奇妙な話集めました

響ぴあの

文字の大きさ
上 下
10 / 14

優しい天使 ねがいやの過去

しおりを挟む
 私は小さい頃から病弱だった。だから、学校にもあまり行けていなかったし、遊園地やレジャーなど楽しい経験はあまりない。体に負担をかけるアウトドアやスポーツは経験があまりない。なにもできないまま、私は命が終わってしまうのだろうか。もしかしたら、よくなってちゃんと大人になれるかもしれない。長く生きていけるのかもしれない。

 一抹の不安とわずかな希望に挟まれるととても不安な気持ちになる。ひとりぼっちはどうしようもなく寂しい気持ちになる。薬品のにおいのする病室、無機質な部屋のつくりも娯楽とは縁遠い。学校にあまり行けていないので友達はいない。何故、私は生まれてきたのだろうか? 窓の外の桜の木を見つめる。家族も仕事があり、ずっと一緒にいるわけではない。毎日会えるわけではない。私は、孤独だ。

 入院している窓から見える桜は花びらが散ってしまい、青々とした新緑に覆われていたのにいつのまにか紅葉していた。私は何もしていないのに、季節だけが変わっていく。木の葉がどんどん落ちていき、枝ばかりになる様子を見ているとさびしい気持ちになる。私も、冬の枯れ木みたいになって終わっていくのだろうか。マイナス思考になる。話し相手は看護師さん、医師くらいだろうか。そして家族。青春らしい思い出もないなんて、私の体は欠陥品だ。

 すると、声が聞こえた。幻聴だろうかと耳を疑う。

「元気出してよ。僕は天使だよ。君の好きな場所に連れて行ってあげるよ」

 そこにはきれいな顔の少年がいた。突然どこからか入ってきたようだ。
 先程まで気配はなかった。幻覚だろうか? 思わず自分の頬をつねる。とりあえずさびしかった私はその少年の声に答えてみる。

「まさか、そんなことできるわけないでしょ。ここは病院で入院中なんだから、あなた誰なの? 何者?」

 私の目は疑いに満ちていた。

「大丈夫、僕は天使。天使の力だったら幽体離脱でばれないように外にいけるよ。実体には負担はかからないから、病気でも息切れすることなく空を飛んで移動できるんだよ」
 信じられないけれど、天使という彼は、宙に浮いていた。普通の人間ではないらしい。そして、私以外の人間には見えないとのことだ。

 天使と名乗る彼は、ある日、突然現れて、私が望むねがいをかなえてくれた。無限に広がる空の世界は斬新だった。幽体離脱する時間は看護師が来ない時間帯で私が寝ている時間。長い入院でどの時間帯に見回りが来るかどうかは把握できていたし、肉体に負担がかからないから、苦しくはない。幽体離脱には天使が側にいなければいけないから、必然的にいつも彼と一緒だ。

 上を見ると粉を散りばめたような星が輝く広い世界。下を見ると、広がる金平糖みたいなピカピカの景色が私を包む。俗に言うイルミネーションとか夜景というものを私は病院の窓からしか見たことがなかった。思いのほか、空の上はちっとも怖くなかった。少年の手が私の手を握ってくれていたからかもしれない。

 遊園地、公園、夜だけれど特別な空間だ。ずっと行きたくても行けなかった場所にいけたことは大変ありがたい。同じ歳くらいの男の子と一緒に行くこと自体初めての体験だ。天使というだけあって、優しい顔立ちで笑顔がかわいい。私が言うのもなんだが、男子なのに美しさとかわいさを兼ね備える。今まで出会ったことがないくらい理想的な王子様だった。

 彼は、想像していた天使そのものだった。

「私のためにどうしてこんなに一生懸命やってくれるの? 病気でずっと出かけられなかったからかわいそうだと思って連れ出してくれたの?」
「女の子には基本優しくするのが僕の仕事だ。かわいい君には楽しい思いをしてもらいたい」
「天使ってどこから来るの?」
「空の上かな……僕の住処は君の心って住所に書きたいけど、だめかな? 君といると楽しいし、ずっと君の専属担当天使になりたいよ」

 思わせぶりな態度でにこりと笑うと、じっと漆黒の瞳で私の顔をのぞきこむ。
 距離が近いので、私の心臓はおかしくそうだ。

「専属担当って……私だけの天使として一緒にいるってこと?」
「だって、君の体温は心地いい。はかなくて、今にも散りそうな君を支えたくなるんだ」
「こんな時間がずっと続くといいね」
「そうだね」
 天使は今日も私を連れ出してくれる。幽体離脱は肉体の疲れがないので、実体には影響が全くないようだ。

 ビルの屋上に二人で座る。
「デートみたいだね」
 私が言うと、天使は少し照れくさそうな顔をして片手を自分の頭の上に置きながら髪の毛を触っている。空を見上げながら天使は優しく微笑む。


 ある日の夜、彼はどこかに連れていこうとはしない。しばらくの沈黙が続く。

「今日はどうしたの? 元気ないね」
「実は……もっと楽しみたかったんだけれど……もう期限が来ちゃうんだ」
「期限?」
「もう今日から幽体離脱のデートはできないんだ」
「どういうこと?」
 彼は真剣な目をする。

「僕は本当は天使なんかじゃないんだ。君を輪廻転生させる存在さ」
「私、やっぱり死ぬんだ?」
「実は期限ぎりぎりまで君を生かしていたんだけれど、期限を過ぎるとペナルティーがあるから、僕はあの世に君を連れていかなければいけないんだ」
「死神なの?」
「……死神だよ。ゴメン、今まで黙っていて」

