奇妙でお菓子な夕日屋

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書いたことが事実になるメモ帳

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 たそがれ時に強く願った中学生がいた。都市伝説をうわさに聞いた中学生のユキにはどうしてもかなえたい思いがあったのだ。

 大好きな人がいて、その人と両思いになりたい。他人から見たらよくあるねがいかもしれないけれど、本人にとったら一大事だ。恋愛が世界の全てを支配していると思っているユキにとって、好きな人と両想いになることは、世界のどんなニュースよりもずっと大切で身近なものだった。

 夕焼けに吸い込まれたと思った瞬間、うわさ通りの夕陽屋らしきレトロな建物が目の前に現れた。やっぱりうわさは本当だった。目の前がぱあっと広がったような気がする。都市伝説にめぐりあえたユキは特別な存在なのだと思いこんでいた。入り口の引き戸を開ける。すると、奥の方に少年の店員がいることにきづいた。

「こんにちは」
 とりあえずあいさつをした。第一印象はあいさつで決まるから、ユキは明るくはきはきした声を出した。

「いらっしゃい」
「ここには不思議なものがたくさんあるんでしょ?」
「あるよ」

 ユキはていねいに店内の品物を見て回っていた。ユキは疑うなんていう気持ちはなく、全てが本物だと信じていた。このまま大人になったらサギ師に簡単にひっかかってしまうかもしれないような純真な心を持っている中学生だった。それゆえ、好きになってしまうと周りがみえなくなってしまうという所は、悪い部分でもあった。

「好きな人と両想いになるという商品はありませんか?」
「書いたことが事実になるメモ帳っていうのはあるけど」
「え? 書いたことが本当になっちゃうの?」
 ユキは驚いた顔で夕陽を見つめた。

「人間ができることしか事実にはならないけどね。例えば、何も使わず空を飛ぶとか不老不死というのは人間にはできないことだから書いても無効だよ」
 両想いならば人間にはできることなので、ユキはメモ帳をみつめて舞い上がった。

「じゃあ……メモ帳をください」
「10円だよ」
「そんなに安いの?」
「たった1枚しか入っていないからね」

 ユキは思ったよりも安い値段で両想いになれるという事実を喜ぶ。そして、夕陽を見て少し頬を赤らめた。というのも、夕陽の顔立ちがユキの好みの顔立ちだったからだ。ユキは外見から好きになるタイプだったので、今回、学校で好きになった男子も顔だけで選んだ。

「説明書は1番後ろ側に書いてあるから」
「素敵なメモ帳をありがとう」
 そう言うと、ユキは店の外へ出ると同時に元の世界に戻った。

 メモ帳の1番後ろのページに書いてあると言っていたが、細かい字だったので、読むのが面倒になった。とりあえず、ねがいごとを書いてみる。

『山下マサト君と両想いになる』
 1つだけ書いてみたが、意外と空白がいっぱいで、ユキはもったいないと感じた。だから、ねがいを複数書いてみた。

『テストで100点を取る。部活でレギュラー選手に選ばれる』

 これくらい書くと、小さなメモ用紙の余白はなくなった。すると、ねがいを書いた紙はその場で消えてしまった。そして、注意書きの紙だけが残ったので、あらためて注意書きの紙を読んでみた。

『このメモ用紙には1個だけのぞみをかいてください。それ以上書いたら、無効になります』

「そんな……せっかく買ったのに。説明を読まなかったので、ねがいをかなえられなかった……」

 10円だからまだ救われたが、せっかく都市伝説の夕陽屋に行ったのに、何もかなわなかった。これが1万円だったらもっとがっかりしたところだが、ユキは次の日も夕陽屋へ向かった。たそがれ時に強い想いを込めて空に願う。次の日のねがいはきのうとは別なものとなっていた。元々男子と話すことは苦手だったのだが、あの少年と会話した時にとても話しやすいと感じていた。だから、昨日書いた山下マサトのことよりももっと気になる存在になったのは夕陽屋の少年だった。

「こんにちは」
「今日もメモ用紙がほしいのか?」

 少年がユキの心を読んでいたみたいで少しどきっとしたが、今日は目的があった。それは、少年の名前を聞き出すことだ。

「メモ用紙、今日もほしくて。そういえばあなたの名前は?」
「黄昏夕陽《たそがれゆうひ》」
 まずは第一の目的を達成した。そして、第二の目的はメモ用紙にこの場でねがいごとを書き込むことだ。

「これ、買います」
 ドキドキしながら夕陽に10円を差し出す。お金を渡すときに少しふれた指が、ユキの心をますますドキドキさせていた。

 買った後にすぐ、ユキはその場でメモ帳をあけ、夕陽に背を向けながらえんぴつでさっと文字を書いた。

『黄昏夕陽と両想いになる』

 その瞬間、メモ用紙がすっと消えた。そして、夕陽のほうを見つめて、効力があるのかどうか、試した。すると、夕陽がユキにほほえみかけてくれた。優しく甘いほほえみがユキのハートをくすぐった。きっと、これで夕陽君と両想いになれるのね。ユキは幸せでいっぱいの気持ちになった。

「説明書には書いていないけれど、俺の名前を書いたら無効なんだ。人間に俺をどうすることもできないのから……」

 夕陽の瞳は冷めていて、暗がりにいると不気味な雰囲気を漂わせていた。
「……そうなの?」
 
 ユキは頬を真っ赤にして夕陽を見つめた。彼は全てをお見通しという顔で、意地悪そうな笑みを浮かべて見ていた。その事実に、ユキは恥ずかしくなった。同時に人間にはどうすることもできないという存在の彼を不気味に感じて店を出ることにした。これ以上、深入りするともっと悪い事件に巻き込まれるかもしれない。そんな気がしたからだ。

「さようなら」
 ひとことだけ言って、振り向くことなくユキは帰ることができるうちに帰ろうと思った。もし、ここに閉じ込められたりしたら大変だ。きっと異世界なのだろう。こんな危険な場所からは一刻も早く離れないと。好きだと思っていた人を怖いと思う気持ちがあるなんて初めての経験だった。相手のことを良く知ってから好きにならないとだめだということに気づかされた。

 ユキに夕陽への未練はなく、一刻も早く元の世界へ帰りたいという気持ちしか残っていなかった。それが一番のねがいごとになっていた。

 黄昏夕陽は何も言わず、あわてて帰っていくユキのうしろ姿を見つめていた。きっとユキは二度とここへ来ることはないだろうと夕陽は感じていた。
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