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A02運行:特命掛、結成

0030A:こうして僕らは、走り出した。

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「結局、なんだったのかね」

 小林は煙草に火を突けながらそうつぶやく。視線の先には、白く染まった真岡の町並みがあった。
 事件は、一件落着とまでは言えないまでも、一応の終結を見せた。事の次第を報告すると、樺太警察は血相を変えて犯人を追い出した。こうなれば、もう国鉄の出番はない。

 井関達は、連絡船がやってくるまでの、束の間のティータイムと洒落こんでいた。

「妙な事件だね。結局、犯人はわからずじまい。そして、雪原の中へ溶けて行ってしまった犯人を捕まえることは、叶わないだろう」

「それどころか、犯人の動機すらわかりませんよ。いったい犯人は、なんでこんなことをしたんでしょうか?」

 水野が灰皿を小林に差し出してそう言う。小林は苦い顔をしながらそれを受け取った。

「案外、ただのイタズラだったりして」

 そんな冗談に、井関はプッと吹き出した。

「しかし、この件では、相田君はお手柄だった。なにかお礼をしないとね」

 喫茶には、相田もやってきていた。彼は井関達が事件と向き合っている間も鉄道を追いかけまわしていたようで、頭にこんもりと白雪を載せている。
 それを目線で嘲笑いつつ、井関は口調だけで相田をほめたたえた。

「いえいえ、お役に立てて何より……」

 相田は相田で、その微妙な意図を見極めたらしく、わざとらしく雪を払いのけながら目線で”お礼”を催促する。井関はそれをはぐらかすように、”あること”を問い質した。

「そういえば、君はなぜあの写真を撮ることができたんだい?」

 そういえば、と水野も気になる様子だ。相田は、運転局の水野の心象を良くしておくといいことがあると思ったのか、簡潔ながらも精細な答えを出した。

「真柴っていうオヤジの機関士に、教えてもらったんだ。俺の予想だと面白いものが走るかもしれないって」

 真柴、真柴……。井関の頭上で苗字が躍る。その末に、一人の少女を思い出した。

「ああ、ハツちゃんって、真柴だったな」

「ってことは、ハツちゃんのオヤジさん?」

 笹井がそう言った瞬間、四人は顔を見合わせる。

「そう言えば、ワシらに調べてほしいと願い出たのもオヤジさんだったな」

「シゲさんとの間を取り持ってくれたのはハツちゃんだった」

「結局、今回も現場は全て知っていたんだ。ただ、証拠が無かっただけで」

 井関はうなだれた。まるで、今までの自分たちがすべて否定されているような気分だったからだ。

「まあ、わかっていたことじゃないか。奥鈴谷の事故も、結局そうだった」

「そうだ。ワシらは、その反省から出発したんだ」

 笹井の言葉は、少しだけ重い。そんな笹井の背中をさすりながら水野もそれを首肯しようとしたとき、一人の人間がその場に割って入ってきた。

「ここにいたか、諸君」

 その人物は、仕立ての良いコートに上物の山高帽を被っていた。それを見た瞬間、笹井はゲェとあからさまに嫌な顔をする。

「そんな顔をするなよ、笹井君。君は成長したんだろう?」

「おい、誰なんだ笹井」

 ただならぬ様子の彼に井関がそう問いかけると、彼が答えるよりも早くその人物は自己紹介をした。

「どうも、十合総裁の私設秘書、浅井健一だ。よろしく」

「私設秘書……? ああ、思い出した! 許可もないのに国鉄官庁内を我が物顔で歩いてた不審者!」

「おい、お前たち気を付けろ。奴さん、今は総裁の秘書を自称しているが、その前は関東軍の参謀だったらしい……!」

「なんだって!? 満州事変を起こした小悪党じゃないか。なんでそんな奴が……」

「君たち、随分とご挨拶だね」

 目の前で繰り広げられる不確かな論評と罵倒に、浅井はとうとう苦言を呈した。

「私は関東軍の参謀ではない。石原莞爾の私設参謀だ。あと、今は総裁の私設参謀の任を仰せつかっているから、国鉄への立ち入りは不法侵入ではない」

「詭弁だヨ」

 笹井はそう鼻を鳴らした。

「官僚に嫌われていることは自覚していたが……。まさかここまでとはね。私は悲しいよ。まあいいや」

 浅井は傷ついたような口調でそう言うが、そうでないことはあまりにも明らかだった。

「さて、君たちに総裁に代わって辞令を持ってきた。心して聞き給え」

 こんな相手でも、一応は総裁の秘書であり、この場においては総裁の代理であるようだった。すなわち、ここでの言葉は総裁の言葉も同じ。
 嫌悪の念を禁じ得ない相手ではあるが、井関はその念を押し殺して神妙な顔で相対した。

「君たち4人の、今現在のすべての任を解く」

 これはすなわち、エリート出世コース、国鉄でいうところの”特急組”から脱落したことを意味する。だが、辞令はこれで終わらない。

「井関次郎、笹井浩二、小林文雄、水野三太。4人を以て、国鉄”臨時”特殊事故調査掛を結成し、その配属とする」

 浅井は井関に辞令を手渡した。

「リーダーは君だ、井関君。ふるたまえ」

 井関は受け取ったあと、呆然と立ち尽くしていた。未だ、現実がよく呑み込めていない。

「これは、つまりどういうことですか?」

「君たちが、奥鈴谷と真岡でやってみせたこと。それを、日本中でやりなさい。つまり、そういうことさ」

 浅井は彼自身の言葉でそう付け加えた。そこでやっと井関は、頬が紅潮してくるのを感じた。

「それは……。今のボクらが、一番望んでいたことです」

「だろうね。総裁は、それをお見通しだということだ」

 浅井は、短くそう言って、自分の煙草に火をつけた。

「そうだ、ひとつ個人的な興味がある」

 口から紫煙を吐き出しながら、彼をそう言った。

「なんでしょう」

「諸君らは、これからどうする」

 その質問に、4人は目を合わせず答えた。

「西へ。日本列島を、とにかく西へ西へと向かいます」

「ほう、その心は」

「今まで我々は特急組でした。現場や出世から脱落した人間を鈍行と嘲り、己の栄誉と保身しか考えない、傲慢な特急でした」

 井関は、ここへ来た時のことを思い出す。そして身の毛がよだつ。発った数日前の自分が、あまりにも醜いものに見えた。

「もし、真実を知っている”現場”をないがしろにするのが特急組であるのなら、我々は超特急にならねばならない。そう思います」

「超特急……。すなわち、現場が持っている真実とやらを、日本を貫通する一本の真相にする弾丸列車に、君たちはなろうとしているわけだ」

 浅井は鋭い眼光で4人を見つめて、それから口元を歪めた。

「面白い。丁度今日、東海道新幹線計画が国会で承認された。君たちもまた、励むといい。今まさに動き出した、あの新幹線のようにね」

 浅井はそれだけ言って背を向けた。そして、背中でこう語りかけた。

「よろしい。西へ行け、超特急!」



 特殊事故調査掛。通称、トクチョウはこうして結成された。

 時代はまさに今、眠りから覚めた弾丸列車計画と共に動き出そうとしている。

 新幹線は、ひかりは、西へ進む。彼らもまた、西へ。超特急は、発車したばかり。
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