 死神だと名乗る少年は申し訳なさそうに深々と頭を下げる。イメージしていた死神とは違う。不気味さも恐怖もない。そこには優しさしかなかった。

「なんとなくわかっていたよ。こんな不思議な事、天使か死神くらいじゃなきゃできないでしょ?」
 私はあっさりと事実を受け入れていた。

「ペナルティーって何かあるの?」
「生まれ変わったら好きな人と一緒になれないんだ」

 好きな人がいたのか……なんだかがっかりする。このもやっとした気持ちはなんだろう。仕事だから毎日会いに来てくれたり外に連れ出してくれていたのだろう。

 彼は本当の身分を明かした。彼は腕時計を見つめた。
 嘘は彼なりの優しさだったのだろう。そろそろ時間が来た。

 彼は私をあの世に導く。
 彼の正体は死神だった。
   でも、世界中の誰よりも優しい私にとっては天使同様の神様だ。
 彼は、今までできなかったことをたくさん実現させてくれた。
 魔法使いのように一瞬で移動も可能だし、空も飛べる。
 私は幽体離脱をして、彼と一緒にたくさんのデートのようなことをした。
 死ぬ前に一度くらい体験してみたかったデート。
 それをかなえてくれた彼は世界一優しい死神だ。

「あなたの住処は私の心の中だよ。ずっと忘れない。ありがとう。大好きだよ」

 星空の中で、私の体はまるで小さな星のように砂のように散ってしまう。
 つないでいた手がほどかれた。

「ありがとう。僕も君が好きだった。少し前に専属になったから見に来た事がある。闘病していた君を知っていたから、長く生きてほしいから、ぎりぎりまで会いに行くのを待ったんだ。でも、もう迎えに行けと上から命令されて。天使という嘘をついてごめん。気持ちを伝えたら、君専属をはずされてしまうから……好きだなんて言えなかった。死神失格だな」

 罪悪感を感じながら、彼は申し訳なさそうに悲しい顔をした。涙を浮かべている。死神なのに、情が深いんだね。

 私の視界に映るのはただ闇だけになった。もう何もない世界に来てしまったようだ。


 私は次の世界に行く準備をはじめる。
 そう、枯れ木が春に向かって芽を出す準備をするように。
 告白と死は終わりじゃない。はじまりだ。

 そこには死神だったはずの彼が待っていて――一緒に手をつないで次の世界に旅立つ。彼と私の間には赤い糸が見える。運命の赤い糸というのは、生まれる前に決まっているんだね。そして、大きくなった時にめぐりあえることが約束されているんだね。

 明るい世界に向かって私は彼と手をつないで歩き出す。
 新しい命として生命は輪廻するんだね。
 あと何年かたったらまた君に会えるね。
 
 だから、あなたも怖がらないで。もし、あなたの元に優しい天使が来たら、騙されたふりをしてあげて。きっと悪いようにはしないはずだから。

 これは、ねがいやが死神をしていた時の話だ。その時の病気の少女が今のビジネスパートナーだということは誰も知る由もない。そして、現在の彼女は魅惑的で病弱とは無縁な前世を知っている人からは想像もつかない元気な姿となっている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

図書室はアヤカシ討伐司令室! 〜黒鎌鼬の呪唄〜

yolu
児童書・童話
凌(りょう)が住む帝天(だいてん)町には、古くからの言い伝えがある。 『黄昏刻のつむじ風に巻かれると呪われる』──── 小学6年の凌にとって、中学2年の兄・新(あらた)はかっこいいヒーロー。 凌は霊感が強いことで、幽霊がはっきり見えてしまう。 そのたびに涙が滲んで足がすくむのに、兄は勇敢に守ってくれるからだ。 そんな兄と野球観戦した帰り道、噂のつむじ風が2人を覆う。 ただの噂と思っていたのに、風は兄の右足に黒い手となって絡みついた。 言い伝えを調べると、それは1週間後に死ぬ呪い── 凌は兄を救うべく、図書室の司書の先生から教わったおまじないで、鬼を召喚! 見た目は同い年の少年だが、年齢は自称170歳だという。 彼とのちぐはぐな学校生活を送りながら、呪いの正体を調べていると、同じクラスの蜜花(みつか)の姉・百合花(ゆりか)にも呪いにかかり…… 凌と、鬼の冴鬼、そして密花の、年齢差158歳の3人で呪いに立ち向かう──!

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐︎登録して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

タロウのひまわり

光野朝風
児童書・童話
捨て犬のタロウは人間不信で憎しみにも近い感情を抱きやさぐれていました。 ある日誰も信用していなかったタロウの前にタロウを受け入れてくれる存在が現れます。 タロウはやがて受け入れてくれた存在に恩返しをするため懸命な行動に出ます。 出会いと別れ、そして自己犠牲のものがたり。

ひとりぼっちのネロとかわいそうなハロ

雪路よだか
児童書・童話
 ひとりぼっちの少年・ネロは、祭りの日に寂しそうに歩く少年・ハロルドと出会う。  二人は、祭りではなくハロルドのお気に入りだという場所へ向かうことに。そこで二人は、不思議な不思議な旅へ出ることになる──。  表紙画像はフリー素材サイト「BEIZ images」様よりお借りしています。

佐藤さんの四重奏

makoto(木城まこと)
児童書・童話
佐藤千里は小学5年生の女の子。昔から好きになるものは大抵男子が好きになるもので、女子らしくないといじめられたことを機に、本当の自分をさらけ出せなくなってしまう。そんな中、男子と偽って出会った佐藤陽がとなりのクラスに転校してきて、千里の本当の性別がバレてしまい――? 弦楽器を通じて自分らしさを見つける、小学生たちの物語。 第2回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます!

処理中です...