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A05運行:国鉄三大ミステリー①下田総裁殺人事件

0069A:夢は眠るときに見るものだと、そう思っていた

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 笹井は、へたり込む堤下に目線を合わせた。

「なあ、先輩。アンタなんでこんなことしたんですか」

 堤下元運転局長。一時的に失脚したとはいえ、国鉄内の主流派である反十合派の重要幹部だ。そんな彼は今、一介のヒラ国鉄マンの前にひざまずいている。

「ワシの知ってるアンタは、そんな人じゃなかった。ワシに交渉のイロハを教えてくれたのは、堤下先輩、アンタじゃありませんでしたか」

 笹井の問いかけに、堤下はうつろな顔で答えた。

「私はね、戦争が大好きなんだ」

 小林が奪った拳銃を、焦点の定まらない眼で見つめながら、彼は訥々とつとつと語る。

「美しいものが大好きなんだ。見てみなさい、パルチザンの使う兵器を。彼らの使うAKは、今や世界で最も美しい武器だ。それに比べてなんだ日本のサンパチは。まっことくだらない。パルチザンがこの国を治めれば、この国は美しい武器だけになる」

「そんなバカな妄言で、アンタのしでかしたことを説明できるとお思いか?」

 つい、井関は棒をオトガイに突き立ててしまった。堤下はえずきながら笑った。

「冗談だよ。それはあくまできっかけに過ぎない」

「じゃあ、なんです」

「理想さ、あまりにも大いなる理想だ」

 堤下は、まるで世界の夢を語るかのように、希望一杯の表情になる。その姿は、四人にとってよく見覚えのあるものだった。

「パルチザンの目的は、この極東の島国に理想国家を建設することだ。歴史だけ無駄に長い旧態依然としたこの国を廃し、新たなる前進的で科学主義的な理想国家を建設する」

「アンタは、それに共鳴したと」

「理想を追い求めてこそ、真の国家が完成する。そうは思わんかね」

 井関は首を振った。

「理想、ですか。アンタは官僚失格だ。官僚とは、常に現実と向き合わなければならない職責にあります。官僚が夢ばかり見て、どうして社会がうまくまわっていくでしょうか」

「なら、君たちの首魁たる十合総裁はどうなんだ」

 言葉に詰まる。井関は、二の句を継ぐことができない。

「新幹線計画などという大言壮語をブチあげ、他人の話も聞かずに突き進むあの老いぼれ機関車が正義で、どうして着実に歩む我々が悪なのかね。この国を混乱させ、退化させているのはどちらかね」

 堤下は水野の方を見る。水野は、おもわずうつむいた。

「君も運転局の人間ならわかるだろう。東海道新幹線計画とやらはあまりにも荒唐無稽な絵空事だ。そしてこの国は、もうすでにそんなものに何億も費やしている。その資金を、偉大なる理想国家につぎ込んだ方が、よっぽど人民の幸福に寄与するだろう」

 堤下の演説は続く。それに伴い、彼を包囲する四人の力はどんどんと緩くなっていく。

「だからこそ、我々の計画はここで終わるわけにはいかんのだ!」

 堤下は小林を突き飛ばした。アッと井関が動くがもう遅い。堤下は、懐に隠し持っていたであろう手榴弾を手にした。

「まて、はやまるな!」

「その証拠ごと、葬り去ってやる」

 手榴弾の安全ピンが抜かれた。堤下は小包を持つ井関をめがけてとびかかる。

「先輩!」

 その時、短い発砲音。目の前で堤下が崩れ落ちる。

「お前たち、伏せろ!」

 シゲと芝が、井関と水野に覆いかぶさる。その瞬間、視界が弾けた。



 キーンという耳鳴りと、目を潰しかねない閃光が止むと、井関は自分の生存をやっと認識することができた。

「おい、みんな、生きてるか」

「なんとかね」

「先輩たちこそ、ご無事ですか」

「シゲさんたちのおかげで助かった……」

 そう言うと、シゲと芝は呆れたような顔になった。

「犯人の言葉を長々聞いてやるバカがどこに居るんだ。あんなの、とっととトッチめちゃえばよかったんだ」

「仰る通りです。……その結果、本当にご迷惑を……」

「いや、最終的な礼はヤツに言いな」

 シゲが指をさす。すると、貨車の屋根の上に拳銃を持った男がいた。

「……あ、ジョーさん!」

「あれが君を助けてくれたという、ジョーかい」

 ジョーは貨車から飛び降りると、気障に被った帽子をひょいと外した。

「やあ、本庁のエリート諸君。無事で何より」

 ジョーは笑いながら拳銃をくるくるともてあそんだ。それから、シゲの方にその拳銃を投げ渡した。

「それは樺太庁警のトンマなオ巡リからくすねたもんだ。アンタ警察の人間だろ? 返すよ」

「別に持っててもらって構わんぞ。多分本人は、新しい奴を受領する口実ができたぐらいにしかおもッとらん」

「いやだよ。俺は一介の国鉄マンだ」

 ジョーはそう言って笑った。

「それで、その小包の中身はなんだい?」

「ああ、そうでした。じゃあ、この証拠品の中身とやらを見てみましょう」

 梱包を解き、中から紙が出てくる。そこには、明らかに下田総裁の字で、そして電報略号を用いて、文章がしたためられていた。
 そしてそれを読み下し、井関は驚愕した。
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