後期 もうほとんど幕末のはず。
誰かが、えーと老中の伊能忠孝か? が誰かに殺されるんだったよな? 違うか? 
日本史をとったのに、よく覚えてない。

さてこの現実をどう理解すればよいのか呆然とする定男であった。













